たばこ塩産業 塩事業版 2002.06.25

Encyclopedia[塩百科] 11

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

海洋深層水の豊かな可能性

 今や海洋深層水ブームである。全国各地で海洋深層水を汲み上げ、利用の道を探る研究開発が盛んに行われている。沖縄の那覇市から西方へ約100 km離れた久米島でも612 mの深さから海洋深層水を汲み上げ、いろいろな用途開発の研究をしている沖縄県海洋深層水研究所がある。先月紹介した海水淡水化装置見学の折りに、この研究所も見学する機会に恵まれた。最近出版された図書「−21世紀の循環型資源 海洋深層水の利用」によると、海洋深層水の利用技術研究は1976年から海洋科学技術センターで始められたようである。沖縄の状況を紹介しよう。

低水温で細菌が少なく窒素など栄養塩類が豊富

  この研究所は平成126月に開所したばかりである。水深612 mの深さから13,000トン/日の深層水取水と15 mの深さから13,000トン/日の表層水取水を行っている。研究施設としては水産分野と農業分野の施設を持っている。
 配布されたパンフレットの海洋深層水研究開発事業概要書によると、深層水については次のように説明されている。太陽の届かない、水深200 m300 mより深い海は、植物プランクトンの光合成が出来ず、窒素など栄養塩類が豊富に含まれ、また、水温が低く、細菌が非常に少ない海水となっている。

水産深層水協議会では「大体200 m以下の海水」
  しかし、海洋学では深層水とは水深1,0006,000 mにある海水を言い、200 m300 mでは漸深層水と言っている。深層水を利用した商品が出回り学問上の定義と混乱を来してきたことから、水産深層水協議会は昨年4月に深層水を「光合成による有機物生産が行われず、分解が卓越し、かつ冬季の鉛直混合の到達深度の海洋水」と定義した。少し解りにくい表現になっているが、光合成で有機物が出来ず、有機物の分解が行われず、冬季の海水密度差による上下混合が到達する深度(大体200m)以下の海水としている。

水産・農業・工業の他、医療や観光分野にまで

 研究所の基本的な研究方向としては、水産分野では、深層水と表層水を利用した適水温管理を行い、深層水の清浄性、富栄養性を利用して水産動植物の陸上養殖技術の開発を行う。特に車エビの母エビ供給体制の早期確立を図る。
  農業分野では、低水温を利用して、土壌や養液を冷やし、野菜・花卉の周年安定生産と開花時期調整による果樹、花卉等の高付加価値作物の栽培などの技術開発を行う。
 工業分野では、富栄養性、清浄性を利用し、企業と連携して自然塩、食品添加物、化粧品等の商品開発を行う。
 その他、海洋深層水を利用しての医療機関による医療分野への研究(アトピー等)や海洋療法(タラソテラピー)による健康リゾートなど、観光への貢献が期待される。
  −以上のように述べられており、すでにいくつかの成果をあげている。

       海洋深層水の多段利用の概念図

養殖試験で深層水の富栄養性が一目瞭然

  表層水に深層水を混入する比率を高めて透明プラスチックの水槽でオゴノリの養殖試験をしていたが、一見して深層水の富栄養性が分かった。100%表層水では着色が悪く褪せたような黄色になって全然育ちが悪く、弱々しく水槽内を回転していた。100%深層水ではオゴノリが赤黒くたくましく育って水槽内をぎっしりと満たして回転しており、こんなにも違うものかと思った。

         オゴノリの

     オゴノリの養殖試験 左側から表層水に深層水を0, 0.25, 0.50, 0.75, 1の割合で混合
           注:原紙はカラー印刷ではありません。

無限の新たな資源を幅広く利用する時代へ

 研究所では海洋深層水を逆浸透法で淡水化し、淡水と濃縮された海水を試験済み品として民間会社に分水している。民間会社では濃縮海水を平釜でさらに濃縮して塩を取り、「海洋深層水 ○○の塩」として販売し、残った苦汁を淡水に混ぜて硬度2501000のミネラル水に調節して「海洋深層水 ○○の水」として商品化されていた。○○の水を試飲したところ、硬度250の製品は抵抗感なく飲めたが、1000についてはそのままでは飲みづらく、薄めて使用することになろう。
  海洋深層水は無限にある新たな資源として今後幅広く利用される新しい時代が来る。

          低温水耕栽培用の試験施設

          低温水耕栽培用の試験施設−土中に冷却用配管がある

           深層水で製造した乾燥中の塩

                    深層水で製造した乾燥中の塩

わが国周辺海域の表層と深層の海水の潜在的藻類生産力とその水質
調査年月日 1976.10.23 1977.4.26 1977.6.4
採水調査点 舞鶴沖合 駿河湾富士沖合 伊豆大島沖合
採水深度(m) 0.5 500 0.5 500 0.5 500
潜在的藻類生産力* (×104細胞・ml-1) 2.9 32 9.0 45.6 2.8 37.2
現場水温(℃) 20.4 0.3 17 6.5 21.6 5.7
塩分(PSU) 33.307 34.155 33.613 34.431 34.606 34.384
pH 8.2 7.7 8.2 7.6 8.1 7.7
溶存有機炭素濃度(mgC・1-1) 1.5 0.6 1.1 0.7 0.6 0.6
無機栄養塩類(μM)
●リン酸塩(PO4-P) 0.2 1.5 0.2 2.2 0.2 2.3
●ケイ酸塩(SiO2-Si) 7.7 112.2 20.0 74.9 8.3 91.5
●硝酸塩(NO3-N) 0.3 25,0 1.3 30.6 0.3 26.8
●亜硝酸塩(NO2-N) 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3
●アンモニア(NH4-N) 0.8 0.7 6.1 3.3 2.2 1.1
* 珪藻Skeletonema costatumを試験株として用いた。
中島敏光「海洋深層水の利用」(2002)より一部抜粋