たばこ塩産業 塩事業版  1999.11.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫 

塩の違いによる味への影響は?!

 

 最近ではポテトチップスなどスナック菓子にも「○○の塩」などの特殊製法塩が使用されているようで、そのことが包装にも書かれており、なかなか上手な宣伝だな、と感心させられます。特殊製法塩は「自然塩」、または「天然の塩」というイメージが出来上がっているようで、消費者は値段が多少高くても気にせず、そのイメージを鵜呑みにして特殊製法塩を購入している、というのが現状だと思います。ところが、塩干しの製造業者によると、特殊製法塩を使用した場合、生活用塩を使った物より仕上がり、味が良くなる、という話があるようです。このへんの実態を調査されて、小売店の販売につき、適切な指導をお願いできれば、と思います。また、以前の『なんでもQ&A』で、「伯方の塩」と生活用塩を化学的に比較されておりましたが、塩は化学的に比較するものではなく、味覚の問題ではないでしょうか。その辺もからめて解説をお願いいたします。         (山口県萩市の販売店より)

 塩の違いによる味の違いは非常に難しい問題です。誰にでも判るほど明らかに違うのであればよろしいのですが、わずかな違いを識別できる人とできない人がいるレベルの味の違いを、すべての人が明らかに識別できるかのごとくに思いこませて商品を差別化したように見せかけ、販売しているものが多いように思います。味の違いが主観的なレベルから客観的なレベルに変わるには、塩の組成成分がどの程度変わればよいかについては、系統的、総合的に研究されたデータはほとんどありませんが、いくつか断片的に研究されたデータがありますので、それらを紹介しましょう。

明確でない味の違い

東京都消費生活総合センター調査結果

 この調査結果の概要については前に紹介(平成10年8月25日号)しましたが、塩味の違いを調べたところだけをもう一度紹介しましょう。
  テストした試料は表−1に示す6種類です。表−1には、その他として、この後で述べる報告に使われた塩を併せて書いてあります。食味テストには30人が参加しました。

        表−1 食味テストに用いた塩
  
食味テストに用いた塩
  テストは塩そのものをなめて見分けることと、塩を使って表−2に示す調理品を食べて見分けることで、同じ塩を使った試料2点と違った塩を使った試料1点の合計3点の内で、どれが違うか、また違っておればどちらが好きかを選ぶ方法で行われました。

          表−2 食味テストに用いた調理品
食味テストに用いた調理品

 テスト1では、違う塩を使った試料を見分けることで、@とBの組合せ、@とCの組合せとしました。つまり、精製塩とにがり成分の多い塩を比較したのです。その結果を示すと、@とBの組合せでは図−1、@とCの組合せでは図−2に示すようになりました。いずれも見分けられなかった人の方が多い結果がほとんどでしたが、唯一見分けられたのは@とBで作った漬物を食べたときでした。@とBの塩をなめて見分けられた人と見分けられなかった人の数は同じでした。すなわち、精製塩と海水から直接作られた塩との比較では漬物以外はほとんど見分けられなかったのです。

                図−1 @とBの組み合わせ

                図−2 @とCの組み合わせ

 テスト2では、3種類の塩を比較して、好ましい順位をつけてもらうことで、AとBとCの組合せ、AとDとEの組合せとしました。つまりイオン交換膜製塩法による製品である食塩とにがりの多い塩、あるいは食塩と比較的にがりが多い、または乳酸カルシウムや炭酸カルシウムを加えた塩とを比較したのです。
  その結果を示しますと、AとBとCの組合せでは図−3、AとDとEの組合せでは図−4に示すようになりました。これらの図の見方は平均点の小さい方が好まれたことを表しています。
  したがってAとBとCの組合せでは、塩をなめた結果では明らかに食塩が好まれていませんが、ごはん、すまし汁、漬物となると大きな違いはありませんでした。
  またAとDとEの組合せでは、かなり結果はバラツキ、食塩はごはんでは一番好まれましたが、他ではいずれも好まれていない結果でした。
  Dには通常塩に入ってこない物が添加されていますので、結果が違うのはある程度理解できますが、Eは、BやCよりもにがりが少ないにもかかわらず図−3の結果よりも好みの差が大きく出ていますので理解しにくいのですが、比較の中に特殊な塩が混じることにより影響を受けているものと考えられます。

               図−3 AとBとCの組み合わせ

              図−4 AとDとEの組み合わせ

少ない品質への影響

(財)ソルト・サイエンス研究財団の研究報告

 (財)ソルト・サイエンス研究財団では、2年間にわたるプロジェクト研究として「共存成分を異にする食塩の食品科学的研究」を行いました。その中に塩の味や調理品の味、加工食品の品質について報告されていることのいくつかを紹介します。
@ 塩の味
 塩の味については女子栄養大学の松本先生が担当しました。8種類の塩をそれぞれ塩化ナトリウム濃度が0.7(澄まし汁の塩分濃度に近い)になるように調整した塩水を試料として、対照基準に同じ濃度の塩化ナトリウム溶液を味わって、二点比較で塩味、苦味、旨味、渋味、後味、くどさ、金属味、まろやかさ、を非常に弱いから非常に強いまで、あるいは非常に悪いから非常に良いまでを、-3から+3までの7段階で点数を付けて評価する方法で行いました。実験に参加した人々は訓練された男性10名、女性14名の合計24名でした。
 東京都の調査と比較できるように表−1に成分を示した3種類の塩味の結果については、赤穂の天塩で「くどさ」については「弱い」という表現で他の二つの塩とは違う有意な差がある他は、3種類の塩とも有意さがありませんでした。「まろやかさに」ついては、いずれも対照基準の塩化ナトリウムとは「強い」という表現で有意な違いがありました。三種類間の違いは分かりませんでした。
A 漬物の味
 漬物の味については宇都宮大学の前田先生が担当しました。表−1に示す3種類の塩を使い、漬物は白菜漬、たくあん、しば漬の3種類でした。漬物の味の違いは味の素中央研究所の訓練された20名で、各漬物について3種類の塩のうち2種類を一対として比較評価する方法で調べられました。二つの試料について色の好ましさ、歯切れの好ましさ、塩かどの強さ、酸味の強さ、苦味の強さ、うま味の強さ、まろやかさ、総合評価の8項目を0から+1.0まで、および0から-1.0までの範囲で点数を付けて評価しました。
 結果は表−3に示しました。識別実験では、白菜漬とたくあんで20人中それぞれ15人と17人が有意に正しくCAABを識別できたが、他の漬物による試料比較では有意に識別できなかったことを表しています。嗜好実験では、有意にどちらかを選ぶということはなく、にがり成分が入った方が好まれるという結果はありませんでした。

表−3 識別実験と嗜好実験の結果
    対 比 試 料
AとB BとC CとA
識別(正解者:参加者)
白菜漬 14:20 8:20 15:20*
たくあん 17:20** 11:20 12:20
しば漬 9:20 13:20 9:20
嗜好(二者の選択数)
白菜漬 10:10 9:11 13:07
たくあん 10:10 9:11 9:11
しば漬 7:13 11:09 11:09
*危険率1%で有意、 **危険率5%で有意

 結論として、最近の漬物はすべて調味されているので、塩の違いが品質に現れることは少ないとしています。
 前のQ&A(平成11年7月25 日号)で「伯方の塩」と「生活用塩」の化学成分の比較をしたことに対して、成分はともかく味の問題ではないかとのご意見ですが、科学的データに基づいて考えたとき、言っていることにどこまで妥当性があるか、ということが重要です。化学成分の違いと量によって味が変わってきます。この度、紹介しました「伯方の塩」を含めて、それよりもさらに多くのにがり成分が入った塩を含めて行われた味覚実験でもほとんどの場合、塩の違いは識別できないという結果でした。

魚の塩干物も今後の研究課題

 魚の塩干物を製造するときに特殊製法塩を使用すると、製品の仕上がりや味が良くなることは確かにあるようですが、詳しいことは解っておりません。私も「アジの干物」製造業者から同じようなことを聞いたことがあり、研究しなければならない課題であると思っております。
  参考までに(財)ソルト・サイエンス研究財団で一般公募の研究に助成した結果を紹介します。京都大学の坂口先生はマダイとハマチを使い5種類の塩(表−1には2種類しか示しておりません)の10%溶液に約24時間浸け、48時間強制乾燥させた試料を7人で評価しました。評価は精製塩を使った製品を基準として、塩味、旨味、「こく」、総合風味の強度および歯ごたえとしました。また、味に関係のある遊離アミノ酸や核酸関連物質も分析しております。
 結果は次の通りでした。マダイについては、塩味と旨味はどの塩を用いても差はありませんでした。「こく」と総合風味については、精製塩よりも他の塩の方がいずれも優れていました。しかし、他の塩との相互間の違いは明らかではありませんでした。
  歯ごたえについては、どの塩でもほとんど差はありませんでした。
  ハマチについては、塩味、旨味、総合風味および歯ごたえとも塩の種類については差がありませんでした。「こく」と総合風味について差が出た結果では、(遊離アミノ酸を代表させた)全窒素量が精製塩の場合よりも明らかに多かったのですが、その中の非タンパク質性の窒素量には差がありませんでした。
 水産品の干物にはアジ、サバ、イカ、カマス、エボダイと多くの種類がありますが、塩の違いは魚によって違っているのかも知れません。どのくらいのにがり成分があれば、味覚に関するどのような要素がどのように影響を受けて良くなるのかは、これから明らかにされなければならない問題です。