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たばこ塩産業 塩事業版  2010.11.25

塩・話・解・題 68 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

程よい塩味を持つ野菜

アイスプラント』とは

 

 先月、食品開発展へ出掛けたところアイスプラントという野菜が出展されており、生野菜の試食で口に入れると程よい塩味がした。このような野菜の存在を知らず、驚きを持っていろいろと調べたところ面白いことが分かった。

全国各地で栽培
 ウィキペディアによるとアイスプラントはハマミズナ科メセンブリアンテマ属の植物で、ヨーロッパ、西アジア、アフリカが原産。葉や茎の表皮に宝石のようにキラキラと光る水滴のように塩類を取り込んで隔離する細胞(塩嚢細胞)があるため、表面が白くなって凍ったように見える外観からこの名前が付けられたと言う(写真参照)。東アジアに位置する日本では馴染みがないが、ハマミズナ科の一種であるツルナは日本の海岸の浜辺にも自生している多年生の草木。ツルナの葉は多肉質で細かい毛はないが粒状の微細な突起がある。その名前は蔓状に伸びて食べられることに由来する。
 野生種が栽培種に改良され、日本では佐賀大学農学部が溶液栽培化に成功してバラフ(アフリカのスワヒリ語で「水晶」や「氷」を意味する)と商品名を付け、塩味のする新野菜として紹介したことをきっかけに、全国各地で栽培され別名の商標で販売され始めた。

乾燥に強く、耐塩性
 アイスプラントは乾燥に耐えるとともに耐塩性が高く、海水と同程度の塩化ナトリウム水溶液中でも生育でき、水耕栽培が可能である。食用には土耕栽培よりも水耕栽培された物の方が勧められている。土壌中の様々な物質を吸収して溜め込む性質を持っているため、カドミウム等の重金属が存在する場合、それらを吸収して蓄積する可能性があるからだ。また、土耕栽培すると植物体内でシュウ酸を多く合成する可能性があり、この物質は人体内でカルシウムと結合して腎臓結石や尿路結石の主要成分であるシュウ酸カルシウムを生ずるためでもある。
 緑葉植物は光合成作用により炭酸ガスを吸収して、その炭素から炭水化物(デンプンやセルロースといった糖質)を作り、酸素を放出する。光合成を行う植物にはC3型光合成、C4型、CAM型がある。炭酸ガスが固定される反応で、炭素原子を3個含む化合物を最初に作る回路を持つ植物をC3型光合成植物という。ほとんどの緑葉植物はこれに属する
C3型植物が持っている回路の他に炭素原子4個を含む化合物を作る回路を持っている植物をC4型植物という。トウモロコシ、サトウキビなどである。CAM型植物は夜間に気孔を開いて炭酸ガスを取り込み別の化合物として蓄え、昼間にそれを分解してできる炭酸ガスを利用して光合成を行う植物で、サボテンやパイナップルなどである。サボテンなどの多肉植物は乾燥地帯で生育する。乾燥地帯では昼間に炭酸ガスを取り込むために気孔を開くと、そこから水分が蒸発するので閉じることによって耐乾性を維持している。
 アイスプラントは通常、C3型光合成を行って成長するが、乾燥や塩ストレスを与えられるとCAM型光合成に変わるという非常に特徴的な性質を示す。これが乾燥に強くなる理由である。
  水耕栽培ではC3型光合成で旺盛に成長して行くはずであるが、どの程度の塩ストレスによってCAM型になるのだろうか。成長速度はどちらの方がどれくらい速いのだろうか、水耕栽培の観点から興味をそそる。塩味を示すことで他の野菜と差別化できることから、塩ストレス下で栽培する必要があるが、塩分を含む栽培排液の処理にもコストが掛かることであろう。

砂漠の緑化にも期待
 大辞林によると塩生植物については、海浜、海岸砂丘、塩湖岸など塩分の多い土地に生える植物。コウボウシバ・ハマヒルガオなどの乾燥型と、マングローブ・アッケシソウなどの湿生型とがある、と解説されている。アイスプラントは光合成の代謝経路を変えてどちらの型にでも適応し生育できる極めて珍しい植物だ。このため研究材料としても注目されている。塩生植物は塩がないとあまり育たないが、塩があると良く育つとされている。
  これに対して、耐塩性を示す植物がある。これは必ずしも塩生植物ではないようであるが、両者の用語の使い分けはあまり定かでないように思える。前に書いたようにアイスプラントは海水程度の塩化ナトリウム濃度(約3%)でも生育する非常に高い耐塩性を示すとされている。世界の各地で気候変動や人為的な環境変化による砂漠化で土壌が塩性化し、植物が生育できない地帯が増えて社会問題になっている。塩生植物や耐塩性植物はこのような土地を緑化する手段として期待されており、塩を好む性質や耐える性質を示す遺伝子を利用して他の有用な植物や作物に耐塩性を持たせる研究も行われている。
 塩生植物や耐塩性植物は土壌中の塩類や重金属を吸収するため、それらを除いて塩類土壌の改善に役立てる研究も行われている。アイスプラントは土壌の脱塩に、アッケシソウはカドミウム汚染の塩性湿地土壌からの脱カドミウムで期待されている。

水耕栽培に新しい塩の用途も
 アイスプラントの水耕栽培では新しい塩の用途としても期待できそうだ。新しい食材として、塩性土壌の改善手段としてアイスプラントについて紹介した。インターネットで調べているうちにアッケシソウが昨年のロンドンG20でディナー・コースの前菜として鮭料理の付け合せに使われたことが分かった。アスパラガスのような食感だとか。塩味はしないのであろうか?

アイスプラント

アイスプラント (ウィキペディアより)