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論評:高血圧の発症における塩摂取量の役割

Commentary: Role of Salt Intake in the Development of High Blood Pressure

By Paul Elliott

Int. J. Epidemiol. 2005;34:975-978

  (この論文は塩摂取量と高血圧発症率を関係付けた有名なダールの疫学調査論文が再掲載されたものである。この論文について現在の学術レベルで減塩推進派である筆者[インターソルト・スタディ参加者]が論評している。)

 5ヶ所の集団グループで高血圧発症率と平均塩摂取量との間にポジティブな直線関係を示した1960年のルイス・ダールの有名なグラフは血圧研究界に想像力を掻き立て、今日までも影響力を残している。それは人類学、疫学、動物研究、メカニズムの研究、臨床試験にまたがる高血圧における塩の役割に関する研究の強化に導いてきた。1960年の彼の論文で、ダールは集団の塩摂取量を下げる今日の公衆保健努力を支持する基本的な考え方に達している。第一に、アメリカ人と他の集団の毎日の塩摂取量はアメリカ白人の平均値である10 gや日本北部の農夫(当時の日本北部では高血圧や脳卒中の発症率は非常に高かった)26 g以上と比較して生理学的な必要量の1 g/d程と十分に過剰であったことをダールは述べている。個々人の塩摂取量は非常に変動し、測定も難しい(24時間尿排泄量が優れた方法であることを述べている)ことを彼は述べており、また、ヒトの塩嗜好は生まれつきと言うよりも誘導されるもので、例えば、低塩食の人々は急速に適応でき、しかも病気にもならなかったと述べている。さらに、彼の動物実験(とメニーリらの動物実験)は、ラットの高血圧は長期間にわたる投与量依存的な方法で塩摂取量によって誘引されることを示した。訓練による疫学者ではないが、環境の危険因子(塩摂取量)がグループの疾患(高血圧)危険率を増加させると言う概念を彼は理解し述べた。一方、個人の危険性は遺伝的な感受性を含む他の要因にも依存していることを知っている。したがって、集団内個人の血圧や塩摂取量を比較するよりもむしろ幅広く変動している塩摂取量(24時間尿中ナトリウム排泄量で測定した塩摂取量)の異なっている集団で疾患発症率(高血圧発症率)を調べることを実験として選んだ。

 後に一連の繁殖実験を通してダールは塩と高血圧の動物モデルに関して遺伝子-環境相互作用の概念を発展させた;彼は塩摂取量に対して‘感受性’であるラット(ダールのSラット)の近親交配させた系統に塩の多い餌を与えると、ラットは高血圧を発症させ脳卒中を起こした。対照的に、ダールのRラット(‘抵抗性’)は高血圧を発症させないで高い塩摂取量に耐えた。彼の1960年の論文で、ヒトは高塩摂取量に対して幅広い応答を示すが、グループ・レベルでは4 – 5 g/dの塩摂取量以下では高血圧はあまり生じないとダールは仮定した。

 その後、他の著者らは5集団に関するダールの観察を他の集団グループにまで広げた。これらの研究は一般的にダールの関係を確認したが、多かれ少なかれ数多くの不確実なことと潜在的な偏向に悩まされた。しばしばデータは一つの研究から出されたものではなく、標準化されていなくてしばしば明記されていない方法が使われた発表文献の様々な研究から出されたものであり、混乱変数に関するデータはほとんどなかった。多分、これらの報告書で一番知られているものは人類学者のグライバーマンによるもので、彼は27集団について塩摂取量と血圧との関係を調べた。塩摂取量を推定するための24時間尿データに関するダールの信用と対照的に、グライバーマンの6集団で著者自身の塩摂取量推定値(6 g/d)が使われた。一方、さらに10集団で‘どのように計算したかを示すか、示さないで平均塩摂取量についての定量値が報告された。’

 ダールに続く塩と血圧のこれらの横断-文化(生態学的)研究の最も総合的な研究の一つが世界中の28集団からの発表されたデータを使って1979年にフロメントらによって報告された。塩摂取量に関するデータはほとんど24時間尿中ナトリウム排泄量(必ずしも血圧データと同じ研究からのものではない)に基づいていた。但し通常のスポット尿が使われた2件の研究を除いた。データは20歳と50歳に近い性別で提供された。一例を図1aに示す。50歳男性の収縮期血圧と平均ナトリウム排泄量についての散布図である。実線の回帰直線は28集団全てと、2 g/d以下の塩摂取量である9点を除いた19集団について示されており、隔離された集団であるので、低塩摂取量集団は多分、塩摂取量と血圧の両方とも十分なデータではなく、塩摂取量以外では多くの点で残りの集団とは違っているかもしれない。図1bは年齢(20歳と50歳の大体の年齢のデータから推定)に伴う収縮期血圧の勾配について同様の解析を示している。全28集団について回帰係数は100 mmol/dのナトリウム摂取量低下について30年間で7.7 mmHgの収縮期血圧低下を示している。

図1 (a) 分散点は50歳の男性について28集団(実線)19集団(破線)の平均収縮期血圧と平均ナトリウム排泄量との横断的集団関係を示している。実線についてb=9.97 mmHg/100 mmolナトリウム、破線についてb=5.30 mmHg/100 mmolナトリウム。(b) 分散点は男性について28集団(実線)19集団(破線)の年齢に伴う収縮期血圧と平均ナトリウム排泄量との横断的集団関係を示している。実線についてb=0.26 mmHg//100 mmolナトリウム、破線についてb=0.15 mmHg//100 mmolナトリウム。

 

 ダールが1960年の論文で述べたように、個人の塩摂取量は著しく変動している:‘塩摂取量は日によって非常に幅広く変化するので、一回または数回の連続24時間収集でも人の平均摂取量を正確に得るのは難しい’。塩摂取量が一回の24時間尿収集から推定された時、この変動のために通常の塩摂取量に関して個人の分類を間違ってしまう。その結果、ダールやその後の著者らが述べた塩摂取量と血圧との一般的にポジティブな集団間とは対照的に、集団内では関係(しばしば少数の個人に基づく)1970年代の後半から1980年代の初期まで大抵ネガティブと考えられた:いわゆる‘回帰希釈’問題である(これらのいわゆるネガティブな研究がその後メタアナリシスでプールされた時、塩摂取量と血圧との高度に有意な直接的関係が発見された)

 心血管疫学に関する第一回進歩セミナー開催時(1982)に塩と血圧に関する疫学文献にこれらの明らかな矛盾があるため、参加者達は塩-血圧関係を調査するために国際研究を工夫する課題を与えられた:こうしてインターソルト・スタディが生まれた。インターソルトは32ヶ国の52集団試料から20 59歳の男女10,000人以上のデータを集めた。塩摂取量(24時間尿中ナトリウム排泄量を測定)と血圧の集団間比較と集団内関係(知られている回帰希釈問題を考慮して)の両方に取り組むようにインターソルトは設計された。したがって、調査試料の8%は集団内解析で統計的修正でナトリウム測定値の信頼性(摂取量に日々大きな変動があるため)推定が出来るように二回の24時間尿収集を行った。図2は年齢に伴う収縮期血圧勾配と平均ナトリウム排泄量の集団間関係の結果を示している。フロメントらの28集団からのデータ解析と同様に、全52集団間では高度に有意な直接的関係がある。すなわち、100 mmol/dのナトリウム低下は30年の期間(例えば、25歳から55)10.2 mmHgの収縮期血圧上昇を抑えることと関係していた。(この結果は年齢に伴う血圧上昇を計算する方法を確かなものとした。)集団内解析で、混乱変数について調整し、信頼性について修正(回帰希釈問題)すると、100 mmolのナトリウム摂取量低下は収縮期血圧で3.1 – 6.0 mmHg、拡張期血圧で0.1 – 2.5 mmHgの低下と関係していた。結果は男性よりも女性で大きく、前の集団内研究のメタアナリシスと同様の結果であった。

図2 分散点と回帰線はインターソルト・スタディの52集団について年齢に伴う収縮期血圧勾配と平均24時間ナトリウム排泄量の関係を示している。

 

 ダールは高血圧治療に減塩が有益であるとともにサイアザイド利尿薬(ナトリウム排泄を促進させる)の出現を1960年の彼のレビューで述べている。それ以来、多くの研究が降圧治療の必要性を減らす、または無くするためにより中程度の減塩の利益を述べて、多くの減塩と血圧のランダム化比較試験が行われてきた。これらは1990年代の半ば以後に発表された3件のメタアナリシスで要約された。メタアナリシスは含める範疇(例えば、グラウダルらのメタアナリシスは塩摂取量の大きな変動を含む多くの短期試験を含んでいた)によって変わって来るが、それらの結果は減塩で血圧低下を報告しているものと同じであった。その後、DASH-ナトリウム研究が報告された。その中では、全ての食べ物を参加者に与えながらDASH(果物・野菜と低脂肪乳製品を多く食べる)と減塩食に割り当てられた人々には食事介入を厳密に守るように特別な注意をしている。24時間尿試料の分析によって確認されている塩摂取量を3段階-高(8.2 g/d)、中(6.2 g/d)、低(3.7 g/d)-に分けるように設計された。通常のアメリカ食を食べている高血圧参加者については高塩食者と比較して低塩食者は収縮期血圧で8 mmHg低下を示した。正常血圧でDASH-ナトリウム参加者(収縮期血圧/拡張期血圧が120 – 139/80 – 89 mmHg)については、低塩食対高塩食(すなわち、4.5 g/d低い)は収縮期血圧で5.5 mmHgの低下を示した。全てのDASH-ナトリウム参加者については、低塩食対高塩食は収縮期血圧/拡張期血圧で6.7/3.5 mmHgの低下を示した。さらに、DASH-ナトリウム試験で減塩の血圧に及ぼす効果は中対高塩摂取量についてよりも低対中塩摂取量についてよりも大きかった:2.5 g/d2.0 g/dについてそれぞれ4.62.1 mmHgの低下であった。

 アメリカ人と世界中の多くの他の集団の塩摂取量は高いままで、特に1960年にダールがアメリカ人男性について報告した平均10 g/dの塩摂取量はINTERMAP研究(1996 – 99)のアメリカ人男性で10.2 g/d24時間尿中塩排泄量の中間値と同じである。最新のアメリカ人の食事ガイドライン(2005)3.8 g/d以下を勧められている高血圧者、黒人、中年と老人達を除いて5.8 g/d以下の塩摂取量を勧めている。イギリスでは、食品標準局が加工食品中の塩を減らすために食品産業界と検討に入り、高塩摂取量の危険性を強調する国家的な広報活動に着手してきた。今日、ダールが集団の高血圧発症における塩摂取量の鍵となる役割に関して洞察に満ちた観察をして後、45年経過した今日、公衆保健メッセージは明らかである。