保健の科学 第36巻 第2号 121-126ページ 1994年
連載14 食塩と高血圧
食塩の種類と品質
橋本壽夫
日本たばこ産業株式会社
海水総合研究所所長
はじめに
塩は人間の生命にとって生理的に欠かすことのできないミネラルである。また、いろいろな食べ物に塩味を付与して美味しく食べられるようにする食欲強化剤でもある。このため、家庭で調理するとき、食卓で自分好みの味付けをするときはもちろんのこと、食品加工でも味付けや食品素材の性質を変えたり保存性を良くするために使われる。
日本では、塩の需要と供給の安定と価格の安定を目的として塩専売制が行なわれており、日本たばこ産業(株)が販売している塩(以下、専売塩と称する)は全国どこで買っても値段は同じである。塩の品質も湿っているか乾燥しているかの相違はあるが、大雑把に言ってほぼ同じである。ところが、専売塩を原料とし、それを加工している塩(以下、特殊用塩と称する)は価格も品質もさまざまで販売されている。これらの事について消費者にはいささかの混乱があると思われるので、食塩の種類と品質についてどの様な姿になっているのか述べてみたい。
専売塩の種類と品質
専売塩の種類は大きく分けると三種類ある。海水を原料としてイオン交換電気透析法により濃縮して得た濃い塩水を炊き詰めて作る塩、外国から輸入された塩を溶解して得た濃い塩水を炊き詰めて作る塩、輸入した塩(天日塩と称する)である。もう少し細かく品質的に分けた塩の種類と品質を表1に示す。専売塩の品質は純度、粒度、添加物で分けられている。
表1 専売塩の品質規格 |
塩 種 |
製 造 方 法 |
包装量目 |
品 質 規 格 |
|
|
|
|
NaCl純度 |
粒 度 |
添 加 物 |
食卓塩 |
原塩を溶解し再製加工したもの |
100 g |
99%以上 |
500〜300μm85%以上 |
塩基性炭酸マグネシウム基準 0.4% |
ニュークッキングソルト |
350 g |
同上 |
同上 |
同上 |
キッチンソルト |
600 g |
同上 |
同上 |
同上 |
クッキングソルト |
800 g |
同上 |
500〜212μm85%以上 |
同上 |
精製塩 |
1 kg |
99.5%以上 |
500〜180μm85%以上 |
塩基性炭酸マグネシウム基準 0.3% |
|
25 kg |
同上 |
同上 |
なし |
特級精製塩 |
25 kg |
99.8%以上 |
同上 |
なし |
家庭塩 |
イオン交換膜電気透析法による海水濃縮かん水を煮詰めたもの |
700 g |
95%以上 |
600〜250μm80%以上 |
なし |
食塩 |
1 kg |
99%以上 |
600〜150μm80%以上 |
なし |
|
5 kg |
同上 |
同上 |
なし |
|
25 kg |
同上 |
同上 |
なし |
さしすせそると |
500 g |
98.5%以上 |
同上 |
リン酸水素ナトリウム基準 0.3%、 塩基性炭酸マグネシウム基準 0.4% |
並塩 |
25 kg |
95%以上 |
同上 |
なし |
つけもの塩 |
原塩を洗浄粉砕したもの |
2 kg |
同上 |
粒度平均800μm程度 |
リンゴ酸基準 0.05% クエン酸基準 0.05% |
原塩 |
外国から輸入した天日塩など |
25 kg |
同上 |
|
粉砕塩 |
原塩を粉砕したもの |
25 kg |
同上 |
粒度1,180μmをこえるもの15%以下、500μmを通過するもの40%以下 |
イオン交換膜電気透析法による海水濃縮はイオン交換膜という“ふるい”で電気的にイオンをふるい分けするようなもので、イオン化されていない物質やイオン化物になっていても分子量の大きなイオンは膜を通過できないので、海水中の汚染物質が濃い塩水の中に入ってこないようになっている。国内塩の製造法がこのように変わったのは1972年からである。イオン交換膜電気透析法で得られた濃い塩水を濃縮して製塩するとき、塩が析出する様子を図1に示した1)。イオン交換膜電気透析法ではナトリウム。イオンと塩化物イオンだけを出来るだけ集める方が効率がよいが、現実には食塩として90%程度しか集められず、10%程度は硫酸カルシウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなどが入ってくる。したがって、それらの混合溶液を濃縮していくと、最初に食塩が析出しはじめ、次に硫酸カルシウムが析出してくるので、後の工程でこれを食塩から分離する。さらに濃縮していくと後工程でも分離できない塩化カリウムが析出し始め、食塩の品質が悪くなるので、その前に製塩を中止し、残りの溶液を苦汁として排出する。
海水の濃縮法が流下式塩田法からイオン交換膜電気透析法に変わってからの塩の品質の変化を図2に表した。乾燥塩である食塩という銘柄の品質の変化を概略的に述べると、硫酸根が大幅に減り、カリウムが増え、カルシウム、マグネシウムはわずかに減った。右端に輸入されている天日塩の不純物の組成を示したが、硫酸根とカリウムを除いてカルシウム、マグネシウムの含有量は食塩とあまり変わらないことが分かる。
特殊用塩の種類と品質
表1に示すように専売塩の種頼は非常に少ない。少品種大量生産でコスト・ダウンをはかり、安価に提供するためである。しかし、これでは多様な消費者ニーズには応えられないので、日本たばこに届け出ることにより専売塩を原料として製造販売できる制度が認められており。これらの塩を特殊用塩と称している。医薬用、試薬用、動物飼料用などもこれに含まれるが、ここでは食用塩について述べる。
食用の特殊用塩の種類は非常に多く、200-300種類もある。また、品質もさまざまである。主な種類としては次のようなものがある。
●天然物を加えた塩:例えばこしょう、ごま、にんにくなどを加えた塩
●うま味調味料を加えた塩:例えばグルタミソ酸ソーダ、イノシン酸ソーダを加えた塩
● にがり成分を加えた塩:にがり、または塩化マグネシウムを加えた塩(乳性ミネラルを加えたものも含む)
● 塩化カリウムを加えた塩:食品添加物の塩化カリウムを加えた塩
● 焼き塩:塩を加熱して吸湿性のある塩化マグネシウムを変化させた塩
● 平釜塩:平釜で製造した塩
● 結晶形の異なる塩:通常、塩の結晶形は立方体であるが、それとは異なる例えば偏平な塩
これらの特殊用塩のなかで、1972年に専売塩の製造法が変わってから自然のイメージやナトリウム以外のミネラルが豊富であることをうたい文句にした塩が販売されるようになった。それらの塩のいくつかと専売塩を比較して図3に示した2)。ここでは特殊用塩を平釜塩として表している。平釜塩は一般的に水分が高く、一見純度が低いように見えるが、図の下部に示すように、乾物にして見ると専売塩や天日塩と変わらない塩がある。また、不純物の多い塩があるが、これは苦汁または塩化マグネシウムを添加して製造したものである。
海水濃縮による製塩
天日塩は海水の自然濃縮によって出来る塩であるが純度はかなり高い。海水濃縮による製塩の様子を図4に示した1)。海水を濃縮していくと酸化鉄や炭酸カルシウムが最初に析出し、次いで硫酸カルシウムが析出してくる。塩が析出してくるまでにそれらはほとんど析出してしまうので、天日塩田では調整池でそれらの結晶を十分析出させ、塩が析出する前のかん水を結晶他に移して純度の高い塩を製造するように操作する。流下式塩田法では、海水の容量が最初の1/5ぐらいになるまでしか塩田で濃縮しないので、結晶缶内で硫酸カルシウムが沢山析出することになる。海水の容量が最初の1/10になると塩が析出し始め、硫酸カルシウムも同時に析出してくるので、後で塩と分離する。容量が最初の1/30位になると硫酸マグネシウムが析出し始め、塩の純度が悪くなるので製塩を止め、残った液は苦汁として排泄する。この段階では塩化マグネシウムはまだ析出してこない。苦汁のなかには塩や硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化カリウムなどが含まれている。このようにして製塩するので自然の天日塩でも純度は高く、図2の天日塩田製塩法による塩の成分で示しているように、流下式塩田製塩法時代の塩の成分とほぼ同じとなる。
塩からミネラルの摂取
海水にはあらゆるミネラル成分が溶存しており、天日塩田で自然に作られた塩にはミネラルがたっぷりと入っており、そのような塩は体に良く、塩からミネラルが取れることを期待させるようなことが見受けられるが、はたしてどうであろうか。すでに図2で見たように天日塩でもカルシウム、マグネシウム、カリウムは少ない。ヒトが1日に必要とする量は必要量または目標摂取量として日本人の栄養所要量に定められており3)、それらと摂取量、食塩10グラム中の含有量などとの関係から塩にミネラルを期待できるかどうかが判るように、その他いくつかの微量成分についても表2に整理した。昭和37年の食塩は塩田時代の塩であり、昭和59年の食塩はイオン交換膜時代の塩である。この表から分かるように食塩から取れるカルシウム、マグネシウム、カリウムはわずかな量で、それ以外の微量ミネラルでも微々たるものであり、食塩からミネラルの摂取を期待するまでもなく、通常の食事の中で1日に必要な量は十分取れていることが分かる。厚生省の国民栄養調査によると食塩の1日摂取量は平成3年度で12.9グラム、2年度は12.5グラムであるが、このうち家庭で調理や食卓で使う塩の量はわずかに1.5グラムしかないので4)、ますますナトリウム以外のミネラル摂取を期待することは出来ないことが分かる。
表2 ミネラル摂取量 |
|
|
元 素 |
一日必要量 |
一日摂取量 |
食塩10g中の量 |
|
|
|
昭和37年 |
昭和59年 |
カルシウム |
600 mg(所要量)* |
531 mg(平成2年度) |
9 mg |
3 mg |
リン |
Caとほぼ当量* |
|
|
0.002 mg |
カリウム |
2-4 g(目標摂取量)* |
|
6 mg |
13 mg |
ナトリウム |
3.9 g(目標摂取量)* |
5 g(平成2年度) |
3.91 g |
3.98 g |
マグネシウム |
300 mg(目標摂取量)* |
|
7 mg |
3 mg |
鉄 |
10 mg(所要量)* |
10.9 mg(昭和58年度) |
|
0.0017 mg> |
亜鉛 |
10 mg程度* |
0.78-4.7 mg |
|
0.0012 mg> |
銅 |
1-3 mg* |
0.18-3.32 mg |
|
0.0006 mg> |
クロム |
0.29 mg |
6-27 mg |
|
コバルト |
0.02-0.16 mg |
0.002-0.045 mg |
|
セレン |
0.03-0.06 mg |
0.1-0.2 mg |
|
マンガン |
0.7-2.5 mg |
5.5-10.4 mg |
|
モリブデン |
0.1 mg |
0.15 mg |
|
*第四次改定日本人の栄養所要量より |
共雑物の味への影響
もう一つ塩に共雑しているミネラルの味覚に及ばす影響がある。苦汁(塩化マグネシウムだけの場合もある)が入っていると味がまろやかになって美味しいと言われる。これもはたしてどうであろうか。これについては残念ながら体系的に研究された結果はあまり発表されていない。しかし、2, 3の予備的な研究がある。
食塩と塩化ナトリウム純度約95%の塩化マグネシウム入り塩との比較では、0.8%水溶液では差異を感知できる人とできない人がいる。呈味性については、味がまろやか、あまい、と表現する人もいたが、すっきりした味の食塩を好む人もおり、嗜好は一定でなかった。デンプン、寒天、ゼラチンのゲルでは差異を感知しにくくなり、牛乳やそれに小麦粉を入れてとろみを持たせた試料でも識別能力は悪くなり、卵豆腐のような物では塩化マグネシウム入りの方が旨味が強く感じられた。マッシュポテトでは呈味性の差異はかなり識別され、塩化マグネシウム入りの方が好まれた。結局、種々の物性をもつ調理食品では、一部の味覚感度の高い人を除いては、呈味性の差異は大きくないし、優劣をつけられない、という結論であった5)。
もう一件は漬物に関する研究である。精製塩と特殊用塩3種類を使い、茄子浅漬、きゅうり浅漬、白菜漬、大根・きゅうりもみ漬、ぬか味噌漬の官能検査をしたところ、4種類の塩で差異の判定がまったくできなかったものと、若干の特徴を識別できるものがあった6)。また、別の塩3種類(塩田時代の並塩の2倍の共雑物を含む塩も含まれている)を使って白菜漬、乾燥たくあん、しば漬の官能検査をしたところ、味覚、色調、歯切れに対する影響はほとんどなく、白菜漬の試験一部を除いてまったく識別できなかった。現在の漬物はすべて調味されているので、食塩の違いが漬物の品質に現れることは少ない、という結論であった7)。
FAOとWHOは合同で食品添加物による国際貿易の非関税障壁をなくして加工食品の国際取り引きが出来るようにするため食品添加物の国際規格を制定する作業を進めている。その中で食用塩についても検討されており、規格案の骨子は出来上がっている。純度について見ると添加物を除き97%以上となっている。アメリカでは99.0%以上または固結防止剤などを添加した塩では97.5%以上である。イギリス、オーストラリアでは99.6%以上である1)。このように一般的に純度は非常に高く、乾燥した塩として販売されている。海外の塩の商品調査をした結果8,9)でもそれが裏付けられている。
おわりに
塩の品質について述べたが、製塩法により自ずと塩の品質は決まってくる。品質で問題となるのは家庭用では主として純度であり、食品加工用では純度と粒度である。ここでは家庭用塩を中心とした。塩の純度は自然に作られる天日塩でもかなり高く、岩塩になると透明な結晶で純度が100%に近いものまである。日本の塩(専売塩)の純度は国際的な食用塩の純度とほぼ同等である。このように純度が高く、摂取量の少ない塩からナトリウム以外のミネラルを摂取することは期待できない。また、期待する必要もなく、ほとんどのミネラルが通常の食事で十分摂取されている。味は主観的な問題であるが、自然に作られた塩でもかなり高純度であるので、不純物の量がそのレベルで多少変わっても識別できるかどうかは常識的には疑わしい。商品開発の点から添加物を加えて塩味を料理にあったものに変えていく研究が学問的に整理されることを望んでいる。
引用文献
1) 橋本壽夫:塩味料.福場博保、小林彰夫編集:調味料.香辛料の事典.朝倉書店、pp. 81, 1991.
2) 村上正祥:塩の組成と品質.日本海水学会誌、38:236-251, 1984.
3) 厚生省保健医療局健康増進栄養課監修:第四次改定日本人の栄養所要量.第一出版、1989.
4) 厚生省保健医療局健康増進栄養課監修:平成4年版国民栄養の現状.第一出版、1992.
5) 川嶋かはる:市販各種食塩の呈味性に関する研究.ソルト・サイエンス研究財団、平成元年度助成 研究報告集、pp. 407-417, 1989.
6) 前田安彦:漬物の味覚・発酵・変色に対する食塩の影響.ソルト・サイエンス研究財団、平成2年 度助成研究報告集、(II生理学、食品科学編)、pp. 139-147, 1990.
7) 前田安彦:漬物の味覚・発酵・変色に対する食塩の影響.ソルト・サイエンス研究財団、平成3年 度助成研究報告集、(II生理学、食品科学編)、pp. 151-163, 1991.
8) 日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部:世界の塩T、1986.
9) 日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部:世界の塩II、1990.
|