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たばこ塩産業 塩事業版  2009.9.30

塩・話・解・題 54 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

「海水資源」の持つ可能性

 

 筆者は大学で「海水資源利用学」を講義している。海水資源の意味するところは様々であるが、海水溶存資源と水を扱っている。海に囲まれた日本は海水を資源とする考え方を持つべきであると思うのだが、そのような考え方はほとんどない。大学の講義科目にそれらしきものがないからである。これで良いのであろうか?

海水中にウランや金も

 海水中には全ての元素が溶けて存在していると考えてもよい。しかし、その濃度が薄いので、海水から溶存資源を回収することは容易なことではない。表1に回収資源として話題になるものをいくつか挙げよう。一番多い塩でも3%くらいの濃度でしかない。濃度が薄いことを小数点以下の桁数で実感できるように表記した。
 海水からの回収法が既に実用化されている資源は塩として塩素とナトリウム、マグネシウム、臭素、ヨウ素である。但し、国内では食塩以外には経済的に成立たないので、製塩の副産物であるニガリからマグネシウム、カルシウム、カリウム、臭素が採取されている。かつては海水から直接マグネシウムを回収し耐火レンガの原料となる酸化マグネシウムを製造していた。しかし、溶鉱炉の閉鎖で大口需要がなくなり、コスト的に合わず回収されなくなった。他の元素については後に述べるように技術開発中だ。近年では溶存資源ではないが水そのものが重要な資源となってきた。

表1 話題となる海水溶存資源
元 素 濃度 (%) 備        考
塩素 1.935 塩として回収し、ソーダ工業で塩素ガス製造
ナトリウム 1.078 塩として回収し、ソーダ工業でカ性ソーダ製造
マグネシウム 0.128 にがりから塩化マグネシウムなどを製造
カルシウム 0.0412 にがりから硫酸カルシウムなどを製造
カリウム 0.0399 にがりから塩化カリウムなどを製造
臭素 0.0067 にがりから臭素ガスを製造
リチウム 0.000018 吸着法による回収法開発中
ヨウ素 0.0000058 海藻からヨードを回収したことがあった
ウラン 0.00000032 吸着法による回収法開発中
0.000000000002 これまで採掘された10倍以上の百万トン以上あるが、濃度が薄すぎるため回収対象として研究されていない

溶存資源回収の現状は

 海水中にはウラン鉱山の埋蔵量の1千倍にあたる45億トンのウランが溶けていると見られている。海水中からウランを回収しようとする研究は早くも1960年代に専売公社の研究所で行われていた。半世紀を経過した現在では、日本原子力研究開発機構が補集材による吸着法でウラン実勢価格13,000/kgの3倍弱32,000円程度まで引き下げる技術を確立した。補集材の改良などでさらにコストを下げられるとみており、90億円をかけて来年度からの5年間で100 kgのウラン採取を目指す実証試験を沖縄で行い平成29年度の実用化を目指すところまできた。この捕集材はバナジウムやコバルトもウラン以上に吸着するというから頼もしい。
 海水中には2,300億トンのリチウムが溶存している。電池材料として海水からリチウムを回収する技術開発も吸着法で行われている。産業技術総合研究所は1980年代に始まった第1期の吸着剤の探索から第2期のプロセス技術開発を経て、2000年から第3期の実用技術開発を進めてきたが、組織改正があり最近では計画推進が少し滞っているようだ。
 海水溶存元素として3番目に多いマグネシウムについては前述したように需要減で回収が中断されている。ところがマグネシウムの酸化還元反応を利用してマグネシウム・エンジンや水素燃料電池で自動車の走行や発電をする研究が東京工業大学の矢部教授らによって進められている。その概要を図1に示す。この技術が実現すれば炭酸ガスの放出もなく、無限にある資源と太陽エネルギーを用いたクリーン・エネルギー利用が実現される。
 レアメタル(希少金属)は産業のビタミン剤ともいえる現在の文明社会には必須の元素だ。ところが表2に示すようにそれらの多くを中国に依存している。この危機状態を危惧してしばしばマスコミの話題になり、廃棄される携帯電話などの電子機器がレアメタル資源として考えられるようになってきた。

マグネシウムと太陽光励起レーザーを用いたエネルギー循環システム

図1 マグネシウムと太陽光励起レーザーを用いたエネルギー循環システム
     http://www.jspf.or.jp/jspf_annual06/pdf/01aB01.pdfより

表2 中国に依存する鉱物資源
 レアアース   (希土類元素) アンチモン タングステン インジウム
我が国消費の中国への依存度 92% 94% 87% 71%
世界の生産に占める中国比率 93% 82% 88% 34%
主要用途 二次電池、電子材料、触媒、磁石等 プラスチック、合成繊維、難燃助剤 超硬工具、特殊鋼、照明器具、電子部品、触媒等 液晶等平面表示パネル
資源エネルギー庁資料より

 海水資源利用を国家戦略に

 日本海水学会は日本塩学会を創始とし、海水を資源として考えた研究開発を進める成果発表の場である。
  理事の一人として学会運営に関わっていたころ、任意団体から社団法人にしようと旧文部省に相談に行ったことがある。その時、担当者が「海水学とは何ですか?どこの大学にその講座はありますか?」と聞かれ、唖然となった。「農学部の土壌学に相当するもので、海洋学部、水産学部に海水学の講座に当たるもの。」と言ったが理解を得たかどうか?
  その後、東海大学海洋学部で講義する機会を得て、講座名を海水資源利用学とした。これに類する講義が聴けるのは全国の大学でここだけと学生に話している。つまり、教育界にも国家にも海水を資源としようとする考え方はほとんどない。
  資源は乏しいが、優秀な人材は豊富で技術開発にも得意な我が国は海水資源利用を国家戦略にすべきである。レアメタル等を輸入に頼らず自給の道を目指して予算を配分し、周囲に無限に広がっている海、海水を資源化することを考えるべきである。一部でも自給の道が実現すれば、資源購入に際して強いバーゲニングパワー(交渉力)を持てる。将来を見据えた戦略として新政権に期待したい。