たばこ塩産業 塩事業版 2016.2.25
塩・話・解・題 131
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
塩と健康に関する情報提供機関① CASH
減塩に偏向 提供する情報に問題も
減塩を勧めるために官民一体となった総意行動で減塩に取り組む機関「Concensus Action on Salt and Health (CASH)」がある。イギリスで設立された機関で様々な媒体を通して減塩によって得られる塩と健康に関する情報を提供している。機関の性格上、減塩政策に反する情報はほとんど提供していない偏向した思想を持って運営されている。
イギリスの減塩運動推進団体
イギリスでは食品・栄養政策を医学的観点から検討する委員会(COMA)の減塩勧告を承認するように医学の最高責任者(Chief Medical Officer:政府への助言者)に要請したところ、拒否された結果として1996年にCASHが設立された。
なおCOMAは2000年には解散し、食品、食事、健康に関する事項を厚生省と食品標準局に勧告するための新しい委員会である栄養に関する科学的勧告委員会(Scientific Advisory Committee on Nutrition : SACN)が設立された。
CASHには塩が健康に及ぼす影響に関して関心を持つ25人の専門家グループがあり、多くの組織と個人から支援されている。会長はバーツ・アンド・ロンドン医学校のウォルフソン予防医学研究所心臓血管医学のマグレガー教授で減塩運動の強力な推進者である。5人のスタッフで運営されており、イギリス心臓財団、脳卒中協会など19団体が組織として支持している。
国際組織「WASH」を立ち上げ
現在の目標は塩摂取量を成人については現在の平均8.1 gから平均6 gに下げることで、これにより健康利益として他の疾患とともに脳卒中を約22%、心臓発作を16%減らし、17,000人の生命を救うことにしている。
そのために以下の目標を掲げている。
● 塩が高血圧の主原因であり、他にも悪い影響を及ぼすという強い事実があることに食品製造者や配送者とコンセンサスに達する
● 加工食品中の塩含有量を一律に次第に減らすために食品加工者と配送者を説得する
● 政府や関係専門機関が過剰な塩摂取量の危険性を政策に取り入れられるように科学界からの多くの事実を確保する
● 健康に及ぼす塩の影響を理解させ、もっと塩を知るように社会教育し、高濃度の塩製品を買わないように表示のチェックを推進する
● 老人や子供は高塩摂取量で危険に晒されやすい特に弱いグループとして焦点を当てる
● すべての加工食品中の総合的な栄養表示を見て塩含有量含を把握し、政府が勧める1日当たり6 gの摂取量に沿うように1食当たりの塩のグラム量を把握する
● 現在の国民の高い塩摂取量を減らすことを含めて、何が健康的な食事であるかの情報を最大限に普及させるよう他の機関や第三者と共同作業する
以上の目標が、今日までにどの程度達成されたかを以下のように整理している。
● かつて減塩の重要性を無視した厚生省に減塩に取り組ませるようにした
● 食品標準局の主要運動の一つとして塩を取り上げるように促した
● 2005年の発足以来、現在20ヶ国にわたって380人以上のメンバーで塩と健康に関する世界行動(World Action on Salt and Health :WASH)グループを設立した
● 2010年と2012年について食品標準局によって現在まで設定されてきた自主的な塩目標量の導入を広めた
● イギリスの塩摂取量の10%低減を達成させ、年間推定6000人の命を救った
● 新聞、テレビ、ラジオ、インターネットで定期的にメディアに報道した
● 業界は減塩を進め、食品標準局の目標に沿って良い実績をあげてきた
CASHはイギリス国内の減塩推進組織であり、数々の目標を掲げて実績を上げてきた。中でも国際的で強力な減塩推進組織であるWASHを立ち上げたことは特筆に値する。
運動週間を設けて減塩を周知
CASHの目標に掲げられているように塩と健康問題に留まらず塩についての様々な事柄を周知させる社会教育として表に示すように毎年テーマを掲げて塩の周知運動週間を設けている。この運動は政府厚生省の支持を得て2001年から始めている。当初は国民に塩について良く知らせる日として国民塩周知日を設定し、加工食品の塩含有量を知らせることから始まり、やがて4,5件の講演を行い、ポスターを配布するようになり、多くの支持団体が減塩運動するイベントを開催している。2006年からは周知週間として1週間が設定され、多くの医療協会、財団、産業界が支持者となってイベントを開催するようになってきた。
塩の周知運動週間のテーマ |
|||
年 |
テーマ |
年 |
テーマ |
2001 |
食事に隠された塩 |
2009 |
塩と外食 |
2002 |
塩-忘れられている成分 |
2010 |
塩と健康 |
2003 |
塩と子供たち |
2011 |
塩と男性の健康 |
2004 |
塩と消費者 |
2012 |
塩と脳卒中 |
2005 |
塩と老人 |
2013 |
塩を減らそう |
2006 |
塩と民族集団 |
2014 |
塩を切り替えよう |
2007 |
隠れている塩 |
2015 |
塩と子供たち |
2008 |
塩と子供たち |
2016 |
隠れている塩 |
機関誌で目標・活動成果を報告
CASHは2004年以来、年報を出版し1年間の活動状況について報告している。発行の都度CASHの目標が記載されているが、例えば、最初に出版された年報には次のように記載されている。
食品供給への影響
◆ 塩は高血圧の主原因であり、他の健康にも悪い影響を及ぼす強い証拠があることについて食品製造者や配送者と合意に達する
◆ 加工食品中の塩含有量を一律に漸減させるために食品加工者や供給者を説得する
◆ レストランや配膳者に料理に加える塩を減らすように説得する
政策立案者への影響
◆ 過剰な塩摂取量の危険性について科学界からの多くの事実を政府や関係専門機関が政策に盛り込むようにさせる
食習慣への影響
◆ 社会が塩をもっと知るようにさせる
◆ 老人、子供、いくつかの少数民族は高い塩摂取量で危険な健康状態になりやすい特別なグループとして確実に注目されるようにする
◆ 全ての加工食品中の塩含有量表示を見るようにし、政府が推奨する1日当たり6 gの塩摂取量に合わせるようにする
これらの目標を掲げて1年間活動してきた成果が年報にまとめられており、年を追うごとに内容が増えている。
機関誌ではないが2001年以来、適宜ニュースレターも発行されている。発行頻度は年間1~3回で、2010年からは年1回となっている。内容はCASHが行ったイベント、塩に関する調査、マスメディアに発表されている塩に関するニュース、科学専門誌に発表された塩に関する論文などの紹介である。
減塩の是非 的確に判断できる情報を
減塩政策を強力に推進させる組織としては、当然のこととして減塩推進に資する情報は提供するが、それに反する情報は提供しない。例えば、全員に一律の減塩を勧める政策の妥当性を巡って専門家の間で数多くの論争があり、それが専門誌に掲載されても紹介されることはない。まして減塩で血圧が上昇し危険である体質を持った読者は減塩してはいけないし、減塩は危険であるかもしれないといった減塩政策に警告を発した論文は紹介されないので、減塩すれば血圧は下がると思わされる。つまり減塩政策に対して適正には判断できない。
減塩の危険性については例外的に1件だけアルダーマン博士の減塩は心筋梗塞の危険率増加と関係があるという論文を引用している。また減塩で血圧の降下を示す、つまり減塩効果を示すのは塩感受性の体質を持った人達であり、全人口の1/3程度、高血圧者の半数以下であることを述べている論文はほとんど引用されていない。
◇ ◇ ◇
減塩推進に関する情報があふれている中で、筆者は一律の減塩政策に疑問を持ち、反対の立場で科学的根拠に基づいた情報を提供してきた。減塩を推進する大きな組織があり、この度はその一つのCASHがどのような活動をしているか調べたところ、提供している情報に大きな問題があることが分かった。
減塩で血圧が下がる人もおり、他にも健康的に恩恵を受ける人々がいるので減塩を勧めることの重要性は理解できる。しかし、多様な特性を持つ人々に対して一律に減塩を勧めることは問題で、読者が減塩すべきかすべきでないかを的確に判断できる情報提供を望む。