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たばこ塩産業 塩事業版  2001.05.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

科学的事実からみた「自然塩」

 

  先日、クイズ形式のあるテレビ番組で、「減塩ブームのうそ」と「自然塩ブーム」についての放映がありました。番組中では『ミネラル・バランスの良く取れた質の良い塩(自然海塩と言ってましたが)を摂ることが大切』であるとし、その塩で1%の塩水を作り、目に差すと視力が上がったり、飲用するとそれまでドロドロだった血液がサラサラになったりと、「画期的発見」のようなニュアンスで、大々的に取り上げていました。これまで本欄を読んできた者としては「えーっ」と眉につばを付けたくなりますが、回答者のお考えはいかがでしょうか?また、塩を摂取させた実験で、血圧が上がらなかった理由を自然塩に含まれるミネラルの効果としていましたが、そのへんはいかがでしょうか?
                                     (千葉県・消費者)

 新しく始まった番組で塩が取り上げられました。塩に関して常識に反したり、考えられないことを取り上げて問題に出し、種明かしをしたところで「えーっ」と思わせる趣向です。テレビ番組でしたので、限られた短い時間内に視聴者の印象に強く訴える話題や実験で番組を進めていますので、解りにくかった点があったと思います。全体的には自然塩礼賛のスタンスで内容がまとめられておりましたので、「それ本当?」と言う感じを受けたところが多かったと思いますが、科学的な根拠に基づいて考えてみました。

減塩が必要なのは一部の人々

 減塩ブームが始まったのはアメリカでは1960年代で、日本では1970年代からです。ダールの疫学調査が食塩摂取量と高血圧発症率の関係を示唆する結果を示したからです。テレビで紹介されたようにメーネリーのネズミによる実験もありましたが、ネズミによる実験結果では減塩に踏み切るほどのインパクトはありません。人間による実験結果が物を言います。1960年代にダールや岡本らが、ラットで食塩摂取量によって高血圧になる食塩感受性ラットや食塩摂取量が多くなくても自然に高血圧になるラット(食塩摂取量が多いと高血圧発症率が高くなる)がいることを発表し、1970年代に川崎が、人間でもラットと同じ現象があることを発表してから、政府が減塩に取組む保健政策を開始しました。
 ゲストで出演していた先生は「すべての人が減塩する必要はありません」と言っていましたが、裏を返せば、「一部の人(食塩感受性の人、腎臓疾患のある人など)は減塩する必要があります」と言う意味でしたら正しいのです。

「自然塩で血圧低下」は無理

 メーネリーはネズミに6ヶ月間、1日当たり30 g(人間では300 gに相当)の食塩(これは3 gではないかと思います。単位体重当たりで考えますので、30 gの摂取量とすると体重60 kgの人間に換算すると桁がkgの単位になります)を食べさせて、40%が高血圧になったことを紹介していました。人間による最高の食塩負荷実験は、ルフトが3日間、88 gの食塩を食べさせたものです。この実験で47 g以上の食塩を食べさせると健康な人でも血圧上昇を示しました。
 テレビで1日当たり20 gの自然塩を5人の人に1週間食べさせて、血圧は上昇せず、逆に下がった人がいることを紹介していました。実験を行った試料数が少ないので、血圧上昇を示した人がいなかったものと思います。一般に減塩実験でも、減塩の効果を表す血圧変化はベル型(正規分布)で現れ、減塩で血圧が下がる人の数と同じ数ほど逆に血圧が上がる人がおり、多くの人では変化がありません。
 テレビでは、血圧上昇がなかった理由を自然塩のせい、つまり自然塩中のナトリウム以外のミネラルのせいと、推定していました。自然塩の中にはマグネシウム、カルシウム、カリウムなどがありますが、その量は少なく、20 gの自然塩中にあるそれらの量を計算すればすぐ解りますが、放送された中でこれらのミネラルが一番多い例でも、併せて1 gにも満たないような量にしかなりません。したがって、それだけの物に血圧を下げる特効薬的な効果があるとはとても考えられません。何か別な理由でそのような結果が出たものと思われますが、それを自然塩のせいにすることには無理があります。ちなみに、それぞれのミネラルが血圧に及ぼす影響については現在、次のように評価されています。
  マグネシウム摂取量と高血圧発症率との間には関係ありとする研究と、関係なしとする研究がありますが、現在、血圧を下げるためにマグネシウム摂取量の増加を勧めることを正当化するデータはありません。カルシウム摂取量と血圧についても基本的にはマグネシウムと同じとされております。しかし、カルシウム補給は収縮期血圧をわずかに低下させますが、拡張期血圧には関係ありません、との報告もあります。カリウム補給は血圧低下を低下させるとされています。カリウムには血管平滑筋の拡張作用とナトリウム利尿亢進作用があるように言われますが、専門書では少し触れる程度で、あまり明確には書かれていません。通常、ナトリウム摂取量に対してカリウム摂取量の方がずっと少ないことから、1対1くらいの摂取量にすると良いという意見があります。

自然塩の組成をチェック

 塩の量そのものの問題ではなく、ミネラル・バランスの良く取れた質の良い塩を摂ることが大切とのことでしたが、ミネラル・バランスの良い塩とはどういう塩でしょうか。それはテレビで言っていた自然海塩を指しているようです。この自然海塩とは海水を濃縮して作った塩のようです。生命は海から誕生したので、人間は体内に海水を持っていると考えられるところから体液は海水と同じ様な組成であり、胎児が母胎内で育つ環境の羊水も海水と同じ様な組成を持っているので、それに近い組成を示す自然海塩がミネラル・バランスの良く取れた質の良い塩であるとする考え方です。
 そこで海水、羊水、体液(血漿)、各種塩製品のミネラル組成を比較してに示しました。各種塩製品のミネラル組成はテレビで放送された値を示しましたが、表示が不明確でしたので、それぞれ元素に換算し、海水、羊水、体液とも同じレベルで比較できるようにするため、ナトリウムを基準にして、それとの比を計算し、その値を( )内に示しました。( )内の値同士で比較すると、それぞれの物質が組成的にどれほど似ているか違っているかが判ります。

海水、羊水、体液(血漿)、各種塩製品のミネラル(イオン)組成比較

 
海水、羊水、血漿の比較では、ナトリウムとの比で見ると、海水中にマグネシウムが桁違いに多いことが分かります。カルシウム、カリウムについては、それほど大きな比の違いとはなっていません。
  塩になると比の値は大きく違ってきます。通常、桁が違うほどの違いが出てきますが、ピュアボンインソルトのようににがり成分がかなりありますと、当然のこととして違いも小さくなってきます。海水から塩を作るということは、基本的には海水から塩を分離するということですから、塩化ナトリウム以外の成分は少なくなります。
 さて、このように比較できるようにして示しましたが、みなさんは海水、羊水、血漿、ピュアボンインソルト(自然海水塩)の組成が同じようなものと見ますか、それとも思っていたこととは随分違うと見ますか、どちらでしょうか?
  海から生命が誕生して、最初の生物の体液は海水の組成とほぼ同じであったとしても、長い間の進化の過程で生存環境に適したように体液の組成は変わってきているのではないでしょうか。
  生物の種類によって体液の組成は異なりますし、一目で分かる生物の形も海中の生物と陸上の生物ではぜんぜん違います。
  このように考えてみると、塩が海水の組成に近い、ということにどれだけ人体に対して優位性があるのでしょうか。

赤血球が球状に膨らむ理由

番組では、1%自然海水塩溶液の点滴効果で視力が良くなることも紹介されました。これについては誰でも体験できることですから、いろいろな塩の溶液で試してみて下さい。解説者が言っていたことは考えられることですが、それが自然海塩でなければならないかどうかについては疑問です。
 もう一つの効果である1%自然海塩溶液を400 cc飲むことにより凝集した赤血球の分散で血液がサラサラになり、血液の流れが良くなることについて考えてみます。この場合も自然海水塩でなければ赤血球は分散しないのでしょうか?これは水だけの場合、ナトリウム以外のミネラルが少ない塩溶液の場合、自然海水塩溶液の場合と3者を比較して示してくれるとよかったのですが、テレビで見せられた限りでは納得できません。
 血液中の塩分濃度は1%より少し薄いのですが、その濃度は腎臓の働きにより絶えず同じ濃度に維持されています。そうしないと浸透圧が変わり、細胞が膨らんだり縮んだりして、細胞の生理機能が影響を受けるからです。テレビで見た赤血球がつぶれて丸い煎餅状になって凝集している状態では、血液が濃くなって浸透圧が上る工程が進み、それを防ぐために赤血球細胞から水が外に出て浸透圧を一定に保っていると考えられます。この状態で水を飲めば、腸から吸収された水は血液中に入り、血液は薄まり、塩分濃度を維持するためにまず赤血球の中に水が取り込まれ、赤血球は球状に膨らみ、さらに余分な水は腎臓で排泄されます。1%の食塩溶液を飲んだときには、1%の食塩溶液が血液中に補給されますので、血液中の塩分濃度は上昇し、浸透圧と維持するために喉が渇く信号が発せられ余計に水を飲みたくなるはずで、赤血球が丸く膨らむことは考えられません。これは塩辛い海水を飲むと喉が渇き水を飲みたくなることと同じです。したがって、1%の自然海水塩を飲んでも同じことが考えられ、ナトリウム以外のわずかなミネラルがあるからと言って、赤血球が水を吸収して膨らむことは考えられません。
  放送の最後に「塩の摂りすぎには注意しましょう」とわざわざ言っておりましたが、「減塩ブームのうそ」との関係で「あれあれ…」という感じでした。せっかくのテーマのインパクトを削ぎ、相変わらずの言葉で締めくくっていたことには失望しました。十把一絡げの論調ではなく、科学的事実に基づいた是々非々の論調が望まれます。