たばこ産業 塩専売版 1988.06.25
「塩と健康の科学」シリーズ
日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長
橋本壽夫
食塩感受性(1)
人間はどうして高血圧になるのであろうか。高血圧の中でも本態性高血圧は原因が不明であり、高血圧患者の大部分を占める。遺伝的な要因が大きいことは分かってきたが、何によって起こるか、どのような仕組みで高血圧になるのか、まだまだ分かっていないことが多い。
疫学的調査を統計処理すると、高血圧は食塩の取りすぎと相関があるので、食塩が原因であるとの仮説を設定して、食塩で本当に高血圧になるのかどうか、生理学的、臨床学的に証明しようと、実験が続けられている。島根医科大の家森教授は、循環器疾患の一次予防に関するWHO国際共同研究センターのセンター長として、1983年からWHOカルディアック・スタディを始め、20数か国の学者との共同研究で、より詳細な疫学調査に取り組み、血圧に影響する食餌性因子と血圧との関連を調査している。
その中の一つに、食塩(ナトリウム)の摂取量は血圧と正相関する、という仮説を検定することが含まれている。このように、食塩が原因であるというのは、あくまで仮説の問題であるにもかかわらず、一般的には、そうは受け取られていなくて、確定した原因物質であると思われている。
実験的な証明については、人間に置き換えると、通常、とても食べられない程の塩(青木助教授によると50〜100グラム/日)を強制的にネズミに与えた実験で、高血圧になるネズミを作った。このことから、塩が原因で高血圧になるといわれるのであるが、一律にそうであると断定するのはまだ早すぎる。 同様に多くの塩を与えても高血圧にならないネズミもいるし、塩を与えなくても高血圧になるネズミがいることが分かったからである。ともかく、高血圧の一部は塩でなることが動物実験で証明された。また、塩に感受性のあるネズミと、感受性のないネズミがいることか分かった。塩に感受性があれば、塩の摂取量で血圧が左右されるし、感受性がなければ、塩の摂取量と血圧とは関係がなくなる。
人間ではどうであろうか。人間ではネズミで行ったような、塩で高血圧患者にするための実験をするわけにはいかない。筑波大学の藤田講師は、すでに本態性高血圧になっている患者に対して、食塩の摂取量を変えて血圧の変化を臨床的に調査した。その結果は図に示す通りで、人間の場合でも、食塩の取り方で血圧が変化する食塩に感受性のある高血庄患者と、塩の摂取量と血圧とは関係がない食塩に非感受性の高血圧患者がいることが分かった。
図 食塩感受性者と非感受性者の血圧変化
そこで、先生はこの実験から、食塩制限状態(0.5グラム/日、7日間)から高食塩状態(14.6グラム/日、7日間)にした時、高食塩時の平均血圧が食塩制限時に比べて10%以上上昇した人を食塩感受性のある人、そうでない人を食塩非感受性の人と分けた。そして、高食塩状態から食塩制限状態に移った時、利尿剤であるフロセマイドを飲ませると、食塩感受性のある患者では、血圧が急速に下がって効果があったが、食塩非感受性の患者では血圧に変化がないことも分かった。
このようなことから、食塩感受性の因子を取り上げて、それぞれの因子がどのような時に食塩感受性が大になるかを表のように整理した。この表から考えると、高血圧患者であれば、重症で、低レニン、高齢の女性は食塩感受性が大きいから、食塩摂取量に気をつけた方がよさそうである。
表 食塩感受性に影響を及ぼす因子
健康な人であれば、家族歴を考えて、高血圧者がおり、腎臓を悪くした経験があり、自分が高レニンまたは家族に高レニン者がおり、腎機能では糸球体ろ過量の低下をきたしている女性で、高齢者は食塩感受性が大である可能性が強いので、食塩摂取量には気をつけた方がよいといえる。
また、食塩感受性の人は、尿中のナトリウム排泄量が低下しており、体内にナトリウムがたまることが分かった。つまり、腎臓のナトリウム排泄機能が低下していることを明らかにした。体内にナトリウムがたまれば、細胞外液量(例えば血漿)が増加し、心臓の鼓動によって心臓から押し出される血液量が多くなったり、腎臓内の血管抵抗が上昇することも明らかにされ、これらが血圧上昇の原因となっている、と考えられる。
問題は、このような食塩に感受性のある人が何%いるかということと、自分が食塩感受性であるかということである。日本には高血圧患者は二千万人いるといわれ、成人の4人に1人とも1、3人に1人ともいわれている。そのうち食塩感受性の人については、詳細な調査報告がないので明確ではないが、青木助教授は経験的に2〜3%であると言っているし、ララフという人は30〜40%と言っている。したがって、最大値をとると、成人の13%ぐらいが塩について留意すべき人たちであるかもしれない。
自分が食塩に感受性があるかどうかについて、簡単に判る方法は今のところない。図に示す食塩制限状態を達成するには、入院して厳重な食事管理をする必要があり、現実的な方法ではない。毎日の食生活を安心して、楽しく過ごすために、塩に対する感受性の簡便な方法の早急な開発が望まれる。
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