塩と健康 Vol.2 No.3 Summer 2007

フィンランドの減塩からの保健成果の教訓

Morton Satin − Salt Institute

 アメリカやイギリスの公衆保健機関が約束しているように集団で減塩することが何千人もの生命を救うであろうか?公益科学センター(CSPI)はそれを信じている。彼等の出版物“塩‐忘れられている殺人者”で、塩消費量を半分に減らせば、アメリカで年間150,000人の命を救えると彼等は述べている。残念ながら、減塩が健康に及ぼす効果を試験した大規模でコントロールのある試験がないので、これらの推定は論争事項のまま残る。
 ここ30年間で非常に大掛かりな減塩を行ってきたフィンランドの例を減塩擁護者達は指摘する。Progress in Cardiovascular Diseases, Vol.49, No.2 (September/October), 2006:pp 59-75に掲載した論文でHeikki Karppanen and Eero Mervaalaは次のように述べている。
  “本論文で、25-30年間フィンランドで続けてきた食塩摂取量の連続的な低下は、集団の平均血圧に印象的な低下をもたらし、65歳以下の若い集団の脳卒中と冠状心疾患死亡率で75-80%低下させたと発表したことで、減塩が重要な役割を演じたことを強く示唆する事実を我々は提供している。”
 著者らは有力新聞、表示計画、食品産業と共に政府や科学関係機関を巻き込んだ積極的な国民減塩運動を引用している。この努力の結果は一人当たりの食塩消費量を14 g/dから8 g/dへと50%近く低下させたことであった。フィンランドは減塩達成を管理してきた唯一の国である。減塩の事例を強調するために著者らは次のように述べた。
  “過去25-30年の間で驚くほどにフィンランド人の寿命予測を5-6年間も増加させる上で、総合的な減塩が重要な役割を果たしていることを示す事実が提示されている。”

真実の保健結果を容認することは長い間の懸案事項である。ここ数十年間、血圧について論争が続いてきた。血圧変化からの結果を提示するために組み込まれた仮定は実験もテストもされないで数学的な計算モデルで偽の保健結果が作られた。本論文は2つの理由から非常に重要である。第一に、全国民的な減塩の実例を述べている。今までに達成できた国はない。国民的な減塩計画の利益を評価するために、研究は2つの最終的な保健結果、すなわち、心臓血管疾患発症と寿命予測に焦点を置いている。これらの保健結果は心臓血管疾患発症の指標として唯一血圧に依存してきた欠点に打ち勝っている。高血圧はそれ自身最終結果ではないが、心臓血管疾患に対するいくつかの危険因子の中の一つである。

 フィンランドの経験は論文から引用してきたこれらの図で容易に表現されている。

図1 フィンランドの寿命予測(A)、年齢調整冠状心疾患死亡率(B)、年齢調整脳卒中死亡率(C)

図2 フィンランドの集団血圧の低下(A)、食塩摂取量の低下(B)、血清総コレステロール濃度(C)

 フィンランドの保健結果の容認はイギリスのそれと好対照になっている。イギリスでは食品標準局(FSA)が過去5年間非常に積極的な減塩運動を行ってきたが、このコストのかかる計画が集団に健康上何らかの有益な影響を与えるかどうかを調べるデータ収集計画に失敗した。
 したがって、フィンランド研究がしばしば取り上げられる減塩計画のベンチマークとなる。
 図2Bはフィンランドの一人当たりの食塩摂取量で劇的な低下を明らかに示している。著者らは次のように述べている。“...フィンランドに関する限り、集団規模で食塩摂取量に著しい低下を示めす可能性のある国の一つであるように見える。”同じ期間中にアメリカの食塩摂取量はどうして下がらないで、実際にはわずかに増加しているのであろうか、と彼等は述べている。減塩擁護者のように、フィンランドの減塩に対して保健結果を劇的に改善することを著者らは予言的に述べており、従来の摂取量を続けているアメリカと比較している。比較を裏書する事実を検証してみよう。
 Global Cardiovascular Infobase, (http://www.cvdinfobase.ca/)は全ての国の虚血性心疾患(IHD)の明らかなパターン比較を可能にする。フィンランド対アメリカの比較をグラフに示す(3)

図3 虚血性心疾患による年齢調整死亡率(10万人)

 IHDの比率は両国で低下している。事実、心疾患の減少率はアメリカで大きい。アメリカは60年代末に非常に高い率でスタートし2000年までに低い率に下がってきた。しかし、一人当たりの食塩摂取量が14 g/dから8 g/dに次第に低下しているフィンランドとは違って、アメリカの一人当たりの食べ物からの食塩摂取量は7 g/dから11 g/dの間で変動してきた。わずかに上昇傾向にあるとしても、アメリカの食塩消費量が減ってこなかったことを次の図で確認している(図4)

図4 一日一人当たりの補正食塩消費量

 IHDの低下が食塩消費量の低下によるものであるとしているKarppanenMervaalaは明らかに間違っている。何かあるとしても、事実はまさに反対のことを示唆している。しかし、多分、彼らが選択したアメリカの例は代表的な物である。しかし、ヨーロッパの五カ国とカナダを見れば関係が確認される。これらの国全ては過去30年で虚血性心疾患死亡率を有意に減らしているが、フィンランドを除いてどこも食塩摂取量を減らしていない。事実、70代初頭に、フィンランドに一番近い危険率はカナダであった。2000年までにカナダでは食塩摂取量の低下なしに、カナダ人はIHDの死亡率をフィンランドの1/2まで低下させた。フィンランドでは全グループでほとんど印象的な改善はされておらず、著者らが我々に大胆に注目させたように、フィンランドは一人当たりの食塩摂取量を大きく継続的に低下させてきた唯一の国である(図5)

図5 虚血性心疾患

 著者らの第二の保健結果の基準は寿命である。フィンランドで5-6年の予測寿命の増加も減塩の結果であると彼等は主張している。再び、同じ国の組合せで事実を見てみよう。アメリカはフィンランドよりも45%以上も改善した予測寿命の増加をグループで達成した。事実、フィンランドの改善された予測寿命は、ほとんどの近隣諸国と比較すると中位である。著者らが指摘したように、フィンランドは減塩を達成した唯一の国であるが、予測寿命の増加に関する限り、この達成に対しては標準より低い保健利益しか得られていない。従来の食塩摂取量を維持している諸国は、アメリカ国勢調査局の国際データベース(http://www.census.gov/ipc/www/idb/tables.html)から引用した次の表に示すように、寿命を延ばしている。

   国        30年間の予測寿命増加 ()

  アメリカ          8.0

    カナダ           6.8

  イタリア          6.7

  スェーデン         6.0

  デンマーク         5.5

  イギリス          5.5

  フィンランド        5.5

  オランダ          4.5

  このことが他の国で起こっているかどうかを見ようとしないで、心疾患の低下と予測寿命の増加を減塩パターンだけによるものとどうして著者らが言えるのか、理解できない。
 主張を支持するために著者らは心臓血管疾患の低下と寿命の増加における生理的な食塩の役割をもっともらしく説明しようと試みている(減塩しなくても同じようなあるいはそれより大きな健康改善が他のところで経験してきた事実があるにもかかわらず。)。どんなに複雑に間違った主張をもっともらしく説明しようとも、間違った主張にかわりはない。事実、著者らが心臓血管疾患の低下や寿命の増加を減塩のためであると本論文で主張してきたことは、客観的に事実を報告するのではなく、彼らがどれくらい食塩を糾弾することに努力しているかを反映しているように思われる。
 減塩が健康に及ぼす事実から全員に減塩を勧める公衆保健政策は再考を要する。フィンランドの研究は全ての人々が良く考えなければならない影響を具体化した。フィンランドは大幅な減塩を達成したが、隣国や食塩摂取量は減っていない同様の社会、経済、食糧、医療システムを共にしている諸国と比較して減塩による保健結果の改善はなされていない。

フィンランドでは約50%の減塩にもかかわらず、この介入による保健メリットはない。