戻る

たばこ塩産業 塩事業版  2015.1.20

塩・話・解・題 118 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

海の精株式会社を訪ねて

「伝統海塩」製造の草分け


 ブランド名として浸透している「海の精」は伊豆大島にある製塩会社が製造している。この度、特殊な生い立ちをたどった同社を取材することができた。塩専売制度下で海水からの製塩技術を試験研究してきた。現在の製塩法は苦労して得たノウハウで固められており、それを技術的に紹介できないのが残念で概要だけの紹介となるが、ノウハウの内容を推定できる読者もいるかもしれない。

前身は食用塩調査会

専売制度下、イオン膜とは異なる製塩技術を試験研究

伊豆大島にある海の精株式会社は、日本の製塩法が流下式塩田製塩法からイオン交換膜製塩法に全面変換した1972年に食用塩調査会を結成したことに始まる。自然エネルギーを利用した製塩法を研究開発することであった。塩専売制度下では海水からの製塩は法律で禁じられていた。しかし、海水からの製塩法の研究開発を行うことで当時の専売公社から1979年に塩の製造許可を得ることができ、試験製造で生産された塩は会員に配布することで研究費を捻出した。最初は天日製塩法から始め、1984年には煮詰め(せんごう)工場を建設し、1997年に塩専売法が廃止され塩事業法の下で海水から自由に製塩できるようになると、それを機に社名を変更して現在に至っている。

かん水を濃縮して天日塩を製造する場所とかん水を運んでせんごう塩を製造する場所は9 kmほど離れている。これでは生産効率は悪い。しかし、働く場所の少ない大島では雇用の場を確保して地域に貢献するため職員に便宜を計らっている。

また、せんごう工場のある元町は一昨年10月の台風26号による豪雨で大規模な土砂災害に見舞われた。工場に行くとき、かつての街並みや木々があったところに土石が積み上がって荒れ果てた道をたどった。はるか向こうに幾筋も山崩れを起こした傷跡が見え、そこから土石流は工場のすぐそばまで迫ったそうだが幸いにも免れた。

しかし、近くにあった5人が入っている独身寮は跡形もなく流された。工場に来ていた1人を除き4人は流され、奇跡的にも物につかまったり引っかかったりして助かったのだという。

天日製塩

かん水は適宜撹拌、硫酸カルシウムを取り込む

 年間降雨量が少なくて製塩に適した海外の天日塩田では濃縮されたかん水(濃い塩水)を移動させながら最終的に結晶池で塩を析出させて収穫する。しかし、降雨量の多い日本では先ず3%程度の海水を濃縮させる装置が必要で、得られたかん水は塩を結晶させる結晶箱に移され、そこで塩を収穫する。

 約40年前の最初の段階では効率的に海水を濃縮させるために軽量ブロックを積み上げた塔を用いて試験したが、現在では写真1に示すネット架流下式塩田に改良されている。手前の流下盤上には何もなくフラットの状態。流下式塩田製塩法では流下速度を遅くし、蒸発面積を増やして蒸発を促進させるために表面に小砂利を敷いている。立体濃縮装置は入手しやすいプラスチック(食品包装にも多用されるポリエチレンとポリプロピレン)のネットを使用している。これに似た装置はその昔、枝条架と言われ、孟宗竹の枝を束ねて数段積み上げ、蒸発面積の増加と落下速度の低下を図って蒸発を促進させるために枝の束を設置する角度を上から下に向けて次第に大きくしてあった。以上のことから考えると、蒸発は効率的に良いとは言えないと思うが、現状に甘んじなければならない事情があるのであろう。

ネット架流下式塩田

             写真1 ネット架流下式塩田

 得られたかん水は写真2に示すガラス張り温室内の結晶箱に移される。かん水濃度が26%程度になると塩が析出し始める。それまでに析出してくる結晶は硫酸カルシウムで、これを分離しないために適宜撹拌して塩の結晶内に取り込む。硫酸カルシウムは塩の析出とも並行して析出し続ける。したがって、その時に析出してくる分は自然に取り込まれる。

天日塩製造用結晶箱

             写真2 温室内で塩を結晶させる結晶箱

 安定した品質の塩を収穫するには結晶形状、成分に注意しなければならないが、ボーメ比重計によるかん水の濃度管理が重要となる。

結晶箱に移す時と塩を収穫する時が重要で、特に収穫するあたりの母液の組成は急速に変化するので濃度管理が重要となり、製品の品質に影響してくる。

せんごう製塩

平釜はジャケット式、スケール防止で独自技術開発

 流下式塩田で得られたかん水をせんごう(煮詰)して塩を得るには先ず濃縮漕で濃縮する。長方形の濃縮槽内には蒸気加熱用の蛇管が設置されている。濃縮中に硫酸カルシウムが析出してくる。前述の天日製塩と同じである。しかし、ここで重要なことは、硫酸カルシウムの溶解度は高温になると小さくなることだ。このため加熱用蛇管の周囲に硫酸カルシウムが析出してくる。析出してきた物をスケールという。スケールの熱伝導率は小さい。つまり熱を伝えにくい。したがって、スケールが付くと、熱伝達が著しく悪くなるので、できるだけスケールを付けないようにすることが重要となる。付いたスケールは機械的に落とすしか手段がない。

 濃縮されたかん水は写真3に示す釜に移されてせんごうされる。この間に塩化ナトリウムと硫酸カルシウムが析出する。安定した品質の塩を得るためには天日製塩で述べたように濃度管理が重要となる。特に高温で急速に濃縮が進んでいるせんごう工程では母液の組成変化が大きいのできめ細かく濃度に注意を要する。せんごうの最終段階の判断で塩の品質が変わり、味にも影響してくるという。長年の試験研究でそのあたりの技術を習得しているようだ。

平釜から塩の取り出し

          写真3 煮詰め釜から塩を収穫

この釜は平釜と呼ばれているが実際には大量に料理できる大きな鍋で、ジャケットにより蒸気で加熱されるようになっている。塩を収穫する時には写真のように回転させて塩を掻き出す。ジャケットの部分には濃縮槽の蛇管のように伝熱面にスケールが付着しているはずであるが、見た限り付いていない。これはせんごう技術の高さを表している。加熱面にスケールを付けないようにせんごうしている。専売の研究陣が開発した苦汁注加法を応用しているのではないかと思われるが、独自に技術開発した方法でスケールの付着を防止している。

 取り出した塩の処理法も塩の品質を安定させるために独自のノウハウを持っているようだ。底部排出型の遠心脱水機でにがりを除く場合でも、ある程度のにがりを残すように脱水している。

例えば、製品の一つである「海の精あらしお」100g当りの組成は表1に示す元素の通りで包装袋に記載されている。それを化合物に換算して併記した(マグネシウムはすべてMgCl2:塩化マグネシウムと仮定。実際にはMgSO4:硫酸マグネシウムも含まれている)が、それらの合計は約91gとなる。100gとの差は水分である。その水分の中ににがり成分である元素が含まれている。

表1 海の精 あらしおの組成
元素 100 g当り
ナトリウム g 34
マグネシウム mg 700
カルシウム mg 400
カリウム mg 240
化合物
NaCl g 86.36
MgCl2 g 2.74
CaSO4 g 1.36
KCl g 0.46
合計 g 90.92

焼き塩の製造方法

塩が600℃以上となるよう高温で一昼夜焼成

 幾多の塩製品を製造しているが、その中で焼き塩の製造を紹介しよう。塩に付着しているにがりの主成分である塩化マグネシウムは吸湿性が強く、大気中の水分を吸湿して塩の流動性をなくするので、昔の人は生活の知恵で塩を焼いていつまでもサラサラした塩になるようにした。

海の精ではあらしおを陶器製容器に詰めて塩が600℃以上になるよう窯で一昼夜焼く。この操作により塩化マグネシウムは酸化マグネシウムに変化し、吸湿性がなくなる。塩化マグネシウムの塩素部分は塩酸(塩化水素)の蒸気となって環境を損傷するので、それを防ぐ対策が取られていた。

 多くの焼き塩製品が販売されており、焼く温度や時間もまちまちであるが海の精の焼き塩は完全に焼き塩となっており品質の高さがうかがわれる。

 取材を終えて、海の精は人にやさしい会社であることと、素人で始めた海水からの製塩を長年苦労しながら試験研究し、高い技術の製塩法を確立していると感じた。