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たばこ塩産業 塩事業版  2013.4.25

塩・話・解・題 97 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

塩に関する海外マスメディアの報道 

5.豪州減塩政策に警告

 

 オーストラリア政府も減塩政策を推進しているが、オーストラリアの新聞The Sydney Morning Heraldに塩論争 ( Salt Wars ) と題して減塩の危険性を指摘する警告記事が掲載された。減塩の救命効果はなく、かえって危険性があることを知りながら減塩を勧めている。アルダーマン博士が減塩の危険性を警告するに至った経緯と今後の見解を紹介している。

 

上限摂取量 6 g/日

 オーストラリア政府は成人の平均塩摂取量を9 g/日と推定して、上限摂取量を6 g/日としており、慢性疾患予防のために4 g/日を目標値として示唆している。

塩と健康に関する国際活動(減塩推進)のオーストラリア支部(AWASH)20075月に減塩運動を始めた。加工食品や既製食品中の塩含有量を平均25%減らし、低塩食の有益性の知識普及、食品中の塩含有量を表示して消費者に低塩食品を選び易くすることにより、5年間で平均塩摂取量を6 g/日まで減らそうとの運動である。

運動は政府、食品産業、保健消費者機関、医師から支持されている。

これに対してオーストラリアのジャーナリスト兼ノンフィクション作家であるマーク・ホワイタッカー氏は2012123日付けThe Sydney Morning Heraldに塩論争の記事を投稿した。減塩を勧めている専門家が減塩による効果を割引して考えるべきことと、減塩を支持していたアルダーマン博士が事実に基づいて反対するに至った経過を紹介している。

「危険性」知りながら

 オーストラリアのハイデルベルグ市にあるオースチン病院でエルムス教授(メルボルン大学名誉教授)は診断した二型糖尿病老人患者638人の塩摂取量を調べ、塩摂取量が少ないと有意に死亡率が高いことを知りながら、エルムス教授のメルボルン・クリニックに来た高血圧の糖尿病患者には、塩摂取量が多いと半分にすべきであると言っている。「そうすれば血圧制御に役立つと思い我々はそうしているが、一方、我々は何をしているのかを本当に知らないとは言えない」と苦しい心境を取材者に語っている。

 塩摂取量の増加と死亡率の増加を調べた7件の研究では、それらの間には関係がないか、塩摂取量の増加はより低い死亡率と関係しているかのいずれかであったにもかかわらず、最近の数十年間の一貫した健康メッセージは、塩が悪いと言うことであった。

「危険性」は明らか

 2011年にエルムス教授らが論文を発表した時、塩が悪いと言うドグマに彼等は挑戦したことに気付いた。その後、同様の結果をもたらした4件の論文が引き続き発表されたからだ。最初は1型糖尿病患者2,807人によるフィンランド人の研究。最低、最高の塩摂取量の人々は両方とも死亡率が高く、中間層の大多数は健康であった。2件目は心臓血管疾患歴のない3,681人についてのヨーロッパ人の研究で、最高塩摂取量の人々で0.8%の死亡率と比較して最低の塩摂取量の人々では4.1%を示した。

 3件目は28,800人のカナダ人による大規模な研究で、最低塩摂取量の人々はよく死に、最高摂取量の人々でも同様だった。塩摂取量が現在勧められている3-4倍に達するまで、高塩食の有害な影響はなかった。保健当局により勧められている摂取量では、しばしば死ぬことがあり、心臓血管疾患にも罹患しやすい低摂取量グループ内に十分入っていた。

4件目は非営利団体であるコクラン共同研究の論文で、6,200人の塩摂取量と死亡率との関係を調べた7件の試験では、塩摂取量と死亡率または心疾患との関係を示す強い証拠はなかった。163件の研究を別々にレビューした論文では、減塩は心臓の悪い患者と両タイプの糖尿病患者では有害であるように思えると述べている。

これらの論文があるにもかかわらず、なぜ科学者達は最近の研究についてあまり語ろうとしないのだろうか?とホワイタッカー氏は述べている。

「仮定」が「願望」に

 一般的には減塩政策を強力に勧めるために好んで論争するが、中には減塩に有効性がないことを知っているためか、減塩を勧めながらも論争を好まない学者がいる。エルムス教授らのグループがそうである。世界保健計画に賛同しているオーストラリアのジョージ研究所の専務理事でありシドニー大学医学部のブルース・ニール教授も論争を好まない。減塩で命が救われるという直接的な証拠はないことを彼は知っている。塩の食べ過ぎは血圧を上げる。血圧の上昇は心疾患、脳卒中、腎不全の主要な危険因子である。したがって、減塩はそれらの致死的な疾患を減らすと仮定されている。その結果、1970年代以来、仮定は願望となり、減塩に異議を唱える研究があるにもかかわらず、大多数の医学者は仮定を支持している。

 ニール教授は中国北部で360か村の70万人についてランダム化されたコントロールのある試験を行うことにしている。塩摂取量を通常の半分とするグループと減塩のため塩化カリウム30%とマグネシウム10%を混合した塩を食べさせるグループに分け、今後4年間の死亡と疾患を観察する。

 中国は世界最高の塩摂取量であり、驚くまでもなく最大の死因は脳卒中である。西欧諸国が自国の減塩政策を進める根拠として、中国北部の人々による研究を用いることは馬鹿げていると批判する人々がいる。その一人がニューヨーク市の医師アルダーマン博士だ。

学会が論文の掲載拒否

 アルダーマン博士は1990年代に結局、塩はそれほど悪くないかもしれないことを示唆した最初の保健専門家であった。アメリカで心疾患が流行していた1970年代初頭に、アルダーマン博士は高血圧者に対して減塩は良い考えであることを知り、低塩食で高血圧者の治療を始めたが、患者が嫌がり治療を止めるのに気付いてからはその治療を止めた。

 数年後に、脳卒中や心疾患になる高血圧者がいる一方で、大多数は長生きするのはどういう理由かについて関心を持つようになった。ジョン・ララ博士と共同研究し、その理由がレニン(塩分貯留、体液貯留、動脈の太さを制御して血圧を調整するホルモンで、レニンーアンジオテンシンーアルドステロン系の働きにより血圧が調整される)にあると結論を下した。彼等は血液内のレニンが高い高血圧者は低い高血圧患者よりも心臓発作や脳卒中を起こしやすいことに気付いた。最低の塩摂取量の人々は最高のレニン濃度で、心臓発作や脳卒中を起こす危険性が高かった。

 そこで低塩食は良いものと信じられていた1990年代初期に、アルダーマン博士は文献を調べたが、塩摂取量と心臓血管疾患死亡率とを関係づける文献は一件だけしかなかった。それは1985年に発表されたホノルルに移民した日本人の研究であり、塩摂取量と健康結果との間には何の関係もないという結論であった。また、アルダーマン博士自身の患者4,000人の尿中ナトリウム排泄量(塩摂取量にほぼ等しい)と疾患や死亡とを比較したところ、最低の塩摂取量の人々は最悪の心臓血管疾患に罹患していることを知った。

 アルダーマン博士は学会誌に論文を発表したが、減塩推進者から結果が気に入らないと批判を受け、3件の主要な学会誌から掲載を拒否された。彼はアメリカの塩産業界の団体である塩協会から諮問委員会のメンバーになるため招待され、会議の参加費用を受け取ったことで、塩協会のサクラだと攻撃された。8年間、委員を務めたが研究に対して資金援助を受けなかった。しかし、彼がペテン師であるとして彼の論文は掲載拒否された。最近の論文で多くの事実が明らかになるにつれ拒否されることは少なくなってきたが、減塩政策を変えるようには見えず、これは非常に異常なことと、彼は語っている。

 減塩を強要する前に、減塩が安全であることを証明すべきである、と言うアルダーマン博士の主張についてニール教授に尋ねると、「博士は強硬に物を言う懐疑論者であることで出世してきた。人類は1日当たり1 g以下の塩摂取量で進化してきたが、実際の要求量よりも10倍も多く摂取するようになっている。したがって、減塩が安全であることを証明しなければならない」と答えた。

5年後に論争終結!?

 事実の完全性については調べてないが、コクラン共同研究については調べた。彼等は次のように結論を下した:150件以上のランダム化されたコントロールのある試験と減塩が良いという明らかな兆候がない13件の集団研究とを調べてみると、減塩が良いとは言えない。

 エルムス教授らは減塩の有害性を知りながら減塩を勧めており、減塩反対を掲げて戦おうとしないことにアルダーマン博士は理解を示している。博士はたまたまいくつかの長期的な研究助成を受けられたが、減塩の立場を取ると傷つけられる。若い研究者が研究助成を受けようと思えば非常に神経質になるだろうと彼は言う。

 5年もすれば論争は終わり、塩の良い評判が復活するだろうとアルダーマン博士は予想している。証拠は非常に多くあり、狂信者が新しい論文を発表するたびに、塩が何かしら悪いと言うことは次第に難しくなってきている。減塩反対者の事実は気に入らないと、狂信者はあまり言えなくなっている。言おうと思えば、狂信者は自分自身で何らかの証拠を示さなければならない。

◇          ◇          ◇

 以上が紙上で述べているホワイタッカー氏の意見である。事実があまりなくても、大勢が大きな声で言えば真実らしく通ってしまう学会や政府の保健政策を批判している。真実を知っていても減塩に反対する勇気ある行動をとれないことにアルダーマン博士が理解を示している件があるが、筆者にも以下のことを聞いた経験がある。15年以上も前になろうか、もう故人となってしまったある学者が減塩政策を批判し「塩は悪くない」と声を上げれば、学会から無視され、研究費をもらえず、シンポジウムや研究会を開催しようとすれば妨害される、とのことであった。つまり医学界の主流の意見に反対すればその世界で生きていけない。減塩政策に反対する学者の意見が出ない日本では今でもそうなのであろうか?