たばこ塩産業 塩事業版 2011.10.27
塩・話・解・題 79
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
EU 様々な減塩政策
国際的に減塩政策が進められている中で欧州委員会はメンバー国の減塩政策に関する情報をアンケートで集め、取りまとめた草案を2008年4月に発表した。本格的に減塩を進めるために現状把握したもの。ドイツ、オーストリア、スイスを除く全ての国が塩の推奨摂取量を定めている。既に減塩政策を始めて長い歴史を持っている国からまだ取り組んでいない国まで様々だ。日本の状況との相違についてもふれた。
欧州委員会は表1に示すように、減塩により予測される脳卒中や虚血性心疾患の死亡数低下に基づいてEU諸国で減塩政策を進めることに取り組み始めた。どこから塩を摂取しているかについては図1に示すように整理しており、圧倒的に加工食品とレストランなどの外食に由来している。塩摂取量を年間約10%ずつ低下させ、5年間で5 g/日以下にするための目標を表2に示している。
これはWHOの考え方を踏襲したもので、減塩目標を家庭と加工食品や外食で達成させようとし、特に加工食品の減塩に力を入れている。減塩による食品の販売量低下を避けるためには新商品の開発が必要であり、食品産業界の協力が不可欠である。
表1 ヨーロッパで減塩による脳卒中や虚血性心疾患死亡数の低下予測 | ||||||
1日当たりの減塩量 | ||||||
3 g/日 | 6 g/日 | 9 g/日 | ||||
最高血圧 | 最低血圧 | 最高血圧 | 最低血圧 | 最高血圧 | 最低血圧 | |
平均血圧低下 (mmHg) | 2.5 | 1.4 | 5.0 | 2.8 | 7.5 | 4.2 |
脳卒中死の低下 (%) | 12 | 14 | 23 | 25 | 32 | 36 |
年当りヨーロッパで脳卒中死の低下 | 39,698 | 46,314 | 76,088 | 82,704 | 105,861 | 119,094 |
虚血性心疾患死の低下 (%) | 9 | 10 | 16 | 19 | 23 | 27 |
年当りヨーロッパで虚血性心疾患死の低下 | 45,590 | 50,656 | 81,050 | 96,247 | 116,509 | 136,771 |
He FJ & MacGregor GA, Hypertension 2003;42:1093-9より改定 |
表2 5年間で 5g 以下に減塩 | ||
現在 | 目標 | |
食卓/調理 | 1.8 g (15%) | 50%低下 0.9 g |
自然 | 0.6 g (5%) | 低下せず |
食品産業 | 9.6 g (80%) | 60%低下 3.8 g |
年間約10%ずつ低下 |
政策立案のためには各国の現状を把握しておく必要があり、メンバー国に対してアンケート調査を行った。アンケートに現状を縷々述べている場合には省略し、結果の概要だけを表3に示した。ドイツ、オーストリアはアンケートを無視しているように思われる。塩の推定摂取量を把握していない国が30ヶ国中10ヶ国もある。どのような食品から塩を摂っているかについては、パン、肉製品、酪農製品、インスタント食品などが多い。国が推奨している摂取量としては5 gから8 gに集中しており、5 g以下を目指している国もある。
2008年1月末に開催された減塩作業部会ではイギリス、アイルランド、フランス、フィンランド、スペインが減塩に対する取組み経験を発表した。中でもフィンランドは国としては減塩活動をしていないが、既に30年も前から地域社会介入プロジェクトの一端として減塩を始めている。同国では1979年から2002年の間に塩摂取量(尿中ナトリウム排泄量)は男性で13.2 g以上から10.2 g以下まで、女性では10.8 gから7.8 gまで低下し、観察された血圧低下は減塩によるものと考えている。
表1では分り難いが、減塩と死亡数低下を図で表すとほぼ直線関係である。この関係は考えにくい。通常では減衰曲線を示すはずである。つまり減塩効果はこの表のように大きくは表れないと思われる。この2つの疾患死亡率の国際比較を図2と図3に示す。脳卒中は脳血管疾患の1つであるので脳卒中のデータを表している訳ではないが、脳血管疾患の中で占める比率は大きい。日本の男性は高い国の中にあるが、女性は低い国に位置している。虚血性心疾患は男女とも一番低い。これは脂肪摂取量が少ないことに起因しているようだ。EU諸国では両疾患とも高く、日本では低い。
図1に基づく減塩対象項目の考え方は、食生活や生活様式が違う日本には当てはまらない。例えば、日本では調味に味噌・醤油が使われ、食卓・調理で使われる塩と併せると塩摂取量は1日当たり摂取量の50%以上になる。
今後、減塩政策の推進によって現れる減塩効果を見守りたい。日本では既に1979年から塩の目標摂取量を定め、30年以上も減塩政策を推進してきた。目標摂取量には達していないが、摂取量は低下してきたので、最近より少ない目標摂取量を設定した。政策開始後の高血圧、脳卒中、心臓血管疾患の死亡率低下と塩摂取量低下との間には関係がないことを筆者は第7回国際塩シンポジウム(1992)で発表した。政策推進者は減塩効果がどこに現れているかを明確に示すべきである。
表3 塩作業参加者のスポット調査に基づく国の食塩摂取量推定値(2008年1月末) | ||||||
メンバー国 | 推定摂取量 g/日 | 推定根拠 | 塩由来食品 | 国の推奨量 g/日 | 政府の活動 | 集団塩摂取量の推定法 |
オーストリア | 推定せず | 塩について行動なし | ||||
ベルギー | 約 11 | 不明 | パン | 8 | ベルギー人の食習慣と運動改善を目的として2006年に国民食品健康計画を策定。以省略 | 定期的に食品消費調査を行っているが、塩摂取量の正確な測定法は難しく現在検討中。一部記述省略 |
ブルガリア | 約 12 (10-15) | 国の推定値と食事摂取量、個別の状態 | 5 | 食品摂取量ガイドラインは5 gまでの減塩を勧告。産業界への説明会開催。 | ||
キプロス | 推定せず | 不明 | 5 | 心臓血管疾患が多ので推奨摂取量を定め、その達成に向けて作業中。 | ||
チェコ共和国 | 多分 11-12 | 現在調査中のデータ | 5 | 食事ガイドラインは推奨摂取量を決めているが、特別な活動はしていない。 | 1996年から塩摂取量を調査。 | |
デンマーク | 男性 9-11 女性 7-8 | 5 - 6 | 塩摂取量のほとんどは加工食品から来るので、食事ガイドラインに塩を含めていない。以下省略 | 塩摂取量は4年毎に行われる人口調査の一部。 | ||
エストニア | 推定せず | 男: 6 以下 女: 5 以下 | 塩の推奨摂取量を含めた食品推奨摂取量を定めている。以下省略 | 食塩摂取量はモニターされていない。 | ||
フィンランド | 男性 10 女性 8 | 国の調査データ | 肉製品、パン、ケイタリング | 男性 7 女性 6 | 塩含有量の表示規制あり。政府活動はなし。一部省略 | 少なくとも20年間定期的に塩摂取量をモニターしてきた。 |
フランス | 約 8.5 | 国の食品消費量調査 | パン、」肉製品、スープ、チーズ、インスタント食品 | 8 | 省略 | 省略 |
ドイツ | 情報なし | 情報なし | ||||
ギリシャ | 推定せず | 高血圧はパンの食べ過ぎに関係 | 5 | パンの塩を減らすようにしているが、他の活動はない。 | ||
ハンガリー | 男性 18 女性 16 | 国の調査 2002/2004 | インスタント食品、パン、肉製品 | 5 | 省略 | 過去20年間に3回食事調査を行った。いずれも推奨量の3,4倍高い塩摂取量を示した。 |
アイルランド | 約 10 | 7 日間の加重消費量調査 | パン、加工肉製品、肉料理、酪農製品、バター類 | 6 | 国として活動している。以下省略 | 省略 |
イタリア | 10 | 国の機関による栄養調査 | パン?家庭用塩? | 6 以下 | 塩摂取量の20%減を目標。一部省略 | 摂取量情報を更新する必要があり、モニター、評価法を検討中。 |
ラトビア | 推定せず | ポテトチップス、パン、肉製品、インスタント食品 | 5 | 省略 | 省略 | |
リトアニア | 11 | 2003年のリトアニア人口の保健行動と栄養状態 | 肉、塩、パン、魚 | 5 以下 | 省略 | 24時間食事思出法による食事摂取量モニターから間接的に塩摂取量を計算。 |
ルクセンブルグ | 推定せず | 5 - 10 | 省略 | データはなく、塩摂取量の測定やモニターする計画はない。 | ||
マルタ | 情報なし | 5 - 8 | 国の食品栄養政策(1988)で定められている食事ガイドラインでは5 - 8 g/dの塩摂取量。調理や食卓で減塩し、食品表示で高塩分を避けさせる。一部省略 | 食事で食塩摂取量をモニターする計画はない。 | ||
オランダ | 男性 9.7 女性 7.6 | 尿中ナトリウム排泄量の政府調査 | 6 | 塩含有量を基準とした良い食品ロゴがある。減塩を推進。一部省略 | 食事調査(2010年の新データ)と尿中ナトリウム排泄量調査(2006,2010年) | |
ポーランド | 塩の多い食事の約90% | 2004年の国による代表調査 | パン、ソーセージ、調製食品 | 1匙で約5 - 6 | 塩に関して直接政府の活動はないが、減塩政策は勧められている。一部省略 | 幾つかの食事調査はあるが、塩摂取量の結果は一定していない。一部省略 |
ポルトガル | 2005年で11 2006年で12 |
消費者協会、大学栄養学部 | 6 以下 | 消費者への警告書はある。パンの減塩を進めているが、モニターは難しい。一部省略 | ||
ルーマニア | 推定せず | 6 | 塩の摂り過ぎは健康に良くないとメディアを通して警告活動をし、食品中の塩含有量をモニターしている。一部省略 | |||
スロバキア | 情報なし | 情報なし | ||||
スロベニア | 12.5 | 24時間思い出し法による国の調査 | 5 以下 | 減塩行動計画を準備。WHOの塩行動ネットワークに参加。以下省略 | 塩摂取量は種々の給源から推定されるが、定期的に塩摂取量を測定したり、モニターしたりしてない。以下省略 | |
スペイン | 12 以下 | 個別調査 | 個別調査 | 5 | パンや食料品中の塩含有量低減に向けて業界と合意。以下省略 | 定期的に塩摂取量を測定するモニター・システムはない。一部省略 |
スェーデン | 10 - 12 | 国の調査 | 肉製品、パン、チーズ、調製食品 | 5 - 6 | 減塩5ヵ年計画(2007-2011)を実行中。以下省略 | 食卓塩の使用頻度:常時使用8%、時々使用28%、たまに使用40%、使用しない23%。 |
イギリス | 2006年で9.0 | 尿中ナトリウム排泄量の政府調査 | パン、ハムベーコン、セりアル、スナック菓子、家庭肉料理、チーズ、ソーセージ、調理豆 | * | 2003年の9.5 g/dを2010年に6 g/dまでの減塩に向けて塩キャンペーンを実行中。消費者警告運動。食品工業界の自主的処方箋改定と塩含有量の目標設定。以下省略 | 食事調査。成人の定期的な尿中ナトリウム排泄量測定。 |
アイスランド | 約 9 | 2002年食事調査 | パン | 6 - 7 | パンの塩含有量調査。以下省略 | 国民食事調査で2002年に食塩摂取量調査。 |
ノルウエー | 約 10 | 家庭消費量調査 | 5 | 塩に関して特別な活動はしてないが、2007-2011年の栄養行動計画の目標。 | ||
スイス | 10 - 13 | 塩消費量と高血圧報告 | パン、チーズ、スープ、ピザ | 2007年に4つの目標を持って塩戦略を開始。以下省略 | 省略 | |
* 0-6ヶ月:1 g以下、6-12ヶ月:1 g、1-3歳:2 g、4-6歳:3 g、7-10歳:5 g、10歳以上成人:6 g |