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たばこ塩産業 塩事業版 2002.10.25

Encyclopedia[塩百科] 15

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

海水氷と海洋深層水

 海水を凍らせた海水氷を鮮魚の輸送に使用すると鮮度が長く維持されると言う。先日もNHKが朝の放送で取り上げていた。料理家では人気があるらしい。8月末に富山で海洋深層水のセミナーがあり、海水氷が話題の一つになっていた。その時の内容も合わせて紹介しよう。

海水氷の製法・性質・用途
海水を凍らせる

 通常、海水を凍らせるためには塩分濃度による氷点降下の関係から-2℃、-3℃と0℃よりかなり低く冷やさなければならない。塩分濃度が高いほど低く冷やす必要がある。また、海水を凍らせると氷の中には塩分が入ってこない。このようなことから、出来た氷を分離して海水を濃縮する手段として冷凍法がある。
 したがって海水氷の場合には、如何にして氷の中に塩分を含ませるように海水氷を作るかが問題となる。それには冷却された製氷面に海水を流し、出来た氷を掻き落として濃縮された海水と混ぜシャーベット状の氷とし、それを-24℃以下に冷却すると固形の海水氷が出来るという。-24℃が海水の共晶点であるからそれ以下の温度にする必要がある。ちなみに食塩水(飽和濃度)の共晶点は-21.1℃である。この場合にも各塩類が飽和濃度まで濃縮されて氷に閉じこめられている。

海水氷を溶かす

 このような海水氷を解かすとき、海水濃度、組成で氷が解けるとすると、氷がある限り温度は-2℃に維持される。これは氷がある間の氷水の温度が0℃に維持される現象と同じである。
 海水氷は温度が低いので大気温度との温度差が大きく解けやすい。解けた時の温度は一定に維持されることはない。海水氷は、海水を冷凍濃縮して濃くなった海水を共晶点で氷としたものである。つまり氷結晶の中には塩分は含まれず、前述したように海水塩分を氷結晶で閉じ込めた形になっている。したがって、氷が解けるにしたがって濃縮されていた海水が次第に薄まってくることになり、それにつれて氷水の温度も上昇してくる。真水の氷では、解けても氷がある限り0℃という一定の温度に維持されるが、海水氷では理論的に例えば-2℃の一定温度に長い時間維持されることはない。しかし、真水氷では0℃にしか冷やせないが、海水氷では-2℃以下に冷やして維持できるメリットがある。

海水氷で魚を保存する

 海水氷で魚を保存すると、鮮度が長く維持される。温度が真水氷よりも低く維持されるためであろう。イカは取れたての赤い色が長く維持されるそうであるが、ブリは目が白濁し、魚体の色が黒ずんでくるので、店頭に出した場合の商品価値が落ちる。魚の種類によって適、不適があり、また、海水濃度も調節する必要があるという。
 この海水氷は海洋深層水で製造した物であるが、表層海水でも変わらないはずである。現在、海水氷を製造する所は何カ所かあるが、銚子漁港では日本最大の海水製氷工場があり、日産60トンの能力を持っている。ここの原料海水は岸壁から50メートルほど離れた工場の地下60メートルから汲み上げた浸透海水である。

深層水の優位性は未証明
海洋深層水の食品への利用

 富山県食品研究所と富山県工業技術センターは共同で海洋深層水を食塩水代替物のとして利用することを試みている。利用する食品によって食塩濃度が足りないときには精製塩で補い、過剰なときには水道水で薄めて使用している。に示す食品について試験製造し、精製塩または並塩で製造された製品との比較を官能検査で行った。その結果では差が認められなかった。分析値では主としてマグネシウム濃度に差が出ているが官能的にも歯ごたえなどの物性値についても差がなかった、と報告している。しかし、製造業者の意見では海洋深層水使用の製品の方が官能的に甘味を感ずると述べたそうである。先入観によるものであろうか。他の試験者の報告では物性値の相違もあるようで、まだ評価が定まっていないと言えるのかもしれない。

表1 濃縮深層水を用いた試作品の無機成分量
試作品種類 種  別 Na K Ca Mg Fe
蒲鉾 従来品 800 100 23 16 0.3
濃縮深層水使用 777 104 29 50 0.3
塩乾品(カマス) 従来品 923 601 25 43 10.3
焼き可食部 濃縮深層水使用 868 791 60 104 6.1
塩乾品(ししゃも) 従来品 798 264 527 40 1.6
濃縮深層水使用 568 264 369 66 1.3
ハム 従来品 780 210 8 21 1.0
濃縮深層水使用 700 280 11 43 0.8
乾麺(うどん) 従来品 1970 105 53 18 0.8
濃縮深層水使用 2000 131 69 74 1.0
乾麺(そば) 従来品 1050 234 32 86 8.9
濃縮深層水使用 352 233 44 128 4.7
餡(きんつば) 従来品 166 218 12 21 0.9
濃縮深層水使用 105 224 16 27 1.4

 このセミナーのレジメに述べられている次の記述には科学者、研究者としての矜持が感じられる。「現在、深層水の食品分野の利用に関しては数多くの商品が売り出され大きなブームになっているが、本報告を含めて、深層水が表層水と比較して優位性を科学的に証明した事例はほとんどない。また、機能性についてもほとんど科学的根拠が見あたらないのが現状である。(中略)一過性の深層水ブームに溺れないためにも深層水の真の優位性を科学的に証明する必要が我々研究機関に求められている。」

海洋深層水の化粧品への利用

 さる大手化粧品メーカー研究所の講演者によると、海洋深層水のスキンケア効果はあるが、それを発揮させるほどの濃度では使用できず、結局、海洋深層水使用の化粧品はイメージ商品である。この分野でもレジメで科学的かつ客観的データに乏しいと述べている。

海洋深層水の電解機能水としての利用

 海洋深層水の食品への利用についてはほとんど特許で押さえられており、後塵を拝している富山県としては電解水にして利用の道を探る研究をしている。富山県立大学では海洋深層水を電気分解して酸性水やアルカリ性水、次亜塩素酸水を発生させることにより殺菌作用を持つ機能水として水産や農業分野で利用することを考えた。
 実際の応用例としては魚市場の床面や魚の洗浄・殺菌であり、野菜や果樹の洗浄・殺菌である。電気分解水の殺菌効果事例では黄色ブドウ状菌、大腸菌、ビブリオ菌、サルモネラ菌などが105106個/mlレベルであった試料がいずれもゼロになっていた。また、各種カット野菜の殺菌効果では、食塩水の電解水より殺菌作用が高いことが認められているが、その理由は分かっていない。しかし、表層水との比較はしていない模様で、この現象が海洋深層水の特徴であるのかどうか明らかでない。

商業主義に惑わされずに現象解明を

 以上、海水氷に始まって海洋深層水の食品加工分野への利用の現状と効果をセミナーからの情報を基にして紹介したが、科学的データや根拠が今一つ明確ではない。商業主義からいろいろと魔法の水のごとく言われているが、現象解明への研究を進めていくと化けの皮が剥がれて、この分野への利用効果は表層水でも同じであるとのデータが積み上がって来るのではないかと思っている。清澄性、富栄養性、低温性以外の海水組成のことについては食品加工に影響を及ぼすほどの差は、表層水との間にはないからである。

        深層水取水口