たばこ塩産業 塩事業版  2001.02.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

リンゲル液に塩が使われている理由

 

先日、親しい知人がちょっとしたことで入院しました。お見舞いに行っていろいろ話しているうち、医師に大きな瓶の点滴注射をされ、後で聞いたら「リンゲル液」だったとのこと。「生理的食塩水のようなもの」と聞かされ安心したという話でしたが、よく聞くと、生理的食塩水が蒸留水に塩化ナトリウムを加えたものであるのに対し、リンゲル液は塩化ナトリウム以外のミネラル等を加え、体液に近い濃度にしたものだそうです。現在ではさらにブドウ糖を加え、改良したものが普及しているとのことですが、そもそもリンゲル液に塩が使われるのはどういう理由によるのでしょうか? また、腎臓透析でも透析液の中に塩が入っているそうですが、関連などはありますか?         (宮城県・塩販売店)

 「塩は生きとして生ける生物(動物)の生命を維持するために代替物のない物質である。」と言われます。どうしてでしょうか?生理的食塩水という言葉もありますし、ご質問にあるようにリンゲル液にも、腎臓透析に用いられる透析液にも塩は入っており、欠かせません。どうしてでしょうか?その辺りを解説してみたいと思います。

体液の組成

電解質バランスを保ち細胞が正常な機能を果たす
 これからお話しする生物には人間を例に取ります。成人では体重の約60%が水分で占められております。その内訳は40%が細胞内に、20%が細胞外にありまして、それぞれ細胞内液、細胞外液と言われております。細胞外液の約1/4は血管内にある血漿ですし、3/4は組織間液です。
 細胞内液、細胞外液(血清、組織間液)のそれぞれの成分組成は表-1に示すとおりです。細胞外液には塩の成分であるナトリウム・イオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)が沢山あり、細胞内液には塩は少なく、その代わりにカリウム・イオン(K+)とリン酸イオン(HPO42-)が沢山あります。これらの物質の濃度は腎臓の働きにより、絶えず一定に維持されています。腎臓により恒常性が保たれていると言います。あるいは電解質(ナトリウムやカリウム・イオン、塩化物イオンなどのこと)バランスが取れていると言いまして、細胞が正常な機能を果たすことに役立っています。細胞を正常に機能させるには浸透圧が重要になります。細胞の内と外でそれぞれの液濃度が一定に維持されているということは、浸透圧が一定に維持されていることになります。これらの電解質濃度が細胞内と外の液の浸透圧を決めることになります。浸透圧が細胞の内も外も同じに値に維持されていることから、細胞の大きさが一定に保たれ、正常に働くのです。浸透圧の値に差がありますと細胞は大きく水膨れのようになるか、しぼんで干しぶどうのようになってしまいます。

表-1 血清、組織間液、生理的食塩水、リンゲル液、透析液の比較
Na+ K+ Ca2+ Mg2+ Cl- HCO3- HPO42- 酢酸 ブドウ糖mg/dℓ 浸透圧mOsm/ℓ
mEq/ℓ
細胞内液 14 157 26 10 110
血清 144 4.2 5 1.7 103 25 85 286
組織間液 144 4 3 2 114 30
生理的食塩水 154 154
リンゲル液 147 4 5 156
透析液 (キンダリー2P号) 140 2 3 1.0 110 30 8 100 298

輸液

リンゲル液の組成は細胞外液の組成に似せ主成分は塩
 例えば多量の出血、発熱による発汗、下痢などによる多量の水分損失があると、それに伴って電解質損失が起こりますので電解質バランスは崩れてしまいます。血液量が減れば、血圧は下がり腎臓から老廃物を排泄できなくなります。当面は交換性のナトリウムが補給されて恒常性を維持するように生体は働きますが、迅速な手当をしないと重大な危機を招きます。この時の手当が生理的食塩水やリンゲル液などの補給で、輸液と言われます。代表的なリンゲル液の組成を表に示しました。
 輸液の第一目標は、血液、組織間液で失われている電解質や水分を補給することです。したがって、リンゲル液の組成は細胞外液の組成に似せて、電解質バランスが崩れないようにしなければなりません。このことからリンゲル液の主成分は塩と言うことになります。
 電解質バランスが崩れる原因は表-2に示すようにいくつかあり、原因を確しかめて状況を把握すれば、どのような組成の輸液をどの程度すれば効果的があるかが分かります。電解質バランスが崩れる原因の中に細胞崩壊による高カリウム血症があります。地震などの災害時には、これより恐ろしいことが起こることがあります。最近読んだ記事(「諸君」200011月号56ページ)にこれに該当することが書いてありました。少し長くなりますが途中をはしょりながら必要なところだけを引用します。

表-2 電解質異常の主な原因
原       因
高ナトリウム血症 尿崩症、水欠乏、ナトリウム過剰摂取など
低ナトリウム血症 嘔吐、下痢、熱傷、塩類利尿剤、副腎不全など
高カリウム血症 細胞崩壊、腎不全、カリウム過剰投与、副腎不全など
低カリウム血症 カリウム投与不足、利尿剤、嘔吐、下痢など

〈阪神・淡路大震災での教訓として、医療や救急現場が想像もしなかった驚くべき人体の驚異がある。長時間家屋の下敷きになっていた被災者が病院に収容され、外傷もなく、全身状態が回復していた患者の心臓が、突然止まってしまうという奇怪な現象が連続した。後の調査で、この疾患が「挫滅外傷症候群」であることが分かった。簡単に言えば、この病気には、三種類の疾患が警告されている。一つは、「再環流障害」というもので、物の下敷きになり細胞が破壊されたことにより大量のカリウムが放出され、心臓を直撃することにより心停止してしまう症状。前述した症例がまさにこれだ。〉

血液透析

塩の特性を生かし腎臓機能障害がある患者に透析治療
 腎臓の機能に障害があり、腎臓が血液中の水分、ミネラル、老廃物などを排泄できなくなると体液の恒常性を維持できなくなりますので人工腎臓による血液透析が必要となります。人工腎臓は透析膜で出来た装置です。に示すように透析膜には小さな孔があいており、そこから水分、電解質、老廃物などが出ていきます。赤血球のような大きな粒子は出ることができません。透析膜はホローファイバーといって直径が約250μmという縫い針の半分ほどの太さという非常に細いチューブの形になっています。これを8千2万本くらい束ねてあります。ホローファイバーになってから透析膜の面積が大きくなり、装置が小型になるとともに効率も非常に良くなりました。
血液透析に使用される透析膜チューブの物質出入り
 血液透析は透析膜を通して物質が拡散していくことによって行われます。拡散というのは水に落としたインクが次第に広がっていくように、水の中で濃度の濃い物質がうすくなろうと広がっていくことです。つまり血液中の濃い物質が薄まろうとして透析液の方へ出て行くわけです。したがって透析液成分の考え方としては、①体内から取り除きたい物、例えば尿素やクレアチニンは全く含まないようにする、②体内から少量だけ取り除きたいもの、例えばナトリウムやカリウムは血液の含有量よりもやや少なくしておく、③浸透圧を血液とほぼ同じにするか、またはやや高めにします。こうすることにより血液中の水分を適当に除くことが出来ます。
 血液透析を受ける人は食塩の摂取量を制限されますので、透析液中のナトリウム濃度を下げて食塩を排泄しやすくすればと思うのですが、10%程度下げるのがせいぜいで、それ以上大きく下げると全身に脱力感が生じ、頭痛が強くなったり、嘔吐したり、目眩がしてフラフラするようになるそうです。
 血液透析は一般的に週3回行われ、一回につき4~5時間かかります。電解質バランスを崩さないように、濃度差や浸透圧の差を小さくしてゆっくりと排泄させていくために長い時間が必要なのです。透析液の流量は400500 ml/分です。透析治療を受けている患者は毎年7千8千人ずつ増えているそうで、今では20万人近くいるのではないでしょうか。透析治療により10年、20年と延命できるようになりました。まさに塩は命の源ですね。