たばこ塩産業 塩事業版 2014.10.27
塩・話・解・題 115
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
もっと知りたい、塩の奥深さ
高校から著者に講演依頼
本紙先月号の話題欄記事に「女子高生が塩を解説」が掲載された。記事に書かれているとおり、文化祭での展示発表に際し、担任の先生から「テーマに塩を取り上げたい。ついては内容を検討するために、塩の歴史、製造、用途、性質、人体への必要性に関する講演を」と依頼された。今月号では、その講演内容を紹介する。
きっかけは『塩の事典』
文化祭での発表に向けて
横浜駅から近い所にある神奈川学園中学校・高等学校は創立100周年を迎える中・高一貫教育の女子高だ。1学年Eクラスまであるようで、その文化祭は各学年が知恵をしぼって内容を決めるため、多彩な内容となる。例えば、演武、演劇、演奏、コーラス、展示、実験、体験といった具合だ。
そんな中で、高校1年C組がテーマに塩を選んで展示発表しようとした理由は図書室にあった拙著「塩の事典」を読んでのことだと言う。身近な塩について知らないことが多いことに気付いたのが動機のようだ。著者としては非常に光栄なことである。
生徒はクラブ活動後に集まり、パワーポイント90枚近いスライドを用意した2時間弱の講義した内容をまとめたようだ。講演の最後に、関心のある話題について理解できなかったことやもっと知りたいことがあれば、ホームページ「橋本壽夫の塩の世界」で勉強するように言っておいたところ、2,3日後にホームページへのアクセスは600件ほど増えていた。閲覧ページは「塩の性質と作用」、「塩と人:生命維持のメカニズム」であったと思われる。
同校のホームページによると9月20日(土)、21日(日)の両日で来場者数6,880人であった。多数の掲載写真がある中には残念ながら塩の展示写真はない。
☐ 歴史・用途・生理作用など 講演内容の要旨 ☐
「サラリー」の語源に
人類の歴史上、塩は様々な場面で大きな影響を及ぼしてきたことをエピソード風に紹介した。
塩は貴重な物資で、古代ローマでは兵士の給与として塩が使われ、これがサラリーの語源となり、奴隷売買では塩で行われ、「塩ほどの値打もない」とは買った奴隷を評価する言葉であった。塩が物々交換の基準物資であった中国では紙幣の誕生につながった。
食生活で塩の大きな役割は食物を保存することであった。大量に塩が利用され始めた事例は北海の塩蔵ニシン。使用する塩を生産するヨーロッパ諸国間では、塩の品質向上に向けた技術競争があった。
塩交易のために塩の道ができ、大量に輸送するため運河が開設され、鉄道が敷かれた。塩を生産するところでは塩を意味するウイッチ、ハル、ハレ、ザルツといった言葉が付く都市が発達した。
塩は歳入増加の手段としての徴税物資で、フランスの塩税「ガベル」はフランス革命の一因となり、ガンジーがインドで行った塩の行進は、塩税を課していたイギリスからインドが独立する運動遂行の一因となった。
塩の供給を絶つことは戦争で勝敗を決する手段の一つで、アメリカの独立戦争ではイギリスが、南北戦争では北軍がこの手段を採った。
日本では海水から製塩
塩濃度の薄い海水しか塩資源がない日本では、海水からの製塩には二つの工程が必要であった。海水を濃縮して濃い塩水(かん水と称する)を作る採かん工程とかん水を煮詰めて塩の結晶を取り出すせんごう工程だ。
採かん工程には塩田を用いて太陽エネルギーを利用する方法がある。歴史的には塩田の位置が海水面より上にあるため、人力で海水を塩田まで汲み上げる揚浜式塩田から始まった。
次に堤防を築き、海水面より下に塩田を構築して海水の汲み上げ労力を省く入浜式塩田が開発された。この段階では塩田表面に砂を撒いて海水の蒸発を促進させ、析出した塩が付着した砂を集めて海水で塩を溶かし出す作業が必要であった。重い砂を集め、再び散布する重労働を省略した流下式塩田が開発され、さらに枝条架を付設することにより、大気の相対湿度を利用できるので温度が低い冬場や夜間でも乾燥した風によって大きな蒸発量が得られ、採かん能力は飛躍的に向上した。
さらに水を蒸発させて除くのではなく、イオン交換膜により塩の成分だけを電気的に篩い分けて集めるかん水(少ないスケール成分で後のせんごう工程の効率向上に寄与した)製造法が開発された。これにより天候に関係なくかん水を計画的に生産できるようになり、必要な面積も塩田に比べて極端に少なくて済む現在の採かん工程が確立された。
一方、せんごう工程発達の歴史をたどると、木材を焚いて開放の平釜でかん水を濃縮し、採塩することから始まり、平釜を覆って蒸発した蒸気の熱を利用する蒸気利用式製塩装置が開発された。さらに海外で開発された真空式蒸発法の技術が導入され、蒸発缶の材質と形状が改善され、現在では数か月間の連続運転ができるようになった。
気象条件が製塩に適した国々では大規模な天日塩田製塩が行われている。オーストラリアやメキシコで、海水を取り入れてから2年間くらいをかけて塩を結晶させ、年中収穫できるように操業している。岩塩鉱床という塩資源のある国々では石炭の採鉱と同様に乾式で採鉱するか、水を鉱床に注入して塩を溶かし出す湿式で採鉱している。後者の場合、得られたかん水を真空式蒸発缶または加圧式蒸発缶で煮詰めて塩を採取している。
1万4千もの用途が
真先に頭に浮かぶ塩の用途は食用だ。家庭では味付け、調理用に使われる。食品工業では醤油・味噌・漬物の製造、水産・畜肉・酪農・製麺・製パン・製菓における加工食品の製造、ソース・マヨネーズ・ドレッシングなどの調味料製造などと用途は広い。
最も大量に塩を使う用途はソーダ工業で、塩から塩素、カ性ソーダ、炭酸ソーダなどを作る。それらはガラス、塩化ビニルなどの合成樹脂、数多くの化学薬品などの原料となる。ソーダ工業用に対して一般工業用の用途があり、染料・顔料・合成ゴム・石けん・化学薬品などの製造や皮なめし、イオン交換樹脂の再生などにも使われる。
冬期に交通網の確保のために使われる融氷雪用の塩消費量は、世界では3番目に多い。しかし、日本ではまだそれほど多くない。物流の確保、交通事故の防止に重要な役目を果たす。その他、生理食塩水などの医薬用や家畜の飼料として用途も重要だ。
このように塩には多くの用途があり、その数は14,000件とも言われている。
性質が用途を決める
塩の性質に基づいて塩の用途は決まる。塩辛い塩の味は塩にしかない。塩味の代替物はなく、塩は必須な栄養素で生理的にいろいろな役割を果たすので自ずと塩欲求が起こる。塩味を示す性質は食用で多くの用途を生み出している。
塩は少ない量で高い浸透圧を示す。浸透圧により植物や動物の体内から水分が引き出される。この性質を利用して漬物製造に使われる。この性質により有害微生物は脱水されて繁殖できず死滅するので、肉・魚の塩蔵に使われる。古くから塩は保存剤として食品の保存に使われてきた。
微生物が増殖に利用できる水分を表す指標に水分活性がある。塩の飽和溶液の水分活性値は0.75で、塩がない状態では1となる。塩濃度によって1から0.75までの数値を示し、数値が小さくなるほど微生物は繁殖しにくくなる。ところが数値の小さい領域でしか繁殖できない微生物がいる。好塩菌がそれだ。高度好塩菌は高い塩濃度でも繁殖する。好塩菌を使って塩のある状態で発酵させて作る食品に味噌・醤油などがある。
塩の氷点降下は飽和溶液で-21.3℃。この性質を利用して氷や雪を解かす。逆に塩水で氷を製造し、遠洋漁業で獲れた魚を凍結させる。塩は水の中では100%電離して、ナトリウム・イオンと塩化物イオンになる。この性質は塩析剤・クリーミング剤として石けん・合成ゴムの製造に利用される。また、魚肉練り製品の結着性を増し、麺・パン菓子製品のグルテン形成に寄与する。
塩の見かけ比重は結晶の形状、大きさで変わる。見た目には同じ量でも重さには倍半分の違いがある。塩製品によって一つまみの塩とか、塩少々と言っても重さは大きく変わる。コショウやゴマと混ぜる場合には見かけ比重を合わせなければ混ざらない。
塩の結晶形は通常サイコロ状の立方体であるが、作り方によっては14面体や8面体、さらには球状にもなる。また、トレミーというピラミッド形にもなる。
塩の色は無色透明であるが、通常では光の乱反射により白く見える。しかし、不純物の影響などで赤、青、緑などに着色することもある。講義ではそれらの色をした岩塩といろいろな結晶形の塩を回覧して、大変興味を持たれた。
生命維持には不可欠
様々な塩の生理作用により、塩は生命維持に必須な栄養素となる。生命は海の中で誕生した。一つの細胞である受精卵は羊水の中で育ち、分裂を繰り返して60兆個の細胞になって人体を形成している。羊水の化学組成は海水の組成に似ていると言われている。細胞は、海水組成を反映している細胞外液で覆われ海水に浮かんでいるともいえる。
細胞外液の主要陽イオンはナトリウムで、腎臓でその濃度を一定に調整することにより浸透圧は一定となり、細胞機能が正常に維持される。細胞外液のpHはアルカリ側の7.4±0.05という狭い範囲内が正常で、それより外れると病態となる。pHを維持する機能はホメオスタシスと言われ、塩の成分がその役割を果たしている。
食物を消化するには塩酸を主成分とする胃液をはじめいくつかの消化液が必要だ。それらの消化液には塩の成分が関与している。消化されるとデンプンはブドウ糖に、タンパク質はアミノ酸に分解される。それらの吸収にはナトリウムと結びつくことが必要。神経の刺激は微小な電流となって伝達される。刺激によってナトリウム・イオンが神経細胞内に入り、活性電位が生じて電流が流れるからだ。
最近、熱中症防止に塩を摂ることが話題となってきた。体温を逃がす発汗で塩が失われ、熱中症や低ナトリウム血症になることを予防するためだ。
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以上、塩について話題を提供する程度に講義内容を簡単に述べた。話しきれない話題も多く次回の発表を期待したい。
揚げ浜式塩田作業用の製塩用具