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たばこ塩産業 塩事業版  2013.9.27

塩・話・解・題 102 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

食品中のナトリウムと健康

 

 1991年、ワシントンDCに社会教育機関として国際食品情報会議(IFIC)財団が設立された。信頼性のある科学的事実に基づいて公益のために保健、栄養、食品の安全性に関する情報を発信している。その手段のウェッブサイトに「フード・インサイト」があり、その中から「食品中のナトリウムと健康」と題したレビュー論文の中からいくつか紹介しよう。

 

塩とナトリウムの関係

 塩の過剰摂取量が問題となっているが、記事の表題は食品中の塩ではなくナトリウムとなっている。塩(NaCl:塩化ナトリウム)の中の約40%がナトリウムであることから、塩とナトリウムとの関係は、ナトリウム量の2.5倍がほぼ塩の量となる。通常、論文で塩の摂取量を取り扱う時には塩ではなくナトリウム摂取量で議論し、考察する。食品中には塩のナトリウムだけでなく、他の化合物のナトリウム(例えば、グルタミン酸ソーダ、重曹、各種食品添加物)があるからだ。食品の成分表示はナトリウムで表示され、分かり易く塩に換算して表示されることがある。とはいえナトリウムのほとんどは塩からの物なので、塩摂取量が問題視される。

 このレビュー論文でもナトリウムについて書かれている。ナトリウムは生命と良好な健康維持に不可欠で、食品から補給されなければならず、他のミネラルと比較して大量に必要とされるが、通常、身体が必要とする適正な量以上を摂取している。高ナトリウム摂取が心疾患、脳卒中、腎臓疾患の主要な危険因子である高血圧と関係していることを示唆している研究がある。しかし、この関係はカリウム、マグネシウム、カルシウムを含む他の主要ミネラルとの同時摂取によって影響されるが、ナトリウム摂取量を抑えること(減塩)が他の健康状態を管理する上で重要であると信じられている。

 ナトリウム摂取量と健康を維持する上でのナトリウムの役割がレビューされており、疾患の発症と管理に関するナトリウム摂取量の影響についての現在の知識も要約されている。

 2300 mg/日を勧告

 健康を維持する上でナトリウムの重要な役割を述べている中で、2004年にアメリカの医学研究所が表1に示すナトリウム摂取量の参考値を発表した。健康な人のナトリウム必要量を満たす適正量は正常血圧者の1950歳で1日当たり1500 mg(塩で3.75 g)である。これはアメリカ人の平均推定摂取量である3200 mg(8 g)の半分より少ない。初老の人や老人ではエネルギー摂取量も低くなるので、必要なナトリウム量も少なくなる。よく運動する人や高温で多くの汗をかく人は推奨されている適正な量よりも多くを必要とする。

表1には許容上限値として知られている1日当たりの最高ナトリウム摂取量も示している。50歳までの健康な人についての上限値は1日当たり2300 mg (5.75 g)である。2005年の食事ガイドライン勧告委員会の報告は、この上限値に合わせた1日当たりのナトリウム摂取量を勧告している。食事ガイドラインによると、成人の一般的な目標は1日当たりのナトリウム量を2300 mg以下に下げることである。老人、アフリカ系アメリカ人、高血圧、糖尿病、腎疾患のような慢性疾患を持つ人は、摂取量をさらに下げるように勧告されている。

表1 ナトリウム摂取量の参考値 ( )内は塩のg 数
年齢 適正な摂取量 mg/d (g/d) 許容上限摂取量 mg/d (g/d)
0 - 6 ヶ月 120 (0.30) -
7 - 12 ヶ月 370 (0.93) -
1 - 3 歳 1000 (2.50) 1500 (3.75)
4 - 8 歳 1200 (3.00) 1900 (4.75)
9 - 13 歳 1500 (3.75) 2200 (5.50)
14 - 18 歳 1500 (3.75) 2300 (5.75)
19 - 30 歳 1500 (3.75) 2300 (5.75)
31 - 50 歳 1500 (3.75) 2300 (5.75)
50 - 70 歳 1300 (3.25) 2300 (5.75)
> 70 歳 1200 (3.00) 2300 (5.75)
注:原報では男、女、妊婦、授乳婦と区分されていたが、数値が同じであるので省略した。

 各「推奨値」はほぼ一致

 人の正常な成長と発達に必要なナトリウム摂取量は年齢によって異なるが、限られた研究しかない。塩欠乏症の幼い子供では成長不良が観察され、人生の始めには十分なナトリウムの必要性を示唆している。月満ちて正常に生まれた幼児の成長に及ぼすナトリウム摂取量の影響を評価した研究はない。未熟児では、正常な生育にナトリウムは必要であるように思える。組織の増殖に伴う血液や体液を正常に増加させるために、ナトリウム摂取量は適正な量としなければならない。

 幼児に対するナトリウム要求量は母乳やさまざまな年齢の幼児が摂取する補充食品の平均ナトリウム濃度に基づいて推定される。子供や青年については、他の必須栄養素についての必要量に合わせてナトリウムの勧告値を設定している。妊娠中や授乳中でも、通常の婦人のナトリウム要求量と異なることを示唆している事実はない。

 他の機関では、アメリカ食品医薬品局が1994年に食品表示で参考値として使うために2400 mgというナトリウムの一日摂取量を設定した。アメリカ国民高血圧教育計画は正常血圧者の高血圧予防策として、さらには高血圧者の補助的治療策として1日当たり2300 mg以下のナトリウム摂取量を推奨値として設定した。アメリカ心臓協会は、健康なアメリカ人のナトリウム摂取量が1日当たり2400 mg以上にならないように推奨している。栄養に関するイギリス科学勧告委員会も1日当たり2400 mgの上限ナトリウム摂取量を2003年に設定した。

 ナトリウム摂取の推奨値は保健機関と専門家機関との間でかなりよく一致している。しかし、いくつかのガイドラインも高血圧の予防と管理、他の健康条件のためにナトリウム摂取量を下げることに加えて他の食事や生活様式の改善を強く勧告している。

実際の摂取量は―

 ナトリウムの必要摂取量は高血圧の予防や管理の観点から低く設定されているが、実際にはどれくらい摂取しているのかについては国民栄養試験調査(我が国の国民健康・栄養調査に当たる)で推定されている。

その第三回目の調査結果(データは自己申告による)では、31歳から50歳までの成人男女の推定ナトリウム摂取量の中央値はそれぞれ1日当たり4300 mg2900 mgであった。成人男子の約95%と成人女子の約75%が許容上限値である1日当たり2300 mgを超えており、適切な摂取量を1日当たり1500 mg と考えると、全員が超えている。

このデータには食卓で自由に加えられる塩が含まれていないので、調査結果のデータは全ナトリウム摂取量を過少に見積もっていると思われる。

 アメリカ人が摂取する全ナトリウム量の約77パーセントは加工中に食品に加えられ(加工食品中のナトリウム)、6%は食べる時に食卓で加えられ、5%は調理中に加えられ、1%以下が飲料水から摂取していると推定されてきた。塩摂取量全体の約12%だけが自然入っている物で、例えば、牛乳、肉、家禽、魚介類、野菜、ミネラルウォーター、飲料水からである。

 減塩の効果は「不明」

 “塩仮説”は食事中の高い塩含有量が心臓血管疾患の危険性を高くする高血圧を発症させるとしている。減塩が高血圧者の血圧を下げることに関係している事実にもかかわらず、高血圧を予防する手段としての減塩効果を調べる研究は様々な結果をもたらした。このことから全集団について減塩が正当化されるかどうかに関する論争に火が着いた。正常血圧者に減塩させることによって引起される血圧低下の程度や臨床的な重要性に専門家は疑問を持っている。

 減塩は血圧を下げる手段として、生活様式への介入戦略との組合せで勧められているいくつかの栄養治療の一つである。

国民高血圧教育計画は高血圧予防効果が証明されている6つの方法を強調している:中程度の運動、正常体重の維持、アルコール摂取量の制限、減塩、十分なカリウム摂取量の維持、果物・野菜、低脂肪乳製品の豊富な食事、飽和脂肪と総脂肪の低減である。

 いくつかの研究は塩摂取量と死亡率との関係を確立できなかった。1件のレビューと11件の研究の解析で、大幅に減塩しても健康上に大きな利益はないとの結論に達した。

つまり、「降圧剤の服用を止めさるか、服用量を下げながら適正な血圧を維持できる。しかし、全体的な健康に及ぼす影響は不明である」と結論づけた。

解明すべき問題点を提示

 ナトリウム摂取量に関して多くの研究があるにもかかわらず、以下の疑問に答える必要がある:ナトリウムの必要量はどれくらいで、その保健効果は個人間で違うのか?▽ナトリウム摂取量と血圧との間の関係に関与している機構は何か?▽血圧に関係なく、心臓血管疾患の罹患率や死亡率に対してナトリウム摂取量はどのような影響を及ぼすのか?▽ナトリウム摂取量の操作で誰が利益を得るか?▽ヒトの塩感受性を決定する実用的な方法は何か?▽長い時間ナトリウム摂取量の変化に曝されると、ヒトは塩感受性になるか?▽特にカリウム、マグネシウム、カルシウムのような他のミネラルとナトリウムはどのように相互作用するか?▽塩摂取量は胃癌の危険率増加とどのように関係しているか?

 このレビュー論文でナトリウム摂取量と健康に関しての結論として「ナトリウム摂取量を制限することは多くの人々にとって有益であるとの幅広いコンセンサスがある。血圧に及ぼす様々なナトリウム摂取量の影響を調査している研究は様々な結果をもたらしてきたが、ほとんどの保健専門家は、過剰なナトリウム摂取量が感受性のある人々で疾患発症に寄与していると思っている。したがって、減塩は高血圧治療で有効な食事戦略であるように思われる。個々人の塩感受性を予測できる実用的な方法が開発されれば、ナトリウム摂取量を修正するためのより正確なガイドラインを提供できるであろう」と結んでいる。

◇            ◇           ◇

 2010年にこのレビュー論文はかなりのページ数を用いて塩に関する情報を提供している。塩と健康に関しても科学的な事実に基づいて提供されており、一方的な見方からの記述はされていない。

特筆すべきは、研究で明らかにしなければならない問題点を挙げていること。

ただ2004年までに発表された文献を参照しているので、アメリカの減塩政策の推進結果が50年間も変わっていないとか、減塩の危険性に関する最近の論文を参照した記述が見られない。今後の情報提供を期待したい。