たばこ塩産業 塩事業版 2001.09.25

Encyclopedia[塩百科] 2

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

動物飼育と塩の役割

 人間にとって塩が必須なように、動物にとっても塩は必須なものである。技術開発によって人間は塩を自由に摂れるようになったが、動物はそうではない。野生動物のように自ら塩を求めて彷徨(さまよ)うか、飼育動物のように人間から与えられるかのどちらかである。したがって、人間には塩飢餓はないが、動物にはある。そのような時に動物はどのような行動をとるか、塩欠乏および塩とともに与えるミネラル欠乏の結果どのようになるか、調べてみた。

動物栄養における塩の役割

 動物における塩の生理的役割は、人間と同じように体液の浸透圧の維持、体液量の調整、食べ物の消化吸収、神経伝達などである。動物の餌は草食動物では植物であり、肉食動物では動物である。植物にはナトリウムや塩化物があまり含まれていないので、塩の補給が動物の栄養で重要な要素となる。このようなことから動物では明らかな行動として塩欲求が現れる。塩を求めて彷徨し、岩を舐め、木をかじり土を食べ、汗や尿を舐めるようになる。人間から推測されることであるが、塩味があれば旨くもない物でも食べられることによって必要な栄養素を摂れるし、塩味のあるなしで食べ物を食べる量が自ずと決まる。塩欠乏が続くと、食欲を失い痩せて、乳牛では乳が出なくなり、やがて死んでしまう。このようなことから飼育動物では動物の健康管理、生産性向上の観点から塩を飼料に混ぜ、あるいは自由に舐めさせるようにし、塩と一緒に不足しがちなミネラルを強化して与える。以下、個別の動物について述べる。

動物は自然に塩を欲しがる

塩欠乏は健康に大きく影響

肉牛 経済的な損失を被る
 肉牛の総生産費の約70%は飼料代である。塩が不足した飼料では、塩欠乏症が現れる前に大きな経済的損失を被る。生産性が半減することがある。塩欠乏の最初の兆候は異常な塩欲求を示すことである。牛は石、木材、土、他の牛の汗を舐めるようになる。そのような兆候が見られなくても餌を食べなくなり、毛並みが悪く元気がなくなる。痩せてやがて死んでしまう。
  乳牛はより多くの塩を必要とする。乳の中に約0.06%のナトリウムを含むからである。成長期の牛では餌の中に約0.2%、乳牛では約0.25%の塩が必要である。自由に塩を舐められるように与える方がよい。塩を摂り過ぎれば水をよく飲むようになるし、それにより腎臓結石や尿道結石を減らせる。

 影響の利用効率が悪い
 羊でも牛と同じように塩欲求を示す。塩摂取量が不足すると、餌を食べなくなり栄養の利用効率が悪くなる。その結果、乳の出が悪くなったり、羊毛の生産量が低下したり、繁殖率が低下する。ひどい欠乏では死に至る。
 塩を与えると飼料効率が増加し飼料代が減り、羊毛の生産量も増加する。牛と同じように塩の塊を舐めさせるようにすると良い。
 餌の中に0.66%から12.8%まで4段階のレベルで塩を入れた試験では、特段の影響はなかった。

山羊 兆候は食欲が衰える
 山羊の塩欠乏の兆候は絶えず舐め回り、落ち着きがなく毛につやがなくなり、食欲が衰え成長が悪くなり、授乳期ではやつれがひどくなる。塩の与えかたは牛や羊と同じである。餌に0.5-1.0%の塩を加え、放牧されておれば自由に塩を舐めさせる。

乳牛 塩欠乏はすぐ現れる
 乳の中に塩化ナトリウムは排出されるので、牛乳の最適生産には塩化ナトリウムが重要な栄養素となる。その上、乳牛はナトリウムが少なくてカリウムの多い飼草を沢山食べるので、塩欠乏はすぐ現れる。
 塩欠乏は次のようにして現れる。最初の兆候は2週間以内から4週間までに塩を欲しがる様子が見られる。2ヶ月後には、牛舎の世話をする人の手や衣服を舐めたり、尿や厩肥から流れ出た液が浸みている土を食べ、牛舎の壁を舐め、他の牛が放尿している尿を飲むようになる。この時には食欲はなくなり体重は減り、食べなくなる牛も出てくる。食欲が低下するに連れて乳の出も減ってくる。牛はやせ衰えてもの憂げになり、皮膚(特に首周り)はかさかさになり、毛はバサバサになる。最終的には震えが来て後ろ足がもつれ、弱って心臓が異常になり、体温が下がって死ぬ。
 塩化ナトリウムの要求量は乾物飼料の0.46%位である。

          塩塊をなめる牛

 塩欠乏は飼料効率低下
 塩欠乏は飼料効率を低下させ、塩を求めて建物を舐めまわす。飼料に0.2%の塩を加えることで塩欠乏は解消される。

 食欲低下成長不良に
 塩欠乏になると、かいば桶、垣根、排泄物、岩などを舐めたり、かじったりするようになる。食欲低下から成長不良を起こし、毛並みが荒れてくる。他の動物よりも大量の汗(0.7%の塩を含む)によって塩は失われるので、運動や暑さに対して塩の要求度は高くなる。飼料に0.5-1.0%の塩を加える。自由に舐めさせるのも良い。

家禽 体重減り産卵が低下
 塩欠乏は餌の摂取量を低下させ、体重が減り、産卵が低下し、卵の大きさが小さくなり、ブロイラーでは成長が遅くなる。免疫系を抑制し病気になりやすくなる。
  飼料には0.25-0.5%の塩を加える。家禽の種類や成長段階、環境条件によって異なる。

塩は微量元素の運び役

 以上、いろいろな飼育動物における塩欠乏の状態と餌にどれくらいの塩を加えれば良いかについて述べた。動物に塩を与える場合、塩と一緒に必要な微量元素を与える。これはアメリカの場合であるが、動物の飼料に補給する微量元素は7種類である。すなわち、鉄、銅、亜鉛、マンガン、コバルト、ヨード、セレンである。飼料となる草や穀物が育つ土壌中にこれらの微量元素があるかないかで補給すべきかどうかが決まる。動物は自然に塩を欲しがる。舐めさせる塩ブロックの中に微量元素のミネラルを入れておけば、もっとも効果的な方法で供給でき、それらミネラルの欠乏症を起こすことはない。以下、個別のミネラルの役割と欠乏症について簡単に述べる。

7種類の微量元素を補給

塩ブロックにミネラルを

 欠乏症は成長不良など
 鉄は赤血球のヘモグロビン、筋肉のミオグロビン、肝臓・脾臓・その他組織の中にある。鉄は酸素輸送や酸化工程に関与する酵素で役割を果たしている。鉄欠乏症は成長不良、食欲低下、元気のなさ、毛並みの荒れ、無酸素症、皮膚のしわ、粘膜の赤味喪失、低色素性貧血、心臓・脾臓肥大、脂肪肝・腹水の増大、荒い息づかい、感染に対する抵抗性低下などである。

 欠乏症は鉄の移動を抑制
 銅は鉄代謝、エラスチンやコラーゲンの生成、メラニン生産、中枢神経系の保全などと関係した酵素活性に必要である。銅は骨生成、脳細胞の有髄化にも必要で、免疫応答の最適化にも関係している。銅欠乏症は鉄の移動を抑制し、造血を異常にし、角質化を抑制し、エラスチンやミエリン、コラーゲンの合成を低下させる。下痢や乳生産低下、産卵低下、成長阻害や体重低下、毛並みの荒れを起こし、足が弱くなり、湾曲したり歩行リズムが取れなくなる。ひどくなると小赤血球性貧血、低血色素貧血、大動脈破裂、心臓肥大を起こし、急性心不全や貧血で突然死する。

亜鉛 食欲不振
 亜鉛は飼料成分の代謝に関連した多くの酵素系に必要である。また通常のタンパク質の合成や代謝、炭水化物の代謝にも必要である。動物に見られる亜鉛欠乏症の症状は、疥癬の状態、鼻や口の粘膜炎症と出血、食欲不振、元気のなさ、毛並みの荒れ、脱毛、歯ぎしり、体重低下、成長不良、多量のよだれ、性機能不全などである。

ヨード 甲状腺を正常化
 ヨードは甲状腺の機能正常化に必要である。ヨード欠乏症は甲状腺腫の原因となる。ヨード欠乏症の母親から生まれた子供は皮膚が厚く、首が太く、甲状腺が肥大しており、毛がなく、膨れたように見える。死産か数時間内に死ぬ。

コバルト 欠乏症は食欲不振
 コバルトはビタミンB12の成分として知られており、反芻胃の中で微生物によりビタミンB12を合成するために必要である。コバルト欠乏症は食欲不振、成長不良、乳の生産低下として現れる。ひどくなると筋肉が落ち憔悴して、皮膚や粘膜は白っぽくなり、毛並みは荒れ、歩行出来なくなる。反芻胃を持ってない動物ではコバルト欠乏症は見られない。

マンガン 酵素を活性化する
 マンガンは硫酸コンドロイチンの合成に必要である。多糖や糖タンパク質の合成に必要な多くの酵素はマンガンで活性化される。マンガンは炭水化物代謝の重要な金属酵素の鍵となる成分である。脂質代謝でもマンガンに依存している。
マンガン欠乏症は家禽では飛節症を引き起こし、産卵が減り、殻が軟らかくなり、胚は死んでいる。家畜では成長不良、骨格異常、繁殖不良、異常児出産などが生ずる。

セレン 過酸化物を分解
 セレンはグルタチオン過酸化酵素の重要な成分である。この酵素は生体に危害を与える過酸化物を分解する。免疫応答の増加にも重要な役割を果たしているし、硫黄含有アミノ酸の合成にも重要である。セレン欠乏症は肝臓壊死、結腸・肺・皮下組織・胃の粘膜下組織の浮腫を起こす。心筋・骨格筋の壊死、心不全、後脚の麻痺なども生じる。
 以上はアメリカ塩協会の資料、ラリー・バーガー著「家畜、家禽、他の動物のための塩と微量ミネラル」を参考に紹介した。