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たばこ塩産業 塩事業版  2011.7.25

塩・話・解・題 76 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

なぜ塩は水に溶けるの?

 塩が水に溶けることは誰でも知っている。しかし、どうして溶けるのか?については即答できる人は少ないのではなかろうか。塩が溶けることについて考え、出来た溶液はそのために様々な性質を示すようになる。それらの性質は砂糖が溶けた溶液の性質とどう違うのだろうか。夏休みの期間でもあり、子供に話し、聞かれたとき答えて理科に興味を持たせる話題として取り上げた。

 

「水和」で結晶が溶解

 物質の性質は原子構造に基づいている。塩の場合、分かり易い事例として取り上げられることが多い。図1に示すように塩はナトリウム原子と塩素原子の化合物。それぞれの原子は陽子の周りを回る3つの電子軌道をもっており、一番外側にある電子軌道に乗っている電子の数が原子の化学的性質を決める。原子番号は陽子の数を示す。

ナトリウムの原子番号は11、つまり陽子(プラスの電気)11個、それと同じ数だけの電子(マイナスの電気)を持っているので電気的には中性。一番外側には1個の電子。塩素の原子番号は17。つまり陽子数17個、電子数17個で中性。一番外側には7個の電子。一番外側の電子軌道に8個の電子があるとき一番安定であるので、ナトリウム原子は電子1個を塩素原子に与えて陽子が1個多いプラスのナトリウム・イオンとなり、塩素原子は電子1個をナトリウム原子からもらって電子が1個多いマイナスの塩化物イオンとなる。プラスとマイナスを帯びた原子が電気的に引き合って塩の結晶は出来ている。

 水の分子構造は「くの字型」になっており、「くの字」の折れ曲がった部分に酸素原子があってその両端にそれぞれ水素原子がある。酸素と水素は外側の電子殻にある電子を共有しあって水分子を構成している。「くの字型」の水分子は非対称構造なので、酸素側はマイナスに水素側はプラスに帯電している。つまり磁石のようになっている。

このことが塩の溶解に関係している。塩が水の中に入ると、プラスのナトリウム・イオンは水分子のマイナスに帯電している酸素によって、マイナスの塩化物イオンは水分子のプラスに帯電している水素によって引き剥がされるように水の中に溶けていく。その結果、水の中では図2に示すようにナトリウム・イオンと塩化物イオンの周りを水分子が取囲んでいる。これを水和という。塩が水に溶けるのは磁石がくっつきあうことに似ている。

砂糖が水に溶けるのは、砂糖の分子の中に水の分子と同じ性質を持った物があるからだ。また、温度が高くなっても塩の溶解度はほとんど変わらないが、砂糖では非常に大きく変わり、温度が高くなるほど砂糖は沢山溶ける。

 

塩水はどんな性質?

導電性

 塩が水に溶けると100%ナトリウム・イオンと塩化物イオンに分かれ、イオンが電子を運ぶ役割を果たし電流が流れる。つまり導電性がある。水はわずかにしか電離しないので、電子を運ぶには少な過ぎて導電性がない。塩の濃度が高いほど導電性は大きくなるので、塩分の測定に利用する。但し、塩以外の塩類が入っていると利用できない。

 砂糖は水に溶けてもイオンにならないので、砂糖溶液には導電性がない。

浸透圧

 物質が水に溶けると浸透圧を示す。浸透圧は水に溶けている分子の数が多いほど大きくなる。分子の数はモルという単位によって決まる。どんな分子であろうと1モル中の分子の数は同じである。物質の重量を分子量で割った数字がモル数であるので、同じ重量であれば分子量が小さいほどモル数は大きくなり、分子の数は多くなる。

塩と砂糖を比べると塩の58.4 gに対して砂糖は342 g。したがって、同じ浸透圧を作り出すには砂糖は塩の約6倍の量がいる。ところが水中で塩は2つのイオンとなって2つの物質として働くので、実際には1/2の量、つまり砂糖の1/12の量で同じ浸透圧を作り出せる。

 塩の浸透圧により野菜から水分が引き出され漬物ができる。浸透圧によって腐敗を起こす微生物の繁殖が抑えられる。しかし、冷蔵技術の普及で塩蔵は少なくなった。

 砂糖の浸透圧でも微生物の繁殖はある程度抑えられるが、砂糖は微生物の栄養源となるので繁殖を抑えきれない。

氷点降下

 物質が水に溶けると氷点降下を示す。つまり水が氷る温度が下がる。氷点降下は水に溶けている分子の数が多いほど大きくなる。その考え方は浸透圧の場合と同じである。冬場の交通を確保するために塩を使って雪や氷を溶かせるのは氷点降下の作用による。

沸点上昇

 物質が水に溶けると沸点上昇を示す。つまり水が沸騰する温度が上がる。沸点上昇は水に溶けている分子の数が多いほど大きくなる。その考え方は氷点降下の場合と同じ。沸点上昇を有利に利用する産業上の技術はない。それはむしろマイナスに作用する。沸騰する時は沸点上昇により100℃以上に温度を上げなければならないが、出てくる蒸気の温度は大気圧下では100℃にしかならないからだ。製塩は真空式蒸発法を利用している。真空効用数によって異なるが、1効用当たりの沸点上昇は10℃前後にもなる。したがって、三重効用、四重効用となると沸点上昇は加算され30,40℃にもなる。加温するために有効な温度差は沸点上昇分だけ小さくなり、蒸発装置の性能が悪くなる。

比重

 塩が水に溶けると溶液の比重が上がる。比重は塩の重さと水の重さを足した値で塩の重さを割った値であるので、一定の水の量に溶かす塩の量が多いほど高くなる。しかし、水に溶ける塩の量は決まっているので(26%で飽和)、塩溶液の比重は約1.19以上にはならない。しかし、砂糖は塩以上に沢山溶けるので、比重は1.3以上にもなる。

 溶液の比重が大きいと物が浮き易くなる。これを利用して種の実入りの良否を判定できる。実入りの良い種は沈み、悪い種は浮くのでよい種を選別できる。

ソーラーポンドの蓄熱溶液として食塩水を用い、ヒートポンプで太陽熱を回収できる。海外ではわずかに実用化の事績があるが、日本では30年も前に網走で試験したきりである。 原子力発電に代わる自然エネルギー源として今後注目されて行くのではなかろうか。

分り易い表現に腐心したが、多くの専門用語を用いることになり非常に分りにくい説明になったことをお詫びする。

塩を構成する2つの原子によるイオン結合様式 

図1 塩を構成する2つの原子によるイオン結合様式

   ナツメ社 図解雑学 水の科学を参照

 塩が水に溶けた時のナトリウム・イオンと塩化物イオンの模型図

図2 塩が水に溶けた時のナトリウム・イオンと塩化物イオンの模型図

   技報堂出版 水のはなしUを参照