たばこ塩産業 塩事業版  1998.5.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫 

塩の対比効果と抑制効果

 

 スイカに塩を振って食べると一層甘く感じられます。どうしてでしょう?─これはよくある質問で、私たちの舌にはさまざまな味(甘さ、酸っぱさ、苦さ、塩辛さ)を感じる神経が別々にあり、塩辛さは甘さより早く感じるため、その差によって甘さが強調される、と理解しています。ただ、寿司飯を作るときにも、ちょっと塩を入れると酢の強いツンとくる酸っぱさが和らげられ、味全体がまろやかな感じに仕上がります。これは「スイカに塩」の意味合いとは違うように思われますが、塩自体に甘さを引き立てるなり、酸っぱさを抑えるような性質があるのでしょうか?           (福岡県・主婦)

 昔から生活の知恵で料理に味付けする場合に、塩を少し加えるだけで味を引き立てたり、味を抑えたりしています。このようなことは塩だけに限らず、酢でも砂糖でもあります。料理の味の決め手は、塩を上手に使うことであることから、特に塩がよく取り上げられます。
 そこで塩の対比効果と抑制効果について述べましょう。味を引き立てる効果は対比効果であり、味を抑える効果は抑制効果です。これらの効果により、塩を加えることで味を良くしたり、刺激を抑えてまろやかな味にするわけです。このようなことから外国では塩のことを風味強化剤ともいっています。

味を引き立てる対比効果

 甘いとか辛いとか、味覚を刺激する二つの味があるときに、片方の味が他方の味の強さを強めるように変える現象を対比効果といいます。塩の塩辛さがスイカの甘味を強くし、引き立てる効果がこれに当たります。
 このような例は、砂糖に塩を少し混ぜて砂糖の甘さを強めるとか、お汁粉や甘酒に塩を少し入れて甘さを引き立てるとか、だし汁に塩を少し入れてうま味を引き立てる場合です。グルタミン酸ソーダの水溶液ではうま味が弱いのに、塩を少し加えると非常に美味しくなります。あの海老やカニの美味しさも塩を加えないとうま味が出てこないのは、塩の対比効果によるものです。塩味が感じられないのに別の味が強調される場合に使われる塩はかくし塩といわれ、かくし味の一つになっております。

味を抑える抑制効果

 酸っぱいとか辛いとか、味覚を刺激する二つの味があるときに、片方の味が他方に味の強さを弱めるように変える現象を抑制効果といいます。塩の塩辛さが寿司飯の酢の酸っぱさを弱くして酢の刺激を抑える効果がこれに当たります。塩梅という言葉は梅酢の強さを塩が抑え、塩のきつい塩辛さを梅酢が抑えてちょうど良い美味しい味にする時に使いますが、良い味であれば、塩梅が良いといいます。このような例には、酢の物に少し塩を加えて酸味を抑え美味しくするとか、梅干しに塩を加えて食べやすくする場合があります。リンゴを塩水に漬けるのは、酸化酵素の活性をなくして茶色に変色しないようにするためですが、酸っぱいリンゴですと、その酸っぱさが抑えられます。

アミノ酸や有機酸との美味しい関係
塩類濃度17%の醤油が美味しく感じられる理由

 白菜の漬物は漬かり方が浅いと塩味が目立ち、塩辛く感じますが、良く漬かってくると発酵により有機酸ができますので、酸味のために塩辛さが和らげられます。あまり漬かり過ぎると酸味が強すぎて美味しくなくなります。ぬか漬けの美味しさも同じことです。
 カツオ節のうま味成分であるイノシン酸は、塩味を和らげ、まるくします。同じ効果がイカの塩辛や醤油の塩辛さにも見られます。塩辛は塩分濃度が10〜30%もありますし、最近では健康問題から減塩醤油が出ていますが、この醤油でも塩の濃度は8〜9%あり、通常の醤油では17〜18%もあります。ちょうど良い塩味のすまし汁は塩分濃度が0.8%ぐらい、煮物では1.5〜2%ぐらいです。ところが海水の塩分濃度は3%ぐらいで低いのに、非常に塩辛く感じます。したがって塩だけで10%も18%もの濃度の液を味わいますと、とても塩辛くて食べられたものではありません。しかし、醤油となると、刺身にかける醤油は美味しく食べられますし、減塩醤油は美味しくないように感じられます。これは、醤油の中にあるうま味成分である各種のアミノ酸や有機酸が塩辛さを抑えて美味しく感じられるようにしてあるからです。味噌でも塩分濃度は12%ぐらいもありますが、美味しく感じられます。

試してみる?コーヒーに塩を入れるとどんな味?

 食べ物の中でも苦い味のするものは比較的少ないようです。苦味は本能的に毒物と判断して嫌われてきました。それでも苦い味のする食べ物としてはにが瓜があり、飲み物としてはコーヒーがあります。これらの食べ物に少し塩を加えますと、苦味は抑えられます。もちろん砂糖でもコーヒーの苦味は抑えられます。香りと苦味を楽しむコーヒーに、塩を加える人はいないでしょう。

酸っぱくて苦い夏みかんは少量の塩を振りかけて

苦味と酸味のある食べ物としては夏みかんがあります。最近では甘夏など酸味の少ない物もありますが、夏みかんといえば自然に唾液がわき出てくる程のものです。ところがこのように強烈な酸味と苦味のある夏みかんに少し塩を振りかけますと、あら不思議、酸味や苦味が抑えられて、甘味すら感じられるようになります。昔はこのようにして食べることもあったようです。一度試してみてはいかがですか?
  しばらく前からスポーツ飲料が盛んに飲まれるようになりました。スポーツ飲料の中に調味料が入っています。スポーツ飲料といえども調味料で味付けし飲みやすくしていることがうかがわれますが、実は調味料で味付けしている訳ではないのです。電解質(ミネラル)を補給するために、スポーツ飲料の中には塩化ナトリウムや塩化カリウムなどが入っています。塩化ナトリウムを少なくするために塩代替物である塩化カリウムがかなり入っていますが、この塩化カリウムは非常に苦いものです。この苦味を抑えるために調味料が使われているわけです。
  塩の対比効果と抑制効果の例をいくつかあげてみましたが、もっとたくさんの例があります。ご質問をしていただいた方はきっと料理上手の方で、上手に塩を使いこなしておられるのでしょう。その過程で疑問を持たれ、塩の効果を推定されていますが、推定は的を射ております。ますます腕に磨きをかけて下さい。