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たばこ塩産業 塩事業版  2015.12.24

塩・話・解・題 129 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

研究進み 実用化待たれる

食塩感受性判定法

 

 保健政策として食塩の目標摂取量を定めてその目標達成に向けて全国民一律に減塩するように勧めている。しかし、減塩で血圧が下がるのは食塩感受性の人だけである。成人の30%は食塩感受性と言われているが、それを簡便に判定できる実用化された方法はまだない。食塩感受性を判定するいくつかの方法が研究されており、それらを紹介しよう。

 

塩摂取量気にせず楽しい食生活現実に?

減塩に対する血圧応答は1988年にルフトらが図1に示したように正規分布(ベルカーブ)となる。減塩しても血圧が変化しない集団のパーセントをピークとし、その集団を中心に減塩すれば血圧が下がる集団と、反対に上がる集団がある。下がる集団は食塩感受性であると言われ、逆に上がる集団はここでは食塩抵抗性と整理されているが、最近の論文では逆食塩感受性(inverse salt sensitivity)と言われている。正常血圧者(実線)と高血圧者(破線)ともに同様のベルカーブを示しており、高血圧者の方が減塩に対して血圧低下を示す人が多い。このデータによると食塩感受性を示す人は正常血圧者で約1/4で、高血圧者でも約1/2しかいない。

図1 正常血圧者と高血圧者の減塩に対する血圧応答
         
             図1 正常血圧者と高血圧者の減塩に対する血圧応答

つまり、減塩で有益な血圧低下を示す人々は半数以下で、半数以上は血圧低下とは関係ないか、逆に有害な血圧上昇を示す人々がいる。

フェルダーらが示している事例では183人の被験者で食塩摂取量に対する平均動脈血圧の変化により食塩感受性、抵抗性、逆食塩感受性について表1に示したようになっている。17%が食塩感受性者で高い食塩摂取量で平均動脈血圧が高くなり、11%が逆食塩感受性者で低い食塩摂取量で平均動脈血圧が高くなっている。大半が食塩抵抗性者である。

表1 食塩摂取量の変化に伴う平均動脈血圧の変化で食塩感受性を分類
食塩摂取量 逆の食塩感受性(11%) 食塩抵抗性(72%) 食塩感受性(17%)
高食塩摂取量 正常な平均動脈血圧 正常な平均動脈血圧 高い平均動脈血圧
低食塩摂取量 高い平均動脈血圧 正常な平均動脈血圧 正常な平均動脈血圧
Felder R.A. et al Curr Opin Nephrol Hypertens 2013;22:65 より

食塩摂取量に注意すべきかどうかは、食塩感受性の体質であるかどうかで決まり、その簡便な判定法が開発されれば食塩摂取量に対する不安が解消される。

 

10%以上の血圧変化が一般的基準

 食塩感受性はダールらによって1962年にラットで発見されたが、1978年に川崎はヒトでも同じであるとし、その後、藤田は図2でヒトの食塩感受性を具体的に示した。食塩摂取量を9 mmol/d(NaCl 0.53 g/d)として1週間過ごした時の収縮期血圧(最高血圧)と拡張期血圧(最低血圧)は食塩摂取量を249 mmol/d(NaCl 14.54 g/d)に増加させて1週間過ごした時のそれぞれの血圧は実線では上昇し、破線ではあまり変わっていない。その後、元の低い食塩摂取量に戻すと実線ではそれぞれの血圧は下がり、破線ではあまり変わっていない。利尿剤のfurosemide(降圧剤)を投与することにより実線では一層大きな血圧低下が現れている。藤田は実線のような血圧変化を示す人を食塩感受性とし、破線を示す人を食塩非感受性とした。どれくらいの血圧変化であれば食塩感受性と判定するかについて研究者によって異なる。つまり、食塩感受性の定義はない。一般的には10%以上の血圧変化があれば食塩感受性としている。

図2 食塩感受性群と食塩非感受性群における食塩摂取量変化時のへつの変化
図2 食塩感受性群と食塩非感受性群における食塩摂取量変化時の血圧の変化

判定法❶ 遺伝子から

 マイクロアレイにより遺伝子の解析技術が飛躍的に進歩し、食塩感受性に関連した遺伝子を検索する研究ができるようになった。

食塩感受性に関与する遺伝子は血管抵抗や腎臓のナトリウム輸送と関係していると考えてそれらに関連した遺伝子を探索する中で、腎臓のナトリウム輸送を遅くする遺伝子群(GRK4 variant alleles)が浮かび上がってきたところである。

 

判定法❷ 尿中の成分で

 腎臓の近位尿細管細胞(RPTCs)が剥離して尿中に出てきた細胞を分離し、ほとんど即座に調査できるその細胞の生理機能から食塩感受性を判定する方法が研究されている。

 他に尿中に出てくるエクソソーム(細胞から分泌される5090ナノメーター程度の小胞) は食塩感受性に関連した細胞成分を含んでいる可能性があるので、食塩感受性のバイオマーカーとして研究されている。これらの研究が実って実用化されるとコスト、時間の節約が図られ、手軽に自分の体質を判定でき、楽しい幸せな食生活を送れるようになるものと期待される。

 

判定法❸ 24時間血圧計で

 24時間自動的に血圧を測定し記録に残す24時間血圧計がある。この血圧計では寝ている間でも測定されている。通常、血圧は就寝中には低下しており、昼間は高くなる。このような血圧変動を示す人をディッパーという。

ところが就寝中でも血圧が下がらない人がいる。つまり、何時でも高い血圧状態にあり、そのような人をノンディッパーという。

 カスティグリオニらは24時間血圧計を用い、軽症から中程度の高血圧者46人について高塩食時(11.7 g/d)と低塩食時(1.8 g/d)の平均動脈血圧と脈拍数の記録と、通常の食塩感受性テストの結果から食塩感受性者を判定する方法について検討した。この方法による食塩感受性の判定は次の現象を根拠としている。一つは夜間血圧のディッピング・パターン(血圧低下状態)が起こるかどうか。食塩感受性者は高塩食中ではディッピング・パターンは観察されない。もう一つは24時間の平均脈拍数。高塩食中では高血圧者の食塩感受性指標に比例して平均脈拍数は増加する。

彼らは食塩感受性の危険率を次のように3段階に分類した。ディッパーであり24時間脈拍数が70回/分以下であれば低い危険率、ノンディッパーであり70回/分以上であれば高い危険率、ディッパーで70回/分以上またはノンディッパーで70回/分以下であれば中間の危険率とした。

また食塩感受性の状態を食塩感受性指標という概念で提案している。それは mmHgで表した平均動脈血圧差と mmol/dで表した両食事間の尿中ナトリウム排泄量の差との比を1000倍した数値として表される。

 試験結果は19(41)が食塩感受性者で27(59)が食塩抵抗性者であった。平均動脈血圧の夜間低下値([昼間平均動脈血圧-夜間平均動脈血圧]/昼間平均動脈血圧)24時間平均脈拍数に基づいて食塩感受性の危険率を低い、中間、高いと三段階に分類して食塩感受性指標との関係で見ると図3に示すようになり、食塩感受性指標(左側の図)と食塩感受性者の発生率(右側の図)ではいずれも食塩感受性の高い危険率で有意に高い値を示している。つまり24時間血圧計により高血圧者の食塩感受性指標により食塩感受性であるかどうかの危険率に関する情報を得られる可能性がある。次の段階としてさらに正常血圧者でも食塩感受性の状態を明らかにできるよう研究を進める必要がある。
図3 食塩感受性の危険率に対する食塩感受性指標と発症率

図3 食塩感受性の危険率に対する食塩感受性指標と発症率