戻る

塩と健康 Vol.4 No.3  Summer 2009

地中海食

Morton Satin − Salt Institute

 

 我々を魅了する食事は何だろうか?ほとんどの人々にとって、健康や幸福の望ましい状態は食事によって達成される。このことは人によっていろいろな事柄を意味し、人々が食べる食事には数多くの種類がある。運動家用の食事、流動食、文化や社会の規範に適した食事、特異なアレルギーや医療状態用の食事がある。通常食の名前にはアトキンズ、フェインゴールド、プリチキン、スカルスダールの各食事がある。またシャングリラ、自然食、無ルテイン、キャベツ・スープ、グレープフルーツの各食事もあり、ラスタファリアン、コッシャー、仏教徒用の各食事もある。膨大な食事例があるにもかかわらず、減量や減った体重状態を永く維持するために、多くの食事療養者はほとんど疑いなく食事を探している。ほとんどの主要な食事で理解されている暗黙の了解事項は、食事療養者がより健康になると思っていることである (しかし、いくつかの劇的な減量食については、これは当たらないかも知れない)

 特に休養に優れており、ほとんどの栄養的な論争を大部分避けてきた一つの食事は地中海食である。地中海にはいくつかの非常に大きな島があり、20ヶ国以上の国と国境を接し、それぞれには独自の料理がある。事実、イタリアのような単一の地中海国内でさえも、沿岸地域に沿って住んでいる人々については非常に異なった食事をしている。例えば、ナポリ人やアブルッツィ山脈の中心にある25マイルも離れていないアヴェリーノに住んでいる人々である。ナポリ人は多くの魚介類を食べ、一方、アブルッツィに住んでいる人々は著しく多くの肉やチキン、マメ類を食べている。ナポリ人の食事をボローニャに住んでいる人々の食事と比較すると、彼等は別の国に住んでいる、と思うだろう。

 それではモロッコ、エジプト、スペイン、トルコの食事と比較されると、どうであろうか?事実、そのような単一の地中海食が多くあるわけではない。地中海食についての我々の理解は、地中海に接している、あるいは囲まれている国々で一般的に食べられているいくつかの食事を合わせて混合したものである。

 他の食事以上にオリーブは地中海食に用いられている。聖書でオリーブは次のように表現されている。オリーブの枝は平和を表し、大きな神聖にあこがれている人々の頭にオリーブ油を注いで清めるために使われる。オリーブ油は最も美味しい食用油の一つで、すばらしい味を示し、オリーブ油をかけた全ての食べ物を美味しくする。ほとんどがオレイン酸である一価の不飽和脂肪を非常に高いレベルで含んでおり、また、オリーブ油は最も栄養価のある油の一つでもあり、食事中の一価不飽和脂肪の高い割合は冠状心疾患危険率の低下と関係していることを疫学的研究は示唆している1) 。オリーブ油中の抗酸化剤はコレステロールをうまく制御し、LDLコレステロールを低下させる、といった心臓の保健に良い効果を与えることを示す多くの臨床データもある。またオリーブ油は人の坑炎症や抗高血圧効果も発揮する2)

 もちろん、地域に共通した他の多くの食べ物があり、太古から健康に良いと考えられてきたナツメヤシ、ザクロ、蜂蜜、各種マメ科植物である。歴史的に地中海は豊富な果物、野菜、セリアル、マメ類がある地域として記載されてきた。そしてタンパク質の高い食べ物については、海から豊富な魚が獲れた。

 果物、野菜、セリアル、マメ類、魚は地中海沿岸で典型的な食品である。地域諸国のほとんどで、ヤギ、ヒツジ、
内陸
(そこには良い牧草地がある)の家畜生産は、それらから生産される乳製品、ほとんどはチーズとして、東地中海ではヨーグルトとして、ともに食卓に上った。

各国は個別の食事を作り出す食品を独自に組合せている。これらの食事はローマ帝国時代になるまで古代から行われていた。食事に伴う食材の幅広い交易を反映するため、帝国時代にわずかな変化が起こった。しかし、セリアル、野菜、果物、魚、豆類を基本にすることは、北から侵入してきた野蛮人(森林に居住する肉食者)の影響を受け始めるまで続いた。

地中海タイプの食事の恩恵を勧めることはルネッサンス初期のイギリスで起こった。当時、イギリスに住んでいたイタリアのギアコモ・カステルベトロは彼の本“イタリアの果物、ハーブ、野菜の小冊子”を書いた3)。彼はイギリス人にもっと果物や野菜を食べることを確信させようと努力したが、成功しなかった。元々カステルベトロの本で提案された“サラダの宗教戒律”(すなわち、生サラダと大量のオリーブ油)は個別の遺伝的な構造に基づいて、癌予防用に作られた最初の食事例と考えられる意見を最近の疫学的研究は支持しているように思われる4)

ここにカステルベトロの考え方の一例がある:

春に我々が食べる全てのサラダの中で、ミックスドサラダは最高で、全ての中

でもっとも素晴らしい。ミンとの若い葉、庭のコショウソウ、バジル、レモン

     バルムなどの葉、サラダ・ワレモコウやタラゴンの破片、花、ルリジサの

柔らかい葉、…の葉、クレス、ウイキョウの若い根、ハナダイコンやカタバミの

葉、ローズマリーの花、いくつかの甘いスミレ、柔らかい葉やレタスの芯を食

べなさい。これらの貴重なハーブがきれいに摘まれ、水で洗われ、清潔な布で

乾燥されるとき、それらは通常、油、塩、酢で味付けされる。

 しかし、イギリスはもっと野心的なことを考えていた。例えば、帝国の建設、自国の限られた資源を補足するために遠く離れた植民地の富を搾取することであった。イギリスは単調な肉食や遠い熱帯の領地から得られた砂糖から作られた甘味料によってしばしば加工されたデンプンの多い野菜食を続けた。

 健康に及ぼす食品の影響についての関心は持ち続けていたが、いろいろな食品や農産物で発見された特別な栄養の研究による新しい栄養科学によって動き始めた。この科学の背景にある動機の多くは、航海範囲を広げる必要性と発展した帝国を維持するために、水夫や軍人を生かして良い健康状態に維持する必要性から来ていた。その結果、食事と言うよりも個別の食品やそれらの栄養素に焦点が置かれた。特別な関心の中には、壊血病を予防するために抗壊血病性を示す食品や、最も安価で人の強さを維持できる“携帯スープ”のような食品があった。

 個別の栄養素に焦点を置くことは、栄養科学が発展するにつれて20世紀まで続いた。いくつかの顕著な例外があった。つまり、J.H.ケロッグがバトル・クリーク・サナトリウムで研究した食事レジメのように健康を改善させるために全体食が述べられた。

 これは1950年代に幾分変化し始めた。その時、栄養学者のアンセル・キーズ(第二次世界大戦中にカリウム比率を発展させたことで知られている)が、南部イタリア人やクレタ島の住民の心臓の状態が北部ヨーロッパの住民よりもずっと健常であることに気付いた。彼はこのことを、彼等がオリーブ油、サラダ、野菜、果物、セリアルなどを多く食べているためとした。北部ヨーロッパやアメリカの住人と違って、これらの地中海沿岸の人々は大工業がない地域に住み、昼食と昼寝で3-4時間を過ごすゆっくりとした田舎の生活様式を採っているという事実はほとんど全体的に認識されていなかった。

 当時、キーズは心臓血管疾患の病因論でコレステロールの重要な役割を研究していた。一般的な地中海食の栄養プロフィールは、彼が勧めることに完全に一致しており、彼は直ぐに地中海食の有益性を推進し始めた。残念なことに、彼は何が彼の目的に合っていないのか、すなわち、生活様式と一つの特別な栄養である塩について知らなかった。

 オリーブ油は地中海食の基本である。サラダや野菜またはモッツァレラやリコッタ・チーズの上に振り掛け、魚を焼くとき風味を与えて美味しくする。しかし、オリーブ油自身はむしろ味がなく、いつも塩と一緒に使われる。17世紀までさかのぼるカステルベトロの記述は塩に焦点を置いており、当時、非常に高価な物であった。塩に対する人々の嗜好は変わるかもしれないが、塩は常にオリーブ油と一緒に使われた。すなわち、塩はオリーブ油の分身である。

 塩は南部イタリア人、クレタ島人、地中海地域の他の全ての人々の食事で重要な成分である。塩はどこにもあるが、オリーブは数週間濃い塩水に漬けておかないと食べられない。白いギリシャのフェタ・チーズは熟成され、塩水で貯蔵される。アンチョビ、ケイパー、オリーブ、タラや魚の卵は全て地中海の主産物ですべて塩に漬けられる。パン、焼き菓子、地中海ソースはすべて塩分濃度が高い。したがって、サラダを作るために重要なバージン・オリーブ油は含まれているすべて独特の抗酸化剤のためにわずかに苦く、そのため苦味を改善するために塩は特に重要である。有名なギリシャのタラモサラタは塩漬けされたタラの卵から作られ、ズァジキはきゅうりを塩で水抜きし、ヨーグルトに加えて作られる、北アフリカのババ・ガーノウシュはローストされてひき潰されたナスで作られ、タヒニ、ニンニク、オリーブ油で覆う前にレモン汁と多くの塩で混ぜられる、などである。しかし、塩分濃度の高いこれらの地中海食をすべて食べている人々は世界で一番良い心臓血管状態であるとキーズが述べている人々であるが、塩については何も述べていない。

 地中海食の旗が採り上げられ、ハーバード大学のウィレット教授と同僚によって食品ピラミッドとして促進され、メディアによって直ぐに取り上げられた。“地中海食”という名前は定着し、どの地中海諸国にも特別な言及はないが、毎日の食品専門用語で定着されてきた。言い換えれば、地中海食は、食事はどうあるべきかという現在の意見に合った組合せであり、地中海南沿岸の食事パターンに漠然と結びついており、最高の心臓血管疾患パフォーマンスを主張している。

 再び、無視されたと思われることは、地中海食で高塩分食が普通に食べられていた事実であった。

 新しく勧められた地中海食について大きなことは、それが非常に美味しいということであった。沢山のサラダ、美味しい果物や野菜、よだれのでそうなパスタや焼き魚であり、誰がどうしてそれが悪いと言うのか?まさに重要なことは、食事時間をとり、食べ物に味を付けることが人々を元気にさせることで、5分間の間に出来るだけ多くのカロリーを単に採ることではない。地中海の海岸線としなやかなブロンズ色の地中海人の体を美しさの精神的なイメージによって強化された食事は確立され始めた。地中海食を提供するレストランの数は急激に増えた。

 置き去りにされることを望まないが、国立心臓・肺・血液研究所は地中海食を利用することを選んだ。彼等は高血圧に及ぼす地中海食の効果をテストする研究を支持することを決定した7)。2つの意見が直ちに明らかになった;1) 国立心臓・肺・血液研究所は既に一般常識となっている(すなわち、地中海食は心臓血管疾患パフォーマンスに結果をもたらす)ことに基づいて食事と血圧との間の関係を確立できるかどうかを見たいと思った;2) 試験のたまたまの結果にはほとんど疑いはなく、事実はDASH研究(高血圧予防食)によって明らかにされた。事実、ただ一つだけの方法、地中海食が採られた。他のユニークな食事はテストされなかった。

 研究者達は地中海食(主要な差はオリーブ油だけで、それ以外は一般的ではなかった)のひとつのバージョンだけを互いにつぎはぎし、それをDASH食と呼んだ。(オリーブ油含有量の差のため、地中海食は一般的に昔のDASH食より優れていたと考えられた。) その後、研究者達は典型的なアメリカ食とDASH食を比較した。“果物野菜”食と名付けられているアメリカ食と地中海食との間の中間にある食事様式も応答が徐々に変化していることを示すためにも使われた。結果を敷衍するために、患者集団(コホ−ト)は高血圧になりやすい人々(すなわち、60%はアメリカ黒人)のために厳しく体重計量された。ナトリウム量はアメリカで通常摂取されている一人当たりの量と考えられている約3,000 mg/dで、3食とも一定に維持された。

 DASH食はどれほど効果があるかを調べる研究で結果が示されたが、驚くものではなかった。    

DASH試験結果
カテゴリー DASH-アメリカ人 ( mmHg) DASH−果物野菜 ( mmHg) 果物野菜−アメリカ人 ( mmHg)
収縮期血圧
全員 -5.5 -2.7 -2.8
非高血圧者 -3.5 -2.7 -0.8
高血圧者 -11.4 -4.1 -7.2
拡張期血圧
全員 -3.0 -1.9 -1.1
非高血圧者 -2.1 -1.8 -0.3
高血圧者 -5.5 -2.6 -2.8

 DASH食の結果は非常に印象的で、地中海食が健康的で血圧を低下させることを確認した。DASH食はアメリカ食よりも収縮期血圧を5.5 mmHg以上、拡張期血圧を3.0 mmHg以上下げた。果物野菜食による低下は2.8 mmHg1.1 mmHgで、DASH食で得られた結果の約半分であった。非常に印象的であったことは、DASH食とアメリカ食を比較したとき、高血圧患者で11.4 mmHgの収縮期血圧低下が生じた。

 地中海地域の住人の食事は北部の人々やほとんどのアメリカ人よりも (血圧の点で) 健康的であった。地中海食/DASH食はアメリカ人の状況で有益であることには疑いはなかったが、生活様式が地中海の海岸地域の人々とはあまりにも違っているので、まったく同じ心臓血管疾患に関する結果を示さなかった。

 地中海食/DASH食と典型的なアメリカ食との間には印象的な差があるが、国立心臓・肺・血液研究所が食事にナトリウムに関する事項を加える別の研究を行うことに決定したとき、ちょっと驚きであった。新しい試験はDASH-ナトリウム研究と呼ばれ、再び出来るだけ大きな血圧応答を確保するために、コホ−トは高血圧になりやすい人々(60%のアメリカ黒人)で厳重に体重計量することを決めた。

 DASH-ナトリウム研究の結果が検討されたとき、単にDASH食に対する変化(赤線)は単に減塩だけをしている人々よりも有意に大きな影響を血圧に与えていることは直ちに明らかであり、再び地中海食の優位性が確認された。通常のナトリウム摂取量から食事ガイドラインで勧められている量に減らすことはアメリカ食の人々の収縮期血圧を平均2.1 mmHg低下させた(青線)。しかし、ナトリウム摂取量を変化させないでアメリカ食からDASH食へ変化させただけで、収縮期血圧は5.9 mmHg低下し、勧められているナトリウム低減からの結果による低下のほぼ3倍であった。これは、どうして地中海の人々が高い食塩摂取量にもかかわらず優れた心臓血管状態にあるかを一部説明しているかもしれな
い。

   

 ナトリウム摂取量で1/3の低下を達成することは非常に難しく、イギリス、カナダ、アメリカで何年も大きな努力をしてきたにもかかわらず、また塩が毒だと主張するいくつかのグループによる非常識な主張にもかかわらず、それは達成されていない。DASH-ナトリウム研究の結果は、ほとんど達成不可能な減塩よりもきちんとした食事だけでほぼ3倍の血圧低下をもたらした。

 達成不可能な数値であるアメリカ型の食事で1/3減塩しただけでも、DASH食だけと同じ血圧低下を示した(最初の赤点と最後の青点を比較)。人気のある地中海食を食べることはアメリカの消費者に大きな健康効果をもたらすことは疑う余地がない。DASH食が減塩と組み合わされると、さらに1.3 mmHgの追加的な血圧低下となり、2/3の低下はさらに1.7 mmHgの低下をもたらすことをさらに結果は示した。これら2つの最後の結果に伴う問題は、結果が地中海食の本質や歴史的経験と矛盾することであった。オリーブ油と野菜が多い食事は美味しくするために塩を必要とする。塩の
量を
1/3減らすとほとんどの人々にとって食事をまずくすることになり、2/3減らすと食事を完全に食べられなくする。こうなるとDASH食や地中海食を食べる人はほとんどいなくなり、それらの食事から得られる利益をすべて失う。(地中海食は血圧低下だけよりも保健効果があることを忘れてはいけない。)

 この問題に関する集団間研究はまだ行われていないが、DASH食/地中海食を受け入れて食べることを大きく減らすことにより、平均の集団血圧曲線は高い値に移動することは間違いない。残念ながら、より良い地中海型の食事の効果を示す研究結果を使うよりもむしろ、研究者達は減塩を加えた重要でない効果にもっぱら焦点を置いた。医学や栄養学分野の人々は、世界中で疾患の理由は野菜や果物の限られた摂取によることに同意しているが9)、塩と血圧論争にはまった人々がまだ沢山おり、高塩分を摂取している地中海人10)の心臓状態が世界で一番良い状態にあるという事実を忘れがちである。

 ごく最近、認識機能の損失やアルツハイマー疾患12)と同様に幅広い心臓血管疾患状態や危険因子(肥満、2型糖尿病、高脂血漿、高血圧11))を減らすのに地中海食は有用であることが示めされてきた。何千年間も、この美味しい食事は地中海地域の人々に食べられてきており、今でも地中海食を食べている人々の健康と幸せに寄与している。地中海食の栄養に関して多くの本があり、容易に作れる優れたレシピーも沢山ある。

 イタリアで“旺盛な食欲!”と言われているように、さあ、正しい食事を始めよう。