たばこ塩産業 塩事業版 2007.10.25
塩・話・解・題 31
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
食塩中の不純物塩類の味が及ぼす塩味の違いは?
食塩中にはいろいろな不純物が含まれているが、それぞれの塩類がどのような味を示すかについてはよく知られていない。コーネル大学のローレスらがカルシウム塩とマグネシウム塩について2003年に発表した論文から紹介する。
食塩中の主な不純物とは
食塩中の主な不純物塩類には、表に示すように塩田製塩由来で塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、塩化カリウムがあり、イオン交換膜製塩由来で塩化マグネシウム、硫酸カルシウム、塩化カルシウム、塩化カリウムがある。
市販食塩純度と不純物塩類の濃度 | |||||||
塩 種 | 結 合 計 算 に よ る 塩 類 濃 度 (%) | 備 考 | |||||
NaCl | CaSO4 | CaCl2 | MgCl2 | MgSO4 | KCl | ||
海水蒸発かん水濃縮による塩 | 71.94-97.21 | 0.10-3.92 | - | - or 0.41-8.64 | 0.36-7.10 | 0.10-2.41 | 塩田由来の塩に相当 |
イオン交換膜かん水濃縮による塩 | 85.37-99.60 | 0.01-0.19 | - or 0.03-0.52 | 0.06-1.85 | - or 0.82 | 0.08-5.34 | |
新野靖ら、日本調理科学会誌、36巻、305ページ、2003年より抜粋改変 |
にがりの主成分は塩化マグネシウムであるので、通常、食塩の不純物で一番多くなる。しかし、特殊製法塩の中には硫酸マグネシウムが析出するまで煮詰めている(約7%もある)商品もある。
マグネシウム塩/カルシウム塩 苦味など6項目の味質調査
ローレスらの実験では、28人(内女性11人)の健常者により22℃の溶液温度で官能検査を行った。カルシウム補給を実験目的とした二価の塩類の味覚調査であるので塩化カリウムは除外されている。硫酸カルシウムは溶解度が小さくほとんど味がないので除かれた。したがって、調べた塩類は硫酸マグネシウム(MgSO4)、塩化マグネシウム(MgCl2)、塩化カルシウム(CaCl2) である。これらの塩類の味質を苦味、塩味、金臭さ、甘味、酸味、旨味の6項目について調べている。
図1に苦味と塩味について示した。横軸がモル濃度になっているので、非常に分りにくいが、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウムの分子量はそれぞれ120.37、95.21、110.98であるから、目盛り0.01 Mはそれぞれ塩類の0.12、0.095、0.11%に当たる。横軸目盛りは10倍まで目盛られているので、1.2、0.95、1.1%のまでの濃度について調べている。大体、0.1〜1%濃度までの結果を表していると考えてよい。縦軸については、味質の平均認識強度を表している。
苦味については、いずれの塩類も濃度上昇に伴って苦味を強く感じるようになっており、硫酸マグネシウムが一番弱く、塩化マグネシウムと塩化カルシウムは同程度に苦味を感じているが、1%程度の濃度になると塩化カルシウムの方が苦く感じられている。
塩味については、マグネシウム塩はいずれも濃度上昇に係わらず感じられないが、カルシウム塩は0.7%位から濃度上昇に伴って強く塩味を感じている。
図2に金臭さ、甘味、酸味、旨味について示した。金臭さについては、塩化マグネシウムと塩化カルシウムで濃度上昇に伴って少し増加する傾向にあるが、一定の傾向ではない。甘味についての感度は弱く、いずれの塩類も濃度上昇に伴って変化していない。酸味についても甘味とほぼ同様であるといえる。旨味については、マグネシウム塩は甘味同様であるが、カルシウム塩はある濃度で少し旨味を感じる強度が強くなるが、濃度上昇に伴って強く感じられる訳ではない。
まとめとして
科学的な「味質の差」は...
3種類の塩類(不純物)の含有量が食塩の味質にどのような影響を与えるかについて考えてみよう。塩味は食塩の味であるので、考察から外すとして、考えてみる価値のある味質は苦味、金臭さ、塩化カルシウムの旨味であろう。この中で金臭さまでは食塩の味で良否の判定をされた事例はないと思われるので、最終的に苦味と旨味について考えてみる。
食塩の旨味についてイオン交換膜製塩法の食塩と比較して巷間で言われていることは、塩化カルシウムのない塩田製塩ベースの特殊製法塩についてであるので、これも除外する。残るは苦味についてだけである。表によると食塩の不純物として、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウムはそれぞれ最高7%、9%弱である。通常、澄まし汁で塩味が良いとされる濃度は1%弱である。これから考えて、その中の硫酸マグネシウムと塩化マグネシウムの濃度は1/10の1%弱となり、図1の苦味の0.1
M濃度付近の苦味強度に当たる。ただし、食塩中の両者の塩類含有量は最高の場合であって、通常はその1/10程度の濃度しかないので、塩辛さが主体の塩味に、これらの味質強度が食塩の美味さに関与していると考えるには無理があるように思われる。主観で判断される味覚の問題で味が良い悪いの論争は泥仕合になり、論争の判定には科学的な裏付けが必要である。個別の塩類で約1%濃度までの味質の変化を調べたこの実験結果から推定すると、特殊製法塩の塩とイオン交換膜製塩法の塩との間に味質の差が出てくるとは考えられない。