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たばこ塩産業 塩事業版  2012.10.29

塩・話・解・題 91 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

塩に関する海外マスメディアの報道 

 2.塩を振り掛けるべきか否か サイトを設け論争呼び掛け

 

 国内では、全ての人々に減塩を押し付けるべきではない、と主張する人はほとんどいない。しかし、海外では一律の減塩政策推進に対して批判する学者が推進者との間で激しい論争を続けている。今回はジョン・ティアニーが論争サイトを設け、塩論争を呼びかけたニューヨークタイムズ(NT)2010222日付け科学欄の記事を紹介する。

「塩の問題に取組む時、正しいか、間違っているかはまだ分らない」と題してティアニーはNTに減塩政策に対する意見をティアニー研究室(TierneyLab)に寄せるように呼び掛ける記事を投稿した。彼は科学関係の記事を書くコラムニスト。新しい研究を調査し、科学や社会についての常識を再考するためにTierneyLabを使って意見や情報の提供を受けている。研究所の業務は2つの設立方針によって管理されている。まさに多くの人々に訴える考えは悪いことではなく、それこそが良い政策実行の理由である、という考え方に基づいている。

 問い掛けの内容では、「何人かの専門家達がアドバイスしているように、新しい国民食事ガイドラインが塩の推奨量を下げることについて考えて下さい。さらに、ニューヨークとワシントンの公衆保健当局が食品会社に塩をあまり使わないように圧力を掛け続けていることについて考えて下さい」と書いて、「塩を振り掛けるべきか、掛けざるべきか?直ちに規制すべきか、それとも、何よりも先にもっと研究をすべきか?議論に参加してください。」と問題を提起して意見を募集した。

募集の背景として減塩すれば@毎年44千人以上の死者が救われるだろう(2010218日号The New England Journal of Medicineで推定)A毎年約15万人の死者が救われるだろう(ニューヨーク市の保健・精神衛生部で推定)B数百万人の人々が思いがけない多分悪い影響を受けるだろう(201023日号The Journal of the American Medical Associationで議論)Cどちらにしても少なからず重要Dアメリカ人は現在よりもずっと太るだろう―と情報提供し、「心配しないで、悪い答えはない、少なくとも今の段階では。これが塩論争の良いところ:信頼できる証拠がほとんどないので、どんな結果についても想像するだけである」とフォローしている。

 ティアニーは収集した研究情報を整理して、次のように紹介している(小見出しは分りやすくするために筆者が付けた)

◇       ◇       ◇

塩摂取量低下データの作為暴露

減塩を押し付ける運動が拡大していることから判断して、かつて反脂肪運動が肥満をもたらして大失敗したようには、減塩推進者の意気込みの勢いを失わせられなかった。減塩食はある人々の血圧を下げる原因となる証拠を指摘して、全ての人々が食べている食品中の塩を減らせば、命の1%は救われるだろう、と減塩推進者は推定している。

 しかし、永遠に減塩させることは社会的に可能であろうか?短期間の管理された実験中の人々を減塩させるだけでも研究者達はひどい苦労をしてきた。

 食品産業が製品中に気付かないように加えられている塩を全て減らせば、変化は可能であると減塩推進者は言う。彼らは、アメリカ合衆国がイギリスを見習うように望んでいる。イギリスでは、消費者に塩をあまり使わせないようにさせるとともに産業界に圧力をかける強い運動を行ってきた。その結果、2000年から2008年までの間に、1日当たりの塩消費量に約10%の低下があった、とイギリス当局は言っている。その値は24時間に集められた尿中に排泄された塩の量を分析した調査によって測定された。

 しかし、カリフォルニア大学デイヴィス校とセントルイスにあるワシントン大学の研究者達は、The Clinical Journal of the American Society of Nephrologyの最近の論文でイギリス当局の報告に異議を唱えた。過去20年間に行われた12回のほぼ同様の調査を無視しておきながら、2000年と2008年に行われた調査だけを抜き出していることについて、デイヴィス校の腎臓学者マッカロン博士に率いられるチームはイギリス当局を批判した。

 イギリスの調査を全て考察してみると、近年における塩消費量に一貫した減少傾向はなかった、と長年減塩推進者を批判してきたマッカロン博士は言った。データの最も著しい特徴は、イギリスの塩消費量にはほとんど変動がなかったことで、ほとんど他のところでも同じようであった、と彼は言った。

 

「塩欲求制御仮説」について考察

マッカロン博士と同僚は世界中の33か国からの調査を解析し、食事や文化に幅広い差があるにもかかわらず、人々は一般的にほぼ同じ量の塩を消費していたと報告した。

アマゾンやアフリカで隔離された民族(筆者注:原始的な狩猟採取民族で1日当たり3 g以下の塩摂取量であるので無塩文化の生活と言われる)のように、2,3の例外はあったが、大多数の人々については現在のアメリカ人の食事ガイドラインで勧められているよりも多くの塩を食べていた。

 非常に多くの場所で結果がほぼ同じであったので、人々は毎日の塩摂取量を一定にするように大脳の神経回路が塩欲求を制御しているのではないか、とマッカロン博士は仮説を立てた。仮にそうであれば、かつて摂取していたよりも多くのカロリーをアメリカ人は毎日摂取している、という報告に関連した明らかな1つの逆説(著者注:カロリー摂取量が多くても塩摂取量は多くならない)の説明に塩欲求制御仮説は役立つかもしれない。特別な食品から追加的な塩を摂取しているのであろうか。

しかし、尿検査の研究で何年にもわたる毎日の塩摂取量には明らかな上昇傾向は見られなかった。人々が食べた物を集めて塩摂取量を推定する代わりに、尿検査は直接塩量を測定するので、もっとも良い評価法と考えられる。どうして余分な塩はないのだろうか?減塩の著名な主張者の一人であるジョンズ・ホプキンス大学のローレンス・エイペル博士は次のように言い逃れている。「尿を分析する方法が一定してないために塩摂取量における本当の上昇傾向が隠れてしまっているのかもしれない」

 しかし、測定法は信頼できるとマッカロン博士は述べ、設定点理論によっても測定法の信頼性を説明できると言った。

 アメリカ人はより多くのカロリーを摂取するようになると、より塩辛い物のいくつかの選択を減らすので、総合的な塩摂取量は一定のままであった。同じ論理で、将来の政策が食品中の平均塩分量を減らせば、人々はより塩辛い食品を探すことによって、あるいは何でも一層多く単純に食べることによって補償するかもしれないと彼は推測した。

 

崩れていく減塩推進者の主張

 減塩推進者はこれらの考察を無視して、適正な治療で人々は体重を増加させることなく、または他の問題で悩まされることなく、低塩食を維持できると主張している。しかし、人々がより少なく塩を摂取するように誘導されても、彼等はより健康的な状態で生涯を終えられるのであろうか?救われる全ての命についての価値判断は、低血圧により推定される利益を基にした外挿にしか過ぎない。

低塩食を食べている人々が、どれくらい多くの脳卒中や心臓発作によって悩まされるかを追跡すると、結果はあまり整然としておらず、また希望の持てるものではない、とアルバート・アインシュタイン医学校の高血圧専門家であるミカエル・アルダーマン博士が最近The Journal of the American Medical Associationで述べている。彼が考察した11件の研究の中で、低塩食はわずか5件だけで良い臨床結果と関連していた。残りの研究については、低塩食を食べている人々は同じか、より悪い状態のいずれかで暮らしていた。

 “減塩すると血圧は下がるが、他の悪い結果や意図しない結果をもたらすこともある。より多くのデータが蓄積されるにつれて、減塩推進者の立場を次第に支持できなくなるが、彼らは方針を変えるよりもますます決心を堅くしているように見える”とアルダーマン博士は言った。

 社会政策を変える前に、アルダーマン博士とマッカロン博士は何か新しい、例えば、ランダム化された臨床試験で厳しい低塩食試験を試みることを示唆している。その提案はあまりにも多くの時間と費用がかかるので、減塩推進者は拒否している。しかし、反脂肪運動のような別の公衆保健政策の大失敗による潜在的な費用をよくよく考えると、減塩食による臨床試験の開始は安いように思われる。

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以上のように、減塩推進者の主張を打ち砕く研究成果を紹介して意見を募集したところ、続々と投稿があり、ティアニーは「塩論争(Salt Wars)」としてNT(2010222日付け科学欄に記事を書き、現在(2012107)までに116件のコメントが寄せられている。これについては別途紹介する。