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たばこ塩産業 塩事業版  2015.4.27

塩・話・解・題 121 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

ハロセラピー

呼吸器疾患に 効く?効かない?

乾燥塩エアロゾルを使用して呼吸器系疾患を治療するハロセラピーの開発、慢性閉塞性肺疾患(COPD)への治療効果とハロセラピーの一般的な効果についての疑問を紹介する。最近では国内でも塩の部屋を商品化し癒しの場として提供するようになってきた。

ハロセラピー、塩の部屋に関する科学的根拠を理解し、効果の現状を適正に判断してもらいたい。

 

医療行為として認定する国も

 ハロセラピー(ハロとは塩、セラピーとは治療のことで塩治療法となる)が開発されたのは、昔から塩鉱山で塩を採掘している鉱夫に喘息患者がいなかったことに端を発している。1843年にポーランドの医師が塩の微粒子で満たされた空気が呼吸器系疾患に治療効果を発揮するらしいと発表し、1958年には世界遺産のヴィエリチカ岩塩坑で肺疾患患者用に最初の塩療養所が設置された。

ハロセラピーの開発経緯をロシアの肺臓学者チェルビンスカヤ博士のホームページから紹介する。博士は呼吸器系疾患の非薬物療法に関心を持ち、1980年代末にレニングラードの肺臓学研究所に最初の塩の部屋を建設した。そこで乾燥塩エアロゾル治療の環境を作り、呼吸器系疾患を治療する研究を始め、この治療法をハロセラピーと名付け、塩の部屋をハロチャンバーと呼んだ。塩洞窟内の微気象を人工的に作り出すことから研究を始めた。最初に塩を基本にしたミネラル(岩塩、塩化ナトリウムと塩化カリウムが混合した鉱石、塩レンガなど) で施設内の壁をすべて覆った。しかし、塩の壁は乾燥塩エアロゾルのある微気象を作らなかった。治療効果のある塩洞窟の微気象を再現するには乾燥塩エアロゾルを発生させる特別な装置(ハロジェネレイターと称する)を製作しなければならなかった。

ハロセラピーの経験から安全で効果的な治療の達成には塩エアロゾル濃度と塩の粒径が最も重要であった。1992年には塩エアロゾル濃度と粒径を制御してハロセラピーを行う方法(制御されたハロセラピーと特別な言い方をしている)を確立し、呼吸器系疾患を治療する新しい方法の特許を取った。疾患の特性に応じてエアロゾル条件を選択し維持できる新しいハロジェネレイターを開発した。1995年以来、このハロジェネレイターを使ってハロセラピーを行ってきた。塩の壁で部屋を覆うことから始め、ハロジェネレイターによるハロセラピーの効果を確認するまでに20年間を要した。今やロシアやバルチック諸国でハロセラピーは医療行為として認められている。

 制御されたハロセラピーの特徴は1) 効果が科学的根拠に基づいている、2) 塩のエアロゾル濃度を選択し一定に維持できる、3) 肺、アレルギー、小児、耳鼻咽喉、皮膚のそれぞれの医療分野で数多くの研究と実績で臨床効果が証明されている。以上のことからロシアでは制御されたハロセラピーが行える塩の部屋が病院、診療所、職場、看護学校、学校、リハビリ治療所、温泉センターで建設され、何千ヶ所にも及んでいる。

 塩治療法が流行し始めているが、ハロセラピーについて信頼できる情報が不足しているため、ヨーロッパやアメリカではしばしばいかがわしい科学情報に基づいた塩の部屋が数百も建設されているが、制御されたハロセラピーで安全に効果を十分に発揮できる設備を持っている所は2,3に過ぎない、と警告している。

博士のホームページがインターネットで検索できるようになった時期が不明であるが、10年は経過していると思われるので、今では設備の数はずっと多くなっていることであろう。

 

COPD 治療効果は期待できず

 ハロセラピーは様々な呼吸器系疾患の治療に役立つとされているが、その効果について発表された英文論文は少ない。最近のInternational Journal of COPD(2014;9:239-246)COPDに対するハロセラピーの治療効果についてレビューした論文が掲載された。以下、それについて紹介する。

 ハロセラピーについて民間、国営の放送局からテレビやケーブル・ネットワーク・ニュースで放送され、ハロセラピーがCOPDの症状緩和を含めていろいろな呼吸器疾患の治療に役立つことが示唆されている。その主張は乾燥塩エアロゾルの吸入によって気管からの分泌物の液化を促し、喀痰を楽にすることによりCOPD患者を助けることである。

 それが真実であればハロセラピーの利用拡大につながる。多くのデータベースからCOPD患者に介入したハロセラピーの効果を総合的に評価したレビューがないので、COPD患者に対するハロセラピーの治療効果を調査しようと試みた。

 データベースなどから151件の論文を選択しレビューしたところ、信頼性が一番高いランダム化されたコントロールのある試験を採用基準とした論文は1件しかなく、選択基準をケース・コントロール研究にまで広げて3件の論文を採択し、4件の研究から1,041人の参加者について評価した。その結果、結論としてCOPD患者のために事実に基づいた治療法としてハロセラピーを考えることはできず、もっと品質の高い研究を行ってCOPD患者への治療効果と生活の質に及ぼす影響を十分に調べる必要がある、としている。

 最近の研究はCOPD患者に対してハロセラピーの効果はあまりないことを明らかにしているにもかかわらず、呼吸器系疾患の治療目的でオーストラリア、アメリカ、ヨーロッパ、カナダで商業的ハロセラピーによる治療センターが増えているように思われる、と述べている。

 もう一件、他の疾患である非嚢胞性繊維症の気管支拡張症患者についてハロセラピーの効果を発表した論文がある。それ(Tanaffos 2013;12:22-27)によると、被験者は20人と少なく、2か月間の実施で肺機能テストと生活の質の改善に対するハロセラピーの効果に有意差はないという結果であったが、65%の患者はハロセラピーに満足し、再治療を受けたいというものであった。

 

科学的根拠は不明 研究は不十分

 インターネットのwebサイトにSKEPTOIDがある。2006年以来、社会的に注目される現象を科学的根拠に基づいて批判的に分析し毎週サイトにアップロードしている。塩治療法については2013820日付で、副題に「温泉での新しい流行は塩洞窟内で人々をリラックスさせるというが、本当か?」として掲載された。それについて紹介する。

 筆者のブライアン・ダウニングはグーグルで塩洞窟治療法を検索したところ、高級温泉では以下のサービスを売り物にしていた。喘息、アレルギー、関節炎、気管支炎、COPD、循環系出血、嚢胞性繊維症、うつ病、消化不良、耳感染、湿疹、疲労、花粉症、免疫不全、炎症、偏頭痛、集中力欠如、手術後の回復、乾癬、発疹、鼻炎、副鼻腔炎、不眠症、いびき、ストレス/不安、喫煙者の咳、扁桃炎、ビールス感染と呼吸器系疾患だけではない多くの疾患が記載されていた。

レビューした温泉のわずかなサイトだけが、塩洞窟は医療を扱うのではなく、単にリラックス状態を提供するだけと述べているが、大部分は前記症状の奇跡的な治療法であると述べている。いくつかのサイトは塩の清浄性を強調し、他のサイトは塩の中に含まれる多くのミネラルのせいにしていた。ヒマラヤのピンク色(着色は酸化鉄の混入によるため)の岩塩だけを使っているサイトもあった。その塩を分析すると、純度は95 – 98%で残りのほとんどは石膏であった。石膏の摂取に利益があるという研究報告はない。痕跡ミネラルとして約10元素が一般的に含まれていた。

 塩洞窟による治療のメカニズムについても論争中である。約半分は肺に入り込んだ塩自身が有益になることを強調し、他の半分はすべてイオンだとしている。イオン化装置が陰イオンを発生させ、バクテリアを殺すと主張しているが、間違っている。イオン化装置は空気中のバクテリアを除くのには役立つが、殺すことはない。バクテリアを殺すには陰イオンではなくオゾンO3が必要となる。オゾン濃度がバクテリアを殺せるほど十分に高いときには、人にとっても有害である。大多数の塩温泉経営者や塩治療法の提供者は、彼らの塩が何らかの作用を起こし、価値ある製品であることを正直に信じて間違った情報を人々に与えている。しかし、通常の人々は全面的に広がっている偽の科学を疑う理由をほとんど知らされてこなかった。科学的根拠は不明でも利用者が概して非常に良い経験をして、反復使用するようになるという事実によって塩治療者の販売セールスは正当化されている。

 ハロセラピーの研究をPubMed(米国国立衛生研究所と米国国立医学図書館が収録しているデータベース)で検索すると、17件の論文がヒットする。うち16件はロシア語で書かれており、すべてポジティブな結果を発表しているが、専門の研究者がレビューしている英語雑誌には1件も発表されていない。17番目の論文だけが2012年のアレルギーと喘息のプロシーディングス雑誌に発表されている。その要旨には「アレルギー免疫の診断と治療における未証明の方法と論争中の理論は科学的な信頼性を欠いている」と書かれている。要旨の治療法の中にはハロセラピーも入っている。したがって、ハロセラピーは懐疑論で考えるべきである、としている。ハロセラピーの治療効果を確認した研究は少なくとも西欧では1件も発表されていない。

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 以上、「ハロセラピーの開発」「実用化の経緯では非常に効果のあるハロセラピーが医療行為として認められている国々がある」ということから、「COPDに対する治療効果はなく、ハロセラピーは疑いに満ちている」という主張までを紹介した。ハロセラピーに関する研究論文の多くはロシア語で書かれており、ハロセラピーの効果を出すには特別な装置と操作法が必要であるらしく、また英語で書かれた論文がほとんどないこともハロセラピーの評価が割れている一因となっているようだ。日本での研究も欲しいものだ。