戻る

たばこ塩産業 塩事業版  2014.12.25

塩・話・解・題 117 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

欧米で広がるハロセラピー

塩による慢性閉塞性肺疾患(COPD)治療

 

 NHKのテレビ番組『クローズアップ現代』で「忍び寄る病~COPDの脅威~」が放送された(2014.11.26)。前に乾燥塩エアロゾルを使ったハロセラピーによる呼吸器疾患の治療について紹介した。日本では普及していないが、インターネットによると欧米では多くの治療サイトがある。ハロセラピーによるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の治療について紹介する。

 

微粒子が肺胞を破壊

COPD 全世界で死因第3位に

元々は慢性気管支炎と肺気腫の二つの別々の疾患であったが、同じ呼吸器の疾患で併発することが多いので、2001年にCOPD(慢性閉塞性肺疾患)という一つの呼び名になった。2012年のWHOの発表では世界で第三位の死因になっている。放送によると潜在患者は530万人いると言われ、その内22万人しか治療を受けておらず、多くの人々が病気に気付いていないか、正しく診断されていないそうだ。

たばこの煙の中にある1000分の1ミリ(1µm)にも満たない有害な微粒子が原因の一つとされている。中国で問題となっている大気汚染物質のpm2.5(粒子径が概ね2.5μm以下のもの)も原因物質。微粒子が気管に入ると炎症を起こし、空気が通る気道が狭くなり空気が通りにくくなる。気管支の先にある酸素と炭酸ガスのガス交換を行う肺胞に入ると、肺胞が破壊され、ガス交換ができなくなる。破壊された肺胞は元には戻らない。そのために強い息切れや呼吸困難に至り、咳や痰が出る。発症までに時間がかかり、20年以上の喫煙歴のある人で発症する危険率が高く、60歳以上になると最も一般的な疾患になると言われている。

 大きな呼吸器系疾患に喘息がある。前述したようにCOPDは肺胞の細胞が破壊され回復不能となり喫煙歴に伴う高齢者の発症が大きな特徴だが、喘息は回復可能で年齢を問わないで起こるといったCOPDとの違いがある。

 

岩塩鉱内の環境再現

ハロセラピー 塩粒子が症状を緩和

 もともと岩塩鉱内の微気象が呼吸器系疾患の治療に効果があると言う経験から、人工的に鉱内の微気象条件を再現させる技術開発が行われ、ハロセラピーとして地上の施設内で疾患を治療できるようになった。ハロセラピーの開発経緯や普及の現状については後で述べる。

 ハロセラピーが行われる環境は下記の通りである。

1)     乾燥塩エアロゾル濃度が0.5 – 10 mg/m3で、97%以上が粒径1 – 5 µmの塩の微粒子。

2)     細菌数が少なくアレルギー源のない空気環境で、操作条件によって塩エアロゾル粒子の濃度を0.4×105 – 4.6×107 個/ℓにできる。

3)     空気をイオン化する。ハロゲン発生器で塩粒子を粉砕すると、強力な機械的作用により塩粒子は負電荷を帯び、高い表面エネルギーを得る。空気分子との相互作用で空気が塩でイオン化される。

4)     最適な微気象因子が安定している。治療する時の空気の環境は安定した湿度(40 – 60)と一定の温度(18 – 24)でなければならず、その条件は呼吸系に最も有益で快適である。

空気中に分散している塩粒子は呼吸で肺の奥の気道部分にまで入り、エアロゾルを効果的に作用させる。極微量の投与で多様な治療効果を示す。

 ハロセラピーの適応症としては次のような症状が軽減されと言われている。慢性気管支炎、息切れ、急性肺炎、気管支拡張症、夜間や運動後の咳、ぜいぜい音、喫煙による咳、粘着性の痰を伴う咳、粘液の詰り、粘膜浮腫、風邪とインフルエンザ、副鼻腔炎、鼻腔症、鼻炎と呼吸性アレルギー、工場汚染や屋内汚染によるアレルギー、扁桃腺炎、咽頭炎、湿疹、乾癬、等など様々な疾患があげられている。

治療のメカニズムは、乾燥塩エアロゾル中の塩の微粒子が吸引されて気道内の粘膜に付着し、粘液の流動性が良くなり、粘膜細胞の清掃機能が正常化されることによるとされている。唾液の粘度は低下し、唾液は吐き出し易くなる。呼吸管から痰の排出が改善され、咳が軽くなり、聴診器で呼吸音を聞くと肺の状態が良好になっていることが分かる。

 また塩エアロゾルは呼吸管の微生物相に殺菌や静菌効果を及ぼし、肺胞のマクロファージ(細菌、ウィルスを捕食する大食細胞)の食作用を刺激し、その活力の増加や捕食環境の整備を促進させる。ほとんどの患者の上皮細菌叢(各種微生物の集合体)はハロセラピー治療後に正常化され、慢性肺疾患患者の免疫に影響を及ぼす。喘息患者では治療後に症状が緩和される。

乾燥塩エアロゾルは負に帯電しており、気道の内部表面は正に帯電しているので、負に帯電した粒子は中性粒子と比較してより強力に付着する。さらに、負電荷はエアロゾルの安定性を増加させる。

 

「さらに研究が必要」

最新の論文 試験法の問題点を指摘

 前述のようにハロセラピーは呼吸器系疾患の治療に非常に有効な治療法のように思われる。しかし、ハロセラピーを用いたCOPDの治療についてはその効果を否定するレビュー論文(国際COPD雑誌 2014;9:239 )最近発表された。それよると取り上げた論文の信頼性が低く、COPDの治療法としてハロセラピーを推薦できない。この治療法の有効性を決定する品質の高い研究を行う必要性があるということであった。

 しかし、ハロセラピーによるCOPDの治療は欧米で広がっており、インターネットで検索すると多くのサイトがヒットする。この論文が発表された経緯を知るとCOPDを取り巻く状態が理解でき、苦しんでいる人々の症状軽減を塩で出来そうである。

 論文発表には次のような背景があった。COPDは慢性的に進行していく疾患で、患者の肺機能を最適にする吸入治療により患者の症状、特に呼吸の困難性を緩和する。ハロセラピーは塩の洞窟(岩塩鉱)環境に似せた室内で乾燥して微粒子化された塩を吸入させる。最近のメディアの報告では、この治療がCOPDの治療に役立つかもしれないことを示唆している。そこでCOPDの治療としてハロセラピーの使用についての事実を評価し、要約することを目的とした。

 ハロセラピーの効果を研究するにあたっての背景をより具体的に次のように記している。

洞窟治療法やハロセラピーは広く社会で勧められており、COPDの人々については良く研究された治療法としてしばしば述べられている。東ヨーロッパでは、自然の塩洞窟が肺疾患の症状軽減に役立てるために使われてきた。この治療法は洞窟治療法として知られており、そこでは自然の塩洞窟気象が病状の治療に使われている。洞窟内の独特な微気象特性は安定した気温、中程度から高い湿度、微細なエアロゾル成分(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム)が存在するとともに、同時に大気汚染物質がない。ハロセラピーはこの条件を人工的に作り出し、洞窟治療法の地上代替施設として使われている。ハロセラピーは塩の部屋という管理された環境の中で微細な塩粒子を吸入する治療法である。この部屋は塩洞窟の自然の微気象を再現するように設計されている。

ハロセラピー治療は喘息、嚢胞性繊維症、COPDのような呼吸状態の緩和と同時に湿疹や皮膚炎のような皮膚状態を軽減させることにも関係している。気管支拡張症患者による最近の研究はハロセラピーにはあまり効果がないことを明らかにした。その結果にもかかわらず、呼吸器や他の疾患状態を治療する目的でオーストラリア、アメリカ合衆国、ヨーロッパ、カナダで多くの商業的なハロセラピーの治療センターが増えているように思われる。

 テレビによる民間放送、国営放送でもハロセラピーがCOPDの症状を緩和させることを含めていろいろな呼吸器疾患に役立つだろうと示唆している。これらの放送の背景にある主張は、乾燥塩エアロゾルを吸入する治療は気管からの分泌物の液化を促し、次には気管粘膜分泌物の喀痰を楽にすることによってCOPD患者を助けることである。代替えの補助的な治療法としてハロセラピーの利用を市場で増加させることで、補助的な治療として事実を評価するためにCOPDにこの治療法を適用した論文のレビューをする時期である。

レビューに使用したデータベースと関係した参考文献リストから選び出した151件の論文の中では、わずかに1件のランダム化されたコントロールのある試験だけが採用基準を満たしていた。発表されている研究の数が限られているので、メタアナリシス(複数のランダム化比較試験の結果を併せてより高い見地から分析する統計解析)はできなかった。多くの論文がありながら、信頼のおける品質の高い論文はほとんどなかったことから、結論としてCOPDの症状緩和にハロセラピーを勧められる状態ではなく、さらなる信頼性の高い研究を行う必要があるとしている。

ハロセラピーは長い間の経験に基づいた治療効果から普及してきた呼吸器系疾患の治療法であり、民間療法的な意味での効果は確認されている。

しかし、COPDについてその効果を科学的根拠に基づいて判定する研究では試験方法に問題があり、COPDの治療にハロセラピーを勧められるほどではないようだ。これは喘息の治療についても効果をレビューした論文がないので同じように言えるのかもしれない。今後の確認研究が望まれる。