戻る

たばこ塩産業 塩事業版  2011.5.25

塩・話・解・題 74 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

塩入れ容器の文化と歴史

ヨーロッパでは独自文化を形成

 

 食卓には塩振り出し器が置かれている。昔はこれに小皿が使われた。日本の塩博物館でこれが展示されることはない。文化になるまでの芸術的な作品がなかったのであろう。一方、海外の博物館ではいろいろな容器が展示されており、歴史的にも有名な物が多く、それなりの文化を形成していたようだ。塩入れ容器にまつわる話題と併せて紹介する。

 

食膳に添えた手塩皿

不浄を払う塩盛る小皿

戦後、満州から山陰の海辺にある母方の実家に引揚げた就学前の筆者は、食卓を用意する手伝いで祖母から「水屋からてしょうを出せーな」と言われ、「てしょう」が小皿であることを教えられた。

しかし、どうして「てしょう」が小皿なのか分からず、成人してからもどの様な字を書くのか気になっていた。ずっと後になって手塩と書き、小皿が手塩皿であることが分かった。

 インターネットで改めて「手塩皿」のことを調べてみると、食膳の不浄を払うために小皿に塩を盛ったことに始まり、その小さな浅い皿を「おてしょ」と言うことが分かった。

 穢れを清めるために塩が使われることは他国でもあるが、どうして食膳が不浄でそれを払う必要があったのか分からない。

昔、仏門などでは食膳の不浄を払うために小皿に塩を盛っていた、という記述もあるので、仏教の伝来とともに伝わって来たのだろうか。

「手塩」の語が見られるようになるのは室町時代から、という記述もある。とすれば仏教伝来とは関係なさそう。食膳は植物や動物の生き物を犠牲にして成立っているからなのだろうか。よく分からない。

兎も角、日本の塩入れ容器には文化と言えるほどの物はないように思われる。

 

ステイタスなど象徴

   海外の塩入れ容器の役割

 その昔、大きな粒の塩はおわん型の容器に入れられ、食卓では上座の主人に近いところに置かれた。希少な貴重品であった塩を入れる容器は富や身分の高さ、高貴さをも象徴した。その後、食卓で塩入れ容器は来賓の前に置かれ、座席のステイタスを表すようになった。

塩入れ容器より主人が座る側は来賓の席として上座(above the salt)、反対側は下座(below the salt)と言われた。中世には塩が持つ宗教的な象徴性(洗礼の塩、悪魔祓いの塩、智恵の塩)と結び付いて、特別で複雑な役割を持つようになった。塩は神と人々との契約を表し、塩入れ容器は食卓に神性が宿ることを象徴した。食卓で塩入れが横倒しになるのを嫌った。レオナルド・ダ・ビンチは絵画「最後の晩餐」で裏切り者ユダの右手の前に倒れた塩入れを描いている。

細かく砕いてサラサラした塩が使えるようになってくると、金具の蓋付きビンを発明したジョン・メイソンは1858年に金属の蓋に孔を開けた容器を作り、食べ物の上に塩を均一に振り掛けられる塩振り出し器を作った。これにより湿気によって塩が固まることを防げるようになった。

便利な塩振り出し器が出来てから塩入れ容器は食卓から消えて、ステイタスを表す象徴的な意味もなくなり、台所で使われるようになった。

 

芸術作品としての容器

   欧州博物館では多数展示

ヨーロッパの塩博物館にはさまざまな形をした塩入れが展示されている(写真1)。塩は歴史を通して非常に重要であったので、塩入れ容器についても独自の文化を持っている。木、ガラス、陶磁器で作られているが、象牙、銀、金で作られ宝石を散りばめた豪華な工芸品があり、身分の高さ、高貴、富を象徴した。以下、代表的な物を紹介しよう。

@ 写真2に示す象牙製の塩入れはイギリス博物館が所蔵している16世紀の作品。象牙の産地であるナイジェリアのベナンで作られたもの。高さが30 cmもある大きな物で、長髪、顎鬚、鷲鼻のヨーロッパ人が彫られており、船が彫られた蓋付きの容器に塩が入っている。象牙彫刻品はヨーロッパ人への贅沢なお土産であった。

A 写真3に示すルーブル美術館所蔵の銀製塩入れは18世紀にアントワーヌ=セバスチャン・デュランが作った物。子供、牡蠣、貝殻が彫られている。

B 写真4ウィーンの美術史美術館所蔵の金細工製塩入れで、海神・ネプチューンと大地神・テルスが対面する形になっている。ネプチューンは右手に三叉の鉾をもち、その下の船が塩入れになっている。テルスの傍らには胡椒を入れる神殿が配置されている。下の台座は黒檀。大きさは26 cm × 33.5 cmイタリアの彫刻家で金細工師であるベンベヌート・セリーニがフランスのフランシス一世のために1543年に作った物。2003年当時60億円と言われた塩入れは博物館の陳列箱から盗まれたが、幸いにも3年後には取り戻された。

(新聞掲載ではカラー写真ではありません。)

スイス・シュバイツァーハレのザルツカマー博物館の塩入れ容器展示

写真1 スイス・シュバイツァーハレのザルツカマー博物館の塩入れ容器展示

象牙製の塩入れ

     写真2 象牙製の塩入れ

銀製、金製の塩入れ