たばこ産業 塩専売版  1991.11.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

塩は胃がんの原因か(2)

 毎年厚生省が発表している国民栄養調査の食塩摂取量と人口動態調査の胃の悪性新生物(胃がん)による死亡数を組み合わせるとどのようになるのであろうか。
 図1はここ20年弱の胃がん死亡率(死亡数/人口×10)の変化と食塩摂取量の変化を同時に表したものである。胃がんの死亡率は徐々に低下しており、食塩摂取量もゆるやかに低下している。しかし、最近では摂取量は低下せず横ばいの状況である。

胃がん死亡率と食塩摂取量の変化
   
     図1 胃がん死亡率と食塩摂取量の変化

 ともかく、いずれも低下していることから両者に相関関係がありそうに思われ、14年間の結果を図2のように整理すると、食塩の摂取量が少なくなるほど胃がん死亡率は低下し、かなり高い相関関係を示した。
食塩摂取量と胃がん死亡率の関係
     図2 食塩摂取量と胃がん死亡率の関係

  これは経年変化も含めた全国平均値での話であるが、各地区毎のデータを整理してみると図3のようになった。これは昭和55(○印)と昭和63(●印)を比較したものである。各年度だけを見ても、両年度を合わせて見ても、食塩摂取量と胃がん死亡率との間には相関関係はみられない。

昭和55年から8年間のブロック別胃がん、食塩摂取量の動き
 図3 昭和55年から8年間のブロック別胃がん、食塩摂取量の動き

 また、この間の各地区の変化がよく分かるように矢印で示したが、図2のような相関関係があるとすれば、矢印の勾配(傾き)はほぼ同じような傾斜で左下がりの線になるはずであるが、そうなっておらず、中には近畿Tや東海のように食塩摂取量は増えているが、胃がん死亡率は減っているところもある。
 このように全体では相関関係があるようにみえても、それは複雑な要因がたまたまそのように現れるように作用しただけのことで、詳細に分析していくと相関関係が崩れることがある。
 図3を見ていると各地区に特異性があり、非常に面白い動きをしている。
 なぜこのような動きをしているのか、個々の地区について詳細に要因を検討すると新しい発見がありそうに思われる。
 海外の疫学研究調査をみると、結果はまちまちである。1990年に発表された北イタリアの2,752人に及ぶ被験者の結果によると、食塩摂取量と胃腸がんとの間には何ら強い相関関係はなかったとしている。1988年に発表されたベルギーの研究によると、相対危険率は胃がんで1.78という統計的に有意である結果を出しているが、そう強いものではなく、まだ未知の要因との相関関係があるかもしれず、発表者は慎重な研究を主張している。1985年に発表されたコロンビアの研究では、胃がんの多い地区では食塩摂取量も多かったことを述べている。
 生理学的、臨床学的に食塩と胃がんの関係をみると、現状では、食塩はがんのイニシエーター(引金物質)ではないが、プロモーター(促進物質)としてみられている。それはラットによる実験で、食塩が胃の中で脂質(脂肪)の過酸化反応を特異的に促進し過酸化脂質ができ、それが発がん性物質であることからいわれていることである。
 つまり、食塩は動物実験で発がん性物質を作ることを促進することが分かった段階である。