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たばこ塩産業 塩事業版  2014.7.25

塩・話・解・題 112 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫


塩に関する海外マスメディアの報道 8.塩摂取量 現状が適正? 


減塩推進政策否定する論文発表


 


 2014422日付けのインターナショナル・ニューヨーク・タイムズにニコラス・バカラーは記事「病気と塩を関係付ける研究は研究者達に疑問を抱かせる」と題した記事で減塩推進を巡る論争を紹介し、最後にコペンハーゲン大学病院内科シニア・コンサルタントのグラウダル博士らが過去の研究結果を解析した結果として、現状の塩摂取量が適正だとする意外な内容の研究論文が最近発表されたことを紹介している。


死亡率低下と減塩 

結び付けるのは無意味

 記事の中でバカラーは減塩推進を批判し、推進論者と反対論者の意見を取り上げて対立点を紹介している。

◇        ◇        ◇

ロンドン医科歯科大学のヒー博士ら(減塩を強力に勧めている学者グループ)は、2003年から2011年までイギリスで約8000人の無作為試料による4件の調査から収集されたデータに基づいて、その期間中に脳卒中による死亡が42%、心疾患による死亡が40 %低下したことをイギリス医学誌(BMJ Open)に発表した。様々ある効果を示した要因の中で、この低下をもたらしたのは減塩で、調理食品中の塩含有量に制限を設けたイギリス食品標準局の要求に従ってきたことで、血圧が低下してきたからであるとした。

 この結果を受けてニューヨーク市の前保健局長官のファーレイ博士はニューヨーク・タイムズに「全ての食品の塩含有量が低下すると、それにより心疾患や脳卒中で死ぬ人々も低下する」と書いた。しかし、医学研究所(IOM)の報告書では、すべての人が食事ガイドラインに示されている1日当たり5.8 g以下の塩摂取量を目指す科学的理由はないことを述べているし、2011年に発表された研究は、減塩食が心臓発作や脳卒中で死ぬ危険性を増加させ、高血圧の予防には効果がない可能性があることを明らかにした。

 ヒー博士らの論文に対しては何人かの専門家が疑問を呈している。「心臓血管疾患に関する死亡率は集団で低下してきたかもしれないが、塩摂取量の低下がその理由であることを研究は証明していない」と他の研究者達は言っている。

 グラウダル博士は、死亡率低下と減塩による血圧低下の二つの現象を結びつけることは無意味であり、「彼等の論文は二つの独立した現象を述べており、それらの現象が何らかの形で結びついていることは完全にあり得ない」と言った。

ヒー博士らも自分達の研究が設計や実施で大きな欠陥を持っていることをよく認識していた。第一に、それは観察研究で、原因と効果を発揮する要因を決めるために設計された無作為試験 (筆者注:因果関係の信頼性に係わる事項) ではなかった。また、4件の調査は異なった集団で行われたもので、血圧や他の心臓血管疾患の危険率が評価された同じ集団では、塩摂取量は測定されていなかった。さらに、研究者達は心臓血管の健康にも影響を及ぼしてきたかもしれない運動のような重要な要因の影響を除外できなかった。

6.7 – 12.6 g/日が最適

 疾患管理予防センターは、1日当たり5.8 gの最高塩摂取量と、特に塩の血圧上昇に敏感な人々については3.8 g以下を推奨している。血圧上昇に敏感な人々はアフリカ系アメリカ人、51歳以上の人々、子供や高血圧の人、糖尿病または腎臓疾患の患者である。

 しかし、いくつかの大規模な研究は、これらの制限値が一般的に健康を改善するという確たる証拠はほとんどないことを示し、極端に低い塩摂取量は有害であるかもしれないことも示している。

米国医師会雑誌(JAMA)に発表された2011年の研究は将来に向けて心臓血管疾患のない3,681人を観察し、平均してほぼ8年間にわたって尿中の塩排泄量(塩摂取量に等しい)と血圧変化を追跡した。低い塩排泄量は低い収縮期血圧と関係している一方で、塩排泄量と高血圧または心臓血管疾患の高い危険率と間には相関関係はなかったことを著者らは明らかにした。

 2013年の医学研究所の報告書は、1日当たり5.8 gの制限値は全集団の心疾患または脳卒中の危険率を上げるか、下げるかのいずれかであるという証拠は不十分であることを示した。米国疾病管理予防センター(CDC)はその結論に公式には同意しなかった。

 ごく最近、これまで発表されてきた研究論文を再検討したグラウダル博士と彼の同僚は、最も好ましい健康結果と関係している塩摂取量の範囲を明らかにした。それは6.7 – 12.6  g/日で、アメリカ人に公式に勧められている値5.8 g/日よりもずっと高かった。

 以上が記事の概要である。

血圧ではなく死亡率を調査 

低い摂取量では増加

 記事の内容を補足する。2014426日発行のアメリカ高血圧学会誌(American Journal of Hypertension)にグラウダルらが発表した論文の結果から導き出された結論は驚くべき内容であった。つまり現状の塩摂取量が最適であるとしたからだ。

どのような解析からそのような結論が導き出されたかを述べよう。通常、塩摂取量と血圧の変化が議論されるが、この論文では血圧の変化を調べるのではなく、塩摂取量と全ての死因や心臓血管疾患の罹患率/死亡率との関係を調べた。

これまでに塩摂取量と疾患の関係について数多くの論文が発表されてきた。それらの中から23件のコホート研究(注1)2件の無作為化比較試験(注2)の追跡調査からのデータ(被験者:274,683)をメタアナリシス(注3)した結果が示したことは、すべての死因による死亡率と心臓血管疾患発症の危険率は通常の塩摂取量と低い塩摂取量との対比で低下しており(逆に言えば低い塩摂取量で増加している)、高い塩摂取量と通常の塩摂取量との対比で増加したことであった。多くの混乱因子について調整した集団の代表的な試料では、すべての死因による死亡率についての危険率は通常の塩摂取量に対する低い塩摂取量では一貫して低下したが(低い塩摂取量で死亡率が高い)、高い塩摂取量に対する通常の塩摂取量では増加しなかった。

 以上のことから低い塩摂取量と高い塩摂取量の両方とも死亡率が増加し、塩摂取量と健康に関する結果との間にあるU字型関係と一致したと結論を下した。疾患の最終的な結果である死亡から考えると、現状の塩摂取量が最適であるというわけだ。

ガイドラインの制限値

悪影響を及ぼす可能性も

 上記記事が掲載されたほぼ1年前、ニューヨーク・タイムズ2013514日付けの意見のページに編集委員会は「減塩についての疑い」という論説を掲載した。その内容を紹介しよう。

          ◇         ◇

かつて心臓発作や脳卒中を減らすために減塩するように警告が出されたが、減塩が実際に健康とって良いという事実はほとんどないことを知って困惑している。個別の患者に必ずしも適用する必要のない幅広い塩摂取量のガイドラインは、心臓血管疾患や脳卒中の危険率の代わりと認識されている高血圧を減塩が下げることを示した研究に基づいていた。しかし、近年になって、多くの研究が血圧値ではなく、問題となる結果を伴う実際の健康状態(死亡率)に焦点を置くようになってきた。

医学研究所による研究で、健康結果のデータは老人とか高血圧症などを罹っている危険性のあるグループに3.8 g/日まで減塩させることを支持しておらず、かえって悪い結果をもたらすかもしれないし、すべての人々に5.8 g/日以下の減塩生活を続けさせることは、疾患の危険率を減らすだろうと言う事実はあまりないことが示された。編集委員会は、アメリカ人の平均塩摂取量である8.6 g/日が必ず危険であるとは結論付けなかった。その代わり、社会を惑わせている問題を解明するためにもっと強力な研究を呼び掛けた。

   ◇           ◇           ◇

 減塩政策を否定する論文が発表されたことで、今後、ますます減塩政策を巡って激しい論争が行われるものと思われる。

注1 コホート研究(cohort study)

 例えば、通常の塩摂取量で生活している集団と減塩している集団を一定期間追跡して血圧が下がるとか、高血圧発症率が低いとか、と言ったことを比較することで減塩効果との関連を調べる観察的な研究。

注2 無作為化比較試験(RCT: Randomized Controlled Trial)

  例えば、偏りがなく減塩の効果を客観的に評価するには、被験者を無作為(ランダム)に割り付けて効果を比較する(control)試験方法。無作為に割り付けることにより対象者や健康条件を選択する時に生じる偏りや交絡因子による偏りを避けられることなどから最も優れた研究方法とされ、因果関係を証明することができるように設計される唯一の試験方法。

注3 メタアナリシス(meta-analysis)

例えば、減塩効果に関する複数の無作為比較試験の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のこと。メタアナリシスはエビデンス(根拠)に基づいた保健政策を策定する上で、最も質の高い手法とされる。