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塩と健康 Vol.3 No.1 Winter 2008

塩欲求

Morton Satin − Salt Institute

 食べることは論理的に人間の行動の最も基本的なことである。多くの食事パターンは人生経験に基づく学習工程から決まってくるが、その他のことは先天的な生命に係わる信号の結果で、それらの信号は空腹、特に基本的な栄養素に関係することの引き金となっている。“健康的な欲求”で生物は生長する。塩は食事で基本的な栄養素である。最初の生物が我々の先祖を通して閉鎖循環系を発展させた時から現代まで、魚類から爬虫類、現在の哺乳類まで、ナトリウムは循環している細胞外液の中で主要な陽イオンであった。動物の進化は形態や機能で多様性をもたらしてきたが、我々の内部環境は変らないままであった。マグネシウムを除いてほ乳動物の細胞外液(血漿)は海水と非常に良く似たイオンパターンであるが、濃度は約1/3である。



 この比較的一定した細胞外液の組成は、動物の生命を維持する循環の非常に基本的な遺伝特性を示唆している。この細胞外液組成の制御は細動脈と糸球管膜の選択的透過性を通して腎臓によって行われる。腎糸球体は老廃物をろ過し、浸透圧のバランスを保ちながら循環液を維持するように働く。
 進化の過程で、ナトリウムのような基本的な栄養素の欠乏または過剰な摂取量を処理する能力を身につけてきた。活動中の心臓血管系を十分に維持するために何十億年にわたって進化させてきた生理学的器官は、生命に最も大切な2つの栄養素である水と塩の収支と十分な量を維持する方向にほとんど向けられてきた。この基本的な制御システムは魚類、爬虫類、両生類、哺乳類で見られる。生命はそれに依存している。
 作用しているこの機構の魅力的な例は2006710日に作られた。その時、ゴリラが腐った木材を食べる理由を科学者達は知った。何十年間も研究者達を悩ませていたこれら霊長類の習性であった。研究者達は木材を分析し、それがゴリラのナトリウム摂取量の95%以上を占める給源であることを知った。しかし、それは彼等の食事摂取量のほんの僅かな部分でしかなかった。他の動物もナトリウム必要量を満たすために同じ行動を示す。総ての動物は、ナトリウムが生命に必要であることを本能的に知っているように見える。

 事実、塩はまさにその理由で動物栄養専門家にとって必須な物である。家畜や家禽、ペットや野生動物でさえも、食べられる時には予想できるだけの塩の量を食べる。この良く知られて記録されている事実1)から栄養学者達は微量ミネラルを量り、与える塩に混ぜ込んで動物を治療する。餌の塩分量を減らすことにより動物のカロリー摂取量を増加させることも飼育場の飼主達はできる。動物達が自由に食べられるように塩の塊を与えても、その動物達は確実に決められた量の塩をしか食べない。

 我々の循環系が機能するために、十分な血液量がなければならず、血液は組織に必要な栄養素を運び、代謝でできた有害な産物を総て取り除くために十分な圧力を持っていなければならない。これが適正に行われるように水と塩のバランスは正確に調整される。不可欠であるが必要量を超えた過剰の水や塩の摂取量は腎臓を通して速やかに排泄される。過剰の塩を排泄する能力は本当に驚くほどである。医学研究所(IOM)報告“水、カリウム、ナトリウム、塩化物、硫化物の参考摂取量”2)で強調されているように、研究者のValtinSchaferは次のように報告している。正常なヒトの腎臓は毎日25,000 mmolのナトリウムをろ過できる3)。これは1,500グラムまたは一日一人当たり2箱/缶以上の小物商品に相当する!
 我々は相当過剰なナトリウムを排泄できるだけでなく、非常に厳密な機構で腎臓のろ過系は必要とあれば、ナトリウムの99%以上を再吸収できる。ナトリウムを排泄し、回収するために我々はどのようにしてそのような信じられない効率と強力な系を進化させたのであろうか?
 同じように重要な問題は逆の状況である。すなわち、経験的に損失を補うために十分な水と塩を摂取することを保証することである。このことが細胞外液の浸透圧に影響を及ぼす電解質の量を失い、あるいはアンバランスを来たすかもしれないからである。

 脊椎動物の進化の過程で、細胞外液中の特別なナトリウム量を維持するために精密で複雑な浸透圧制御機構が出来た。これらの工程は海水から希薄かん水へ、陸地環境へと進化の過程でいくつかの変異を経てきた。レニンーアンジオテンシンーアルドステロン系(RAAS)が最初に硬骨魚で表れ、大きくて飛躍的な進化毎に強化されてきた。
 塩辛い食べ物が自由に食べられるようになると、(ヒトも含めて)総ての動物は緊急必要量以上を自然に摂取するようになり、過剰の水や塩は尿中に排泄されるようになる。この過剰摂取量の程度はナトリウム欠乏の前歴4)または妊娠中の母親の病気を持った胎児期の経験によって影響される5,6)

 浸透圧制御機構と並行して、我々の体は強い欲求衝動の発展を通してナトリウムと水欠乏に反応する付加能力を発展させてきた。これは水に対しては喉の渇き、塩に対しては欲求を制御する機構を通して表される。塩は食事で必須の栄養素である。血漿ホメオスタシスの維持を通して塩は代謝に必須であるだけでなく、アブラナ科野菜のような幾分苦いが非常に栄養のある他の食べ物の嗜好性に塩の苦さを緩和する性質は強いポジティブな影響を及ぼす。カリウム、ヨード、マグネシウムのような他の必須ミネラルと比較して、動物が先天的な渇望を示す唯一のミネラルが塩である。
 生来の塩欲求の影響は草食動物や菜食主義者にとって特に重要である。肉食動物は食べる動物の筋肉に含まれるナトリウムから大部分のナトリウムを摂取している。菜食主義者や草食動物は摂取できない。ナトリウム保持に必要な塩欲求やホルモンによる制御機構の発達によってヒトの進化は大きな影響を受けてきたのであろう。前の初期原人の時代から食事は支配的に草食であったからである。狩猟採取が一番盛んな時代でも、野菜は摂取カロリーの大部分を占めていた。このため浸透圧制御の目的のために塩の摂取量と保持を確保するために選択力は強い塩欲求の発展に都合よかった。
 ナトリウム欠乏によってもたらされた塩欲求は塩味によって特に適切に刺激される。カリウムまたは塩化カルシウムがある程度塩味を示しても、ナトリウム欠乏動物はそれらよりも必ず塩を選ぶ。
 塩欲求を増加させた一番早くて最も著しい事例の一つは1940年にWilkins and Richerの臨床で観察された7)。診断できない副腎疾患で苦しんでいる子供は早い年代から塩や水を摂取したい極端で持続的な欲求を持っていた。最初に話せるようになった時から、食べるもの何にでも塩を欲しがった。砂糖や飴を欲しがらず、何時も塩を欲しがった。彼の悩みの原因が何であるかを調べるために入院した。残念ながら入院させられてまもなく、病院の標準食を食べるように強制され、塩を自由に摂れなかった。彼はすぐに死んだ。(彼の副腎の状態は検死でしか解らなかった。)
 このほ乳動物の多機能系は非常に強力で、その系の一部が働かなくなっても機能を発揮し続けるフェイルセイフ機構を持っていることを塩欲求の分野で最近発表された研究8)は示している。ホルモンから大脳中の圧力受容体までの生理機能の複雑な連係を用いて、水に対する喉の渇きや塩に対する欲求は我々の行動を緩和するので、循環系を通して心臓が血液を循環させるために十分に血液に圧力をかけるために血液の量や浸透圧バランスをすばやく修正するように体は働く。
 発汗、運動、下痢、その他の状況で体液や電解質が失われると、直ぐに喉が乾いて水を飲む。失われた水を取り戻すために水を飲む。少し遅れて我々のセンサーは血漿の浸透圧変化を検知し、塩を確実に摂るように塩欲求が起こり、それでナトリウム・イオンの量が元に戻る。時間に間に合うよう塩欲求に応じなければ、前の事例で見られたように結果は恐ろしいものになる。
 塩欲求を説明するために、Geerlingらは3つの中央構成要素を持つ動物モデルを提案してきた9)。最初に慢性ナトリウム欠乏が必要なナトリウムを増加させる信号を特別な神経グループに引き起こす。その結果、塩を求める行動を強化する。塩の給源が検出されると、認識信号が発生する。最後にこれら2つの信号は塩摂取行動を起こすように調整される。現在、研究はこれらの機能を果たす脳の特別な位置を見つけ出すことに焦点を置いている。制御を掌る脳の位置を特定することに向けた進歩は塩欲求についての神経部位を説明する根拠を提供するだろう。
 ホルモンによる浸透圧制御系と共に作用する塩欲求の存在は細胞外液を浸透圧的にバランスさせ、そこで平衡を維持する能力を説明している。必要とする時に塩または水を摂取するように設計されているように、一度適当なバランスが達成されると、体のフィードバック機構もまた摂取を止めるように警告する。
 例として、下垂体の後葉から血液中に放出されるペプチドのオキシトシンは食塩摂取量を制限するように活発に作用する10,11)。したがって、塩欲求はポジティブにもネガティブにも両方の多様な生理学的入力信号によって制御されることを研究結果は明らかに示唆している。信号は高度に特化され個別に調整された神経ネットワークに組み込まれ、水と食塩摂取量に対して喉の渇きを制御している。
 各人について塩/水の制御系の活動は食事、体格、環境、遺伝、ストレス、運動によって決まる個別の必要量にしたがって異なる。この系は“一時が万事”パラダイムに対して全面的に反対である。それは個別の人々の必要性に特別に調整されて応答する系である。
 まさにこの理由のために押し付けられた国の政策または食塩摂取量を制限する勧告は生物学的な必要量と全く逆である。そのような勧告は邪魔になるかもしれないし、個別の必要量に合わせるために数十億年にわたって進化させてきて図らずも有害な結果をもたらす精巧に調整された機構を結局無効にするかもしれない。