たばこ塩産業 塩事業版 2011.8.25
塩・話・解・題 77
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
塩湖・塩田を彩る微生物
好塩菌と好塩性緑藻類について
塩田の色は通常真っ白で、強い日差しの中では目を傷める。しかし、希に桃色や真赤に染まる塩田がある。これは高度好塩菌のハロバクテリアのためと思っていたが、その菌だけでないことを知った。カリフォルニア州やネバダ州には鮮やかに彩られた塩湖があり、その原因となる微生物について述べた資料から紹介する。
好塩性微生物が繁殖
塩湖を赤・緑に染める理由
日本に輸入されている塩を生産する塩田が赤く染まっていることはまずない。しかし、自然の塩湖や中小規模の結晶池はしばしば赤くなっている。また、薄い桃色に色付いた輸入塩を使って商品に色が移ったというクレームがあったことを聞いたことがあるので、大規模塩田でも希にそのようなこともあるのであろう。
桃色や赤色に染まるのは図1に示す微生物のためだ。これには四角い塩の結晶と3種類の微生物がイラストで描かれている。小さな棒状の桿菌がハロバクテリウム(高度好塩菌)で赤色を呈している。左上の洋梨状の生物は先端に2本の鞭毛を持っているドナリエラ・サリナという好塩性の緑藻。右下の茄子状生物は体側に2本の鞭毛を持っているデインジャーディネラ・ソルティトリクスという好塩性の緑藻。この2種は緑藻であるので、大量に繁殖すると塩湖は緑色になる。シェラネバダ山脈東部にあるカリフォルニア州のオーウェンズ湖やシーアレス湖がそうだ。生育条件が悪くなると、好塩菌が示すのと同様の赤い色素を生産し、葉緑体の緑色を覆い隠して赤くなる。つまり、塩湖は好塩菌と緑藻類によって赤く染まる。
図1 塩結晶の周囲に群れる棒状の好塩菌と2種類の好塩性緑藻類
* 本項で使用する図、写真はいずれもhttp://waynesword.palomar.edu/plsept98.htm
から引用したものです。
写真1は実際にドナリエラ・サリナで緑色になっているシーアレス湖とハロバクテリウムで赤く色付いているオーウェンズ湖だ。写真2は好塩菌とドナリエラ・サリナの両方で赤く染まったユタ州の北部グレート・ソルト・レークにある入江の一部である。
写真1 緑藻で緑色になったシーアレス湖でのかん水採取(左)と好塩菌で赤くなった
オーウェンズ湖(右)
写真2 好塩菌と緑藻類で赤くなったグレート・ソルト・レークの北部入江
「赤い塩」で品質低下
海水張り殺菌する塩田も
好塩菌のために赤く染まった塩を写真3に示す。好塩菌は夏の太陽で焼かれた酷暑下でも、冬の凍結した酷寒下でも生存でき、乾燥した塩結晶の中で何年間も生き続けられる。
写真3 好塩菌で桃赤色になった塩結晶
天日塩田で塩を生産している会社にとって好塩菌はやっかいな邪魔者。しかし、結晶池が赤くなることにより太陽熱の吸収率が高くなって蒸発効率が上昇することもあって歓迎する塩田もあるようだ。
好塩菌に汚染されている塩を食品加工に使用すると、塩蔵の魚、肉、野菜に桃色の斑点が生じさせて品質を悪くし、皮なめし用の塩蔵皮革に赤い斑点を生じさせる原因となる。このため収穫された塩を殺菌して出荷することもあるらしい。
塩湖や塩田を赤く染める好塩菌や緑藻類は、それらの休眠細胞が埃と混じって風によって撒き散らされる。塩田がこれらの微生物で汚染されると、生産される塩の品質が低下するので海水を張って殺菌する(殺菌できる理由は次節参照)。
桃色や赤色を示す岩塩を粉砕して食用に、あるいは塊の中をくりぬいた岩塩ランプ、置物などの装飾品として色付き岩塩が多く市販されている。しかし、これらの岩塩には細かい赤鉄鉱の針状結晶が分散して入っているためで、微生物によるものではない。
2億5000万年生存?
過酷な条件生き抜く好塩菌
非常に高い塩分環境下では浸透圧が非常に高くなるので植物細胞は脱水され、細胞膜に覆われた原形質は収縮し細胞壁と分離する。動物細胞では細胞全体が収縮し生存できなくなる。しかし、好塩菌や好塩性緑藻類が生存・増殖できるのは、前者では細胞内に高濃度のカリウムを、後者は高濃度のグリセリンを保持しているためで、それらにより細胞内の浸透圧を高くし、細胞外の浸透圧と同じくしている。したがって、塩分が薄くなると細胞内の浸透圧を低くするために水が入ってきて細胞は壊れて死滅する。
好塩菌は地球上の最も過酷な条件下で生存できる珍しい細菌グループの“古細菌”に分類される。前述したように、高温、低温、乾燥状態でも胞子となって生存できる。
2000年10月19日発行の雑誌ネイチャーに驚くべき記事が発表された。好塩菌とは明記されていないが、桿菌の胞子が地下569 mの塩層から採取された塩結晶の液胞から分離された。この塩鉱床はニューメキシコ州カールスバッドにあり、二畳紀の約2億5千万年前の地殻形成で古代海洋から形成されたものだ。
3000年前縄文時代の蓮の種が蘇って花を咲かせたことが話題になったが、それとは桁違いに古く、過酷な条件下で生きて蘇った細菌の世界は想像を絶する。
太陽光利用にも期待
赤い色素のさまざまな有用性
好塩菌や緑藻類が作る赤い色素はカロチノイド色素であり、これからβ-カロチンができ、
β-カロチンが体内に入るとビタミンAに変わる。カロチノイド色素は植物や動物など自然界に幅広く存在する黄色から赤色の天然色素だ。これは抗酸化作用を持っており活性酸素の働きを抑えて老化や発癌を予防するし、免疫機能を強化する働きもある。
ドナリエラが作るカロチノイドは細胞の再生を助ける抗酸化作用に優れており、老化防止(アンチエイジング)の有効成分として化粧品などで利用されている。紫外線障害の予防や坑炎症作用などの効果も報告されている。このようなことから世界のいくつかの地域では赤い好塩菌や藻類のいる塩湖からβ-カロチンを抽出している。
好塩菌の細胞膜で発見された色素は、薄暗い中で物を見えるようにする人間の目のロッド(桿状)細胞にある光感受性色素(ロドプシン)に非常に近い。人が薄暗い部屋に入ると、しばらくのあいだ何も見えない。人の目が色素ロドプシンの濃度を次第に増すように調節することにより、次第に見えるようになってくる。第二次世界大戦中に夜間飛行士は任務を始める前にしばしば特別な眼鏡を掛けた。この眼鏡は目のロドプシン生産を刺激し、真夜中でもパイロットには物が見えて通常の行動を行えるようにする。
好塩菌の色素(バクテリオロドプシンと呼ばれる)は好塩菌に太陽光エネルギーを利用できるようにさせる。これはちょうど葉緑素を持った光合成植物が太陽エネルギーを捉えられることと同じであるという。太陽エネルギーを利用する細菌をさらに研究して行けば、エネルギー源として新しいより効果的な太陽利用につながるかもしれない、と記事では述べられている。