たばこ産業 塩専売版  1990.04.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

減塩で高血圧症、脳血管疾患死亡率は減少したか

 よく高血圧症や脳血管疾患による死亡率の減少が、減塩運動による食塩摂取量の低下のためであるという言い方をした記事や論文が見受けられる。専門医でもこのように言うことがある。本当にそうであろうか?図1を見てもらいたい。この図は人口動態統計による各疾患の訂正死亡率の中から、食塩摂取量と関係が深い疾患を選び、それらと国民栄養調査の食塩摂取量とを組み合わせて図に示したものである。

食塩摂取量と死亡率との関係
    図1 食塩摂取量と死亡率の関係

 塩の取りすぎ問題が騒がれ、食塩の目標摂取量の上限値として厚生省が1日当たり10グラムを設定した昭和54年から、食塩摂取量は「国民栄養調査の現状」で図示されるようになった。それは昭和47年までさかのぼってグラフ化されていた。それ以前のデータは佐々木直売らの著書「食塩と栄養」から転載した。昭和55年の調査報告書からは、食品群中のナトリウム量が表記されるようになった。昭和57年度の報告では、食品群中のナトリウム量の見直しがあったため、昭和50年までさかのぼって、それまで発表されていた値が下方に修正された。
 食塩摂取量と高血圧性疾患による訂正死亡率はゆるやかに下がり、脳血管疾患は急激に下がっていることが分かる。
 ところで、アメリカでナトリウムと健康の問題について大きな関心が持たれるようになったのは昭和44年末の食品、栄養および健康に関するホワイト・ハウス会議からである。
 昭和52年の初めにジョージ・マクガバン上院議員が議長をしていた人間の栄養要求に関する上院特別委員会が食餌目標を発表し、その中で食塩の摂取量を1日当たり3グラムにすべきであることが勧告された。その後、この勧告はその年の末に修正され、目標摂取量は5グラムとなり、さらに、それに自然に食物中に入っている3グラムが加わるため、合計8グラムを目標とすることが公式見解となったのは昭和54年のことであった。
 日本では前述したように'昭和54年に目標摂取量の上限値10グラム/日・人が設定された。
 これを契機に減塩運動が盛んになった。つまり、減塩運動は今から10年前ぐらいから始まったことである。
 しかし、食塩摂取量と関係があるといわれている二つの疾患による死亡率の低下は今から20年以上も前から始まっており、減塩運動が始まる10年以上も前からいずれの死亡率も低下してきている。しかもその低下度合いは直線的で、減塩運動が始まっても低下度合いは変わらず、減塩の影響が現れていないといえる。
 ではなぜ低下してきたのか?図2を見てもらいたい。戦後20年を経て、日本経済が高度成長期に入り、生活も安定し、食生活が豊かになって十分な食事が取れるようになったためではなかろうか。このことは摂取熱量によく現れている。即席めんは塩分摂取量を増加させる元凶のような言われ方であるが、即席めんの消費量増加だけでなく、外食、加工食品等の増加からみて、塩分摂取量の低下と関連させにくい面があるが、それ以上に死亡率の低下が食塩摂取量の低下に起因するとは、とてもいえないと思う。
食生活の移り変わり
  図2 食生活の移り変わり(imidas 1990, P.1167より)