たばこ塩産業 塩事業版 2013.6.25
塩・話・解・題 99
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
塩に関する海外マスメディアの報道
6.降圧薬処方の現状と課題
高血圧治療をしている患者は減塩を勧められるとともに2,3種類の降圧薬を服用しているのではなかろうか。いくつかの機構で血圧は上昇するが、血圧を上昇させる機構によって処方する薬は変わる。しかし、適正に処方された薬であるかどうかは疑問で、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ) 紙に問題提起の記事が掲載された。記事の紹介と関連事項を解説する。
米国、半数の処方が不適切
科学担当のゴータム・ナイク氏は「正しい降圧薬を用いる」と題する記事を2010年8月24日付けのWSJ紙に掲載した。アメリカでは5千万人の高血圧患者の約半数が降圧薬を飲んでも、最適な薬が処方されていないため血圧を正常に維持できないという。
高血圧治療には一般的に5種類の薬が使われる。どの薬が一番よく患者に効くかを知るために、医者は試行錯誤によって多くの薬の中から最適な薬を選択する。しかし、ほとんどの患者は血圧を下げるために1つ以上を服用しているので、最適な投薬を受けることは一層難しくなる。アルバート・アインシュタイン医科大学の高血圧専門家であるミカエル・アルダーマン博士らも「我々の現在の処方は非常に原始的であり、35年間にわたって高血圧治療の成功率を上げられなかった」と言っている。
多様な生理特性を持っている患者は薬に対して様々に反応することは分かっていたが、どの薬が一番効くかに焦点を置いた研究はされてこなかった。
高血圧薬処方に科学的な指針を提供する研究がアメリカ高血圧学会誌に発表された。
いくつかの薬は人種・グループ間で効き方が違い、降圧薬を処方する指針として腎臓で生産されるレニンを測ることが重要だとしている研究もある。しかし、研究結果が公式な治療指針になる前には、大規模な試験が必要であることを強調している。
器官ごとに異なる対応薬
記事には図に示す人体の器官とその昇圧機構に作用させる薬の種類が示されている。
心臓の血圧上昇機構:心臓は体中に血液を送り出すポンプの働きをしている。血管内に送り出される血液量が多いほど血圧は高くなる。心臓の大きさと鼓動数(脈拍数)によって血液量は決まり、脈拍数を少なくすれば血圧を下げられる。これを利用した薬がベーター遮断薬だ。緊張やストレスを感じるとアドレナリンが出て心臓の交感神経細胞にあるベーター受容体(刺激を受け取り伝達する物)と結合して心臓の鼓動が早くなり、血圧が上昇する。しかし、結合を遮断すれば心臓の脈拍数が増えることなく、血圧上昇を抑えられる。
腎臓の血圧上昇機構:腎臓は体液をろ過して塩分や水分と老廃物を一度除くが、ほとんどの塩分と水分は再び吸収されて余分な塩分(摂取量に等しい)と水分を尿として出す働きをしている。腎臓の体液排泄機能が弱いと、血管内に体液が溜まり血圧は上昇する。腎臓の体液排泄を促進させる薬が利尿薬だ。利尿薬は安く使用実績も積んでおり、一般的に使用されている。
血管の血圧上昇機構:血管は体内にくまなく血液を循環させる管である。太い血管では血液の流れに対して小さな抵抗(低い血圧)で多くの血液を流せる。細い血管では逆になり、抵抗の大きい血管に血液を流すには高い圧力が必要となる。したがって、血圧を下げるには血管を太くするか、細くならないようにする薬が望まれる。
緊張やストレスにより生ずるノルアドレナリンが、血管にある交感神経細胞のアルファ受容体と結合すると血管を収縮させ、血圧が上昇する。この結合を遮断し、血管が細くならないように拡大させ、血圧を下げる薬がアルファ遮断薬だ。
アンジオテンシンUは血圧を上昇させる物質で、アンジオテンシン変換酵素(ACE)によってアンジオテンシンTから作られる。この酵素の働きを阻害して、血管収縮をさせるアンジオテンシンUをできないようにする降圧薬がACE阻害薬だ。
細胞膜にはカルシウム・イオンを細胞内に出し入れするポンプの役割をするカルシウム・チャネルがある。血管平滑筋を構成する細胞にカルシウム・イオンが入ると血管は収縮して細くなり、血圧は上昇する。カルシウム・イオンが細胞内に入らないようカルシウム・チャネルに作用し、血管を拡大して血圧を下げる薬がカルシウム・チャネル遮断薬だ。
緒に就いた薬選定の研究
高血圧学会誌に発表された科学的知見に基づいて血圧を下げる最適な薬を処方しようとする3件の研究について、記事ではもう少し詳しく紹介している。
イギリスの治療指針では、患者の年齢と人種によって最初の処方薬を決めるべきとしている。次に薬を変える時も同様の指針を適用すべきことをロンドン帝国大学グプタ博士の研究は示した。例えばイギリスの指針では、最初の薬としてカルシウム・チャネル遮断薬または利尿薬を黒人患者に処方すると、次にはACE阻害薬を加えることを勧めている。しかし、それは最も有効な手順ではないかもしれないことを博士の研究は示唆している。最初にカルシウム・チャネル遮断薬を処方すると、次には利尿薬を処方すべきで、最初に利尿薬を処方すると、次にはカルシウム・チャネル遮断薬を処方すべきであるとしている。
ロチェスター市メイヨ−・クリニックのターナー氏らによる研究は、レニンの測定が治療薬の選択で有効な方法となりそうなことを示している。レニンの比較的高い患者には、利尿薬を処方すべきでないことを明らかにした。論文の結論としては、レニン活性で予測される結果は人種、年齢、その他の特性とは統計的に無関係であった。しかし、レニンはある種の患者について、追加治療に処方する薬の指針としても役立つことが分かった。
アルダーマン博士が率いるチームによる第三番目の研究は、低レニンの患者に抗レニン薬を使うと、血圧を上昇させるという望ましくない影響が出ることを示した。
これらの知見は基本的に新しい発見ではないが、降圧薬を処方するには必ずレニンを測定すべきであることを示唆している、とイギリス、ケンブリッジ大学のブラウン教授は言っている。
以上、記事の概要に一部補足して説明した。血圧の上昇には様々な要因が関係しており、それぞれの要因に対処する薬があっても、患者にとってどれが最適な血圧を下げる薬であるかを判定する決め手の指標がない中で、処方薬の選定を科学的に絞り込む研究が始まった。高血圧治療に朗報がもたらされる日も近かろう。
塩感受性は入院時に確認を
過剰な塩摂取量に対応して、腎臓から塩分と体液の排泄を促進させて血圧を下げる利尿薬の役割は分かり易い。腎臓で分泌されるレニンはレニン―アンジオテンシン―アルドステロン系を通して、腎臓から排泄される水分や塩分を加減することにより血圧を調整する。この系にACE阻止薬が関与しており、この場合、薬の役割は分かり難い。
実は筆者も降圧薬を飲んでいる。20歳台半ばに血圧が高くなり、原因を調べるために入院して腎臓の血管造影までしたが判らず、若年性本態性高血圧症と診断された。数年間の通院と降圧薬服用後、転勤を機会に服用を止めた。正常値近くまで血圧は下がり、安定していたからだ。定年退職前に早朝血圧が高くなり、通院しACE阻害薬とカルシウム・チャネル遮断薬を服用するようになった。この薬になるまでに利尿薬も服用したが効果はなかった。起床後と就寝前に血圧を測る。筆者の血圧計は15秒間隔で3回測定し、その平均値を2年間分記録する。降圧薬を服用して効果がなければ、血圧計の記録を医者に見せて薬の変更を検討してもらってきた。
塩摂取量を気にせず、体重86kgで生活してきた筆者は整形外科病棟に2週間入院した。高血圧のため1,600Kcal、塩8 g/日の減塩食を給仕された。減塩食は味気ないものと思っていたが、抵抗感なく食べられたので不審に思い、栄養士に8 g/日を確認したが答えはなく、もう1段の厳しい減塩食を試みることを相談したが、調理に迷惑をかけそうで止めた。この間、3kgほど体重が減っても血圧はほとんど変わらなかった。これで自分が塩感受性ではないことが判明したと思っている。自分が塩感受性であるかどうかを判定する方法は今のところ入院以外にない。入院の機会があれば、塩感受性の確認を試みるチャンスでもある。