たばこ塩産業 塩事業版 2011.11.25
塩・話・解・題 80
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
米国 進まぬ減塩
臨床栄養学会誌より
アメリカ臨床栄養学会誌(Am J Clin
Nutr 2010;92:1172-80)で46年間にわたるアメリカの食塩摂取量の変化について発表された。減塩政策が進められているにもかかわらず現在の食塩摂取量ガイドライン以上の摂取量で、それが時間経過で減っていることはないという結果であった。その内容を紹介する。
食塩目標摂取量8gから6gに
アメリカで食塩摂取量が健康問題として大きな関心を持たれるようになったのは1969年末に食品・栄養および健康に関するホワイト・ハウス会議からである。その後いろいろと議論され1979年に1日当たり8 gを食塩の目標摂取量とした。したがって、減塩政策は今日まで32年間続けられている。ちなみに当時、日本は10 gを設定した。その後、アメリカでは6 gを設定した。
アメリカでは食塩摂取量中の大部分の食塩は食品の製造過程で加えられるので、食品産業界は加工食品中の食塩を減らすように要請されてきた。しかし、アメリカの食塩摂取量が時間とともに変化してきたかどうかは不明であるとされていた。
◇ ◇
食品成分と食品摂取量から食塩摂取量を求めるには、食品加工における食塩成分の変化が食品成分データベースに十分反映されていないとして、論文では疫学研究で使われる一番良い方法の生化学的指標である24時間尿中ナトリウム(食塩)排泄量を用いている。
しかし、アメリカでは経時的にこれを調査したデータがない。したがって、この方法を用いた食塩摂取量の解析可能なデータを持つ38件の研究論文を対象とした延べ26,271人の調査参加者で、1957年から2003年までの46年間の変化を報告している。
つまり、アメリカが減塩政策を始める前のデータも幾つか含まれている。
「政策」開始後も摂取量減らず
高血圧の最大危険因子は「肥満」
データを整理した結果を図1に示す。図の縦軸は平均24時間尿中ナトリウム排泄量を示している。食塩に換算するには係数2.54を掛ければよいので、ナトリウム3,000
mgは7.62 gの食塩、4,000 mgは10.16 gの食塩となる。これから見ると減塩政策が始まった1979年以降も食塩摂取量は減っておらず、それ以前の値とも変わっていない。
内容を10年毎に区切り、年齢、性別、人種別に仕分けた結果を表1に示す。ナトリウムで示されている元表の値を食塩に換算して示した。全グループの食塩摂取量は経時的に増加する傾向を示し、50歳以上でも同様であった。50歳以上の参加者の摂取量は50歳未満の参加者のそれよりも有意に低かった。白人と黒人では人種間に有意差はなかった。
表1 10年毎に仕分けた尿中平均塩排泄量 (g/24 h) | |||||
区分 | 1957-2003 | 1980年以前 | 1981-1990 | 1991-2000 | 2000年以後 |
全グループ | 8.96 (38) | 8.43 (8) | 8.68 (10) | 8.89 (14) | 9.78 (6) |
年齢 | |||||
50歳未満 | 9.18 (21) | 8.52 (5) | 9.54 (6) | 9.01 (8) | 9.63 (2) |
50歳以上 | 8.56 (13) | - | 7.56 (3) | 8.69 (6) | 10.10 (4) |
性別 | |||||
男 | 9.93 (13) | 9.82 (2) | 9.01 (3) | 10.29 (6) | 10.54 (2) |
女 | 7.83 (12) | 7.42 (1) | 6.55 (2) | 8.14 (7) | 8.23 (2) |
人種 | |||||
黒人またはアフリカ系アメリカ人 | 9.26 (9) | 7.67 (2) | 10.28 (0) | 9.19 (4) | 9.88 (2) |
白人 | 9.65 (11) | 8.94 (1) | 10.75 (1) | 9.54 (7) | 10.22 (2) |
( ) 内は研究論文件数。原報のAm J Clin Nutr 2010;92:1172から一部を抜粋した。 |
イギリスにおける1984年から2008年までの24年間の食塩摂取量は狭い範囲内に分布しており、食塩摂取量の低下は見られず、アメリカと同様の結果であったとも述べている。
しかし、次のようにも考察している。食塩摂取量に一時的で大きな上昇がないにもかかわらず、アメリカで高血圧発症率が上昇してきたことは驚くほどのことではない。最近の研究では、高血圧発症に寄与する集団の最大危険因子は肥満、非麻酔性鎮痛薬の常用、運動不足、減塩を守らないことなどであるが、肥満が食塩摂取量よりも高血圧発症率の増加に一層重要な決定因子であるかもしれない。
取り上げられた38件の研究がアメリカ国内の地域でランダムに取られた試料ではなく、必ずしも全ての研究が性や人種を報告しておらず、全州のデータはあるが、多くの研究は北東部と南部諸州で行われているので、解析は限定されている。試料に限界があるにもかかわらず、食塩摂取量は狭い範囲内にあり、国民健康・栄養調査の値(注:食事思い出し法による摂取量)にほぼ近い。食塩摂取量は2003年以来減ってきた可能性があるが、現在ではより多くの食塩が家禽、肉、魚に加えられていると報告されている。したがって、これからの研究は2003年以後の24時間尿中食塩排泄量の傾向を追跡すべきである、としている。
日本では着実に減塩が進んでいる。アメリカの寄せ集めた研究データでは意外に減塩は進んでいない。しかし、8 gから6 gへとより低い目標摂取量を設定している現在では減塩が進んできたのかもしれない。情報収集に努める。