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たばこ塩産業 塩事業版  2009.2.25

塩・話・解・題 47 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

体内塩分を保つアルドステロンの重要性

適切な食塩摂取量は?

 

 体内に摂取された塩分(NaCl)は、ほぼ摂取量に見合った量だけ腎臓によって排泄される。その結果、体内の塩分濃度は一定に維持される。腎臓では摂取量の100倍以上の塩分や水分が老廃物とともに排泄されるが、塩分や水分は100%近く再吸収される。結果的に摂取量にほぼ等しい量が再吸収されずに排泄される。再吸収をコントロールしているのはアルドステロンだ。最近では減塩が高アルドステロン濃度を誘発するので危険ではないか、との知見も発表されている。

ナトリウム排泄機構

体内に吸収されたナトリウムは腎臓で排泄される。ナトリウムを排泄させる力は血圧だ。血圧とナトリウム排泄との関係を図1にモデルで示す。ここに表された曲線を圧−利尿曲線という。
     ナトリウム排泄の圧−利尿モデル

  

正常血圧者の場合には、食塩が正常摂取量(D)でも大量摂取量(E)でもあまり血圧は変わらず排泄される。本体性高血圧者の場合にはその線が右側に移動して、同じ食塩排泄量を達成するには高い血圧(それぞれA点とB)を要する。しかし、この場合にも食塩摂取量によって血圧はあまり変動しないので、高血圧ではあるが食塩摂取量に対して非感受性だ。ところが破線で示すように、高い排泄量を達成させるために高い血圧(1)を必要とする場合には食塩感受性と言われ、食塩の摂り過ぎで高血圧になる。このような人では減塩すると血圧の低下が顕著にあらわれ、減塩に対する効果が高い。
 圧−利尿機構で排泄される水は150200リットルにもなり、約1.5 kgもの食塩が排泄される。

ナトリウムの再吸収

 腎臓には図2に示すネフロンと呼ばれる腎臓の基本的な機能単位が2百万個ほどもある。ネフロンは腎小体と尿細管から成っており、ろ過、再吸収、濃縮が行われている。その様子をモデルで図3に示す。ナトリウムの再吸収は大部分Bの近位尿細管部分で行われる。Eの集合尿細管に行くまでにほとんど吸収され、最終的に摂取量に見合った量が排泄される。

      ネフロンの構造と尿の生成機構


     各ネフロン部位のナトリウム再吸収量

 腎小体は図2に示す毛細血管から成る糸球体がボーマン嚢で包まれている部分である。そこでろ過されるのは水分と分子量の小さい塩分、グルコース、アミノ酸、尿素などである。これらの成分を含む原尿(容量100)はボーマン嚢につながる尿細管を通る間に再吸収され、尿(容量1)となって集合管を通って膀胱に溜まる。
 原尿の成分事例を表1に示す。一度ろ過された量が再吸収によって尿中へ排泄される時には極端に少なくなっていることが分かる。ナトリウムイオン579 g4 gはそれぞれ食塩1,460 g10.1 gに相当する。通常、尿中にはグルコースはないが、血液中のグルコース濃度が高くなると、尿中にもグルコースが出てきて尿が甘くなることから糖尿病と言われるようになった。

表1 原尿成分のろ過量と尿中排泄量
物  質 糸球体でのろ過量 尿中への排泄量
180 リットル 1- 2 リットル
塩化物イオン 640 g 6.3 g
ナトリウムイオン 579 g 4 g
重炭酸イオン 275 g 0.03 g
グルコース 162 g 0 g
尿素 54 g 30 g
カルシウムイオン 29.6 g 2.0 g
尿酸 8.5 g 0.8 g
クレアチニン 1.6 g 1.6 g
「トートラ 人体解剖生理学」 p.537を改変。インターネットより引用

生体内の自然調整作用

原尿を作るところにはその水量やろ過物質の濃度を感知するセンサーがあり、それらの情報を輸出細動脈に伝える。これを受けた輸出細動脈はレニンを分泌して腎臓への血流を調節する。図2に示す輸入細動脈と輸出細動脈が接するところは糸球体へ流入・流出する血液、またはろ過される原尿の量や成分を調整する制御装置となっている。
 レニンはタンパク質分解酵素の一種であり、図4に示すレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系を通してアルドステロンを分泌させる。このことが血圧を上昇させることになる。

 レニンーアンジオテンシンーアルドステロン系と血圧

その過程を簡単に説明すると、腎臓から血液中に放出されたレニンは肝臓から出てくるアンジオテンシノーゲンに作用してアンジオテンシンTを作る。これは弱い血管収縮作用(これにより血圧が上昇する)を持つが、循環機能を変化させるほど強くない。しかし、これが肺からのアンジオテンシン変換酵素で強力な血管収縮作用を持つアンジオテンシンUに変わる。これは腎臓に作用し塩分と水分の排泄量を減少させるので、血液量が増加し血圧上昇につながる。このことからアンジオテンシン変換酵素の作用を阻害して血圧上昇を抑える降圧剤がある。アンジオテンシンUは副腎皮質からアルドステロンを分泌させる。アルドステロンの重要な働きは、尿細管から水分とナトリウム再吸収させ、体内の水分と電解質のバランスを制御することだ。ナトリウム再吸収でナトリウム排泄量が減り、体内にナトリウムが貯留し、血圧が上昇することになる。
 要するに生体ではさまざまな現象を感知する機能があり、その信号が作用系や物質に送られ、全体的な機能が正常に働くように自然に調整されている。そのどこかに障害が起これば疾患症状となって現れ、その原因が分かり対症薬があれば治療が可能となる。

減塩が促す食塩再吸収

 血液中のアルドステロン濃度は重要だ。慢性的に濃度が高いと心筋繊維症、腎損傷、動脈硬化などを引き起こすことを含めて心臓血管系に大きなマイナス要因となるからだ。
 最近の研究では、アメリカの食事ガイドラインで設定されている食塩摂取量を6 g/d以下に減塩した若者でアルドステロン濃度が上昇していることが分かった。十分な食塩を摂取できないので、食塩の再吸収を促すようにアルドステロン濃度が高くなる、と説明している。高アルドステロン濃度は老人を高血圧になり易くさせ、若者でも後の人生で高血圧になり易いことを予言している。
 減塩食はアルドステロン濃度の上昇を刺激するので、正常または高塩食の人々よりも低塩食の人々の方が心臓血管疾患になる結果を非常によく説明していると言う。
 以上のことからアメリカの食事ガイドラインで設定されている食塩摂取基準の6 g/dまで減塩することは不適切であるとも言われている。日本の減塩政策では、10 g/dの目標摂取量達成が近くなると、さらに低い目標値を設定することになろうが、どのレベルが適正か?
 今後の研究で明らかにしてもらいたい。