たばこ塩産業 塩事業版  2000.11.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

「アスベスト隔膜法」って何?

 

 「日本は世界一の“塩輸入大国”」の欄で、「昔の製法であるアスベスト隔膜法では……」との一節がありました。(日本の)製塩法は入浜式から流下式の塩田製塩、そして塩田製塩からイオン交換膜製塩法へ、と理解していたのですが、その間にいろいろ、他の製塩法もあったのでしょうか?それとも、「アスベスト隔膜法」とはソーダ工業用のかん水を作るための製法なのでしょうか?その辺の整理も含めて、解説をお願いします。                                       (東京都・塩販売店)

 製塩でもソーダ工業でもイオン交換膜を使います。製塩法の歴史はご認識の通り入浜式塩田から流下式塩田を経てイオン交換膜製塩法へと歩んできました。ソーダ工業の歴史では食塩電解法としてアスベスト隔膜電解法から水銀電解法を経てイオン交換膜電解法へと歩んできました。したがって、アスベスト隔膜法とは食塩電解法の一つで、かん水中の食塩を電気分解してカ性ソーダを作る方法です。副産物として塩素、水素ができます。食塩電解法の原理や技術的な歴史とともに製塩とソーダ工業に使われるイオン交換膜法の相違について簡単に述べましょう。

食塩を電気分解すると

 塩は化学記号でNaClと書きます。ナトリウム(Na)と塩素(Cl)が結合した物質です。この結合はイオン結合と言われますように、水に溶けますとナトリウム・イオン(+に帯電)と塩素イオン(−に帯電)に分かれて+と−のイオンとして存在します。
  塩水の中に電極を入れて直流電流を流すと、+イオン(Na+)は陰極(マイナス極)に−イオン(Cl-)は陽極(プラス極)に移動します。陰極では水の電気分解が起こり、水素が発生して陰極付近にカ性ソーダの溶液ができます。陽極では塩素ガスが発生します。このようにして食塩の化学成分はナトリウム成分のカ性ソーダ(NaOH)と塩素成分の塩素ガス(Cl2)に分解されます。

効率が悪い隔膜法電気分解

 前述したように食塩水の電気分解では陰極付近にカ性ソーダの溶液ができますが、それを取り出さなければ製品になりません。そのために+と−の電極を隔てる隔膜を電極間に入れます。
  隔膜にはアスベスト(石綿=石油ストーブの芯などに使われる)が使われました。しかし、隔膜があっても塩や水は濃度差によって膜の中を自由に通りますので、陰極室からは濃くなったカ性ソーダ液が得られますが、その中には塩や不純物も含まれています。したがって図−1の上段に示しますように、塩とカ性ソーダを分けるために真空蒸発缶で濃縮しなければなりません。電解法製造工程

       図−1 電解法製造工程 (日本ソーダ工業会資料より)

濃縮すれば塩の結晶が析出し、カ性ソーダは濃い溶液となって残ります。塩の結晶は溶解槽に戻されて再び塩溶液とされて電解槽に送られます。しかし、これでは溶かした塩を全部利用できず、カ性ソーダを分離するために必要とは言え、再結晶させる無駄なことをしなければなりませんし、不純物も十分に除くことはできないので効率が悪く品質の悪いカ性ソーダしか出来ません。日本ではこの方法はほとんど使われておりませんが、世界では使われております。

公害が心配な水銀法電気分解

 陰極に水銀を用いますと、ナトリウム・イオンはナトリウムとなって水銀に溶け込み、ナトリウムの溶け込んだ水銀を取り出して水と反応させるとカ性ソーダと水素ガスが出来ます。塩素イオンは陽極で塩素ガスとなります。
  この電気分解は水銀法と言われ、完全に食塩水と分離されてカ性ソーダができますので、非常に品質の良い濃いカ性ソーダ溶液(50%)を作るために使われます。しかし、日本では水俣病のような水銀公害を起こしましたので、現在では使われておりませんが、世界ではまだまだ使われています。

イオン交換膜法電気分解

 アスベスト隔膜の代わりにナトリウム・イオンだけしか通さない陽イオン交換膜を挿入した電解槽を用いる方法がイオン交換膜法です。図−2にイオン交換膜の原理を示します。陽極室に入れられた原料の塩水はナトリウム・イオンだけがイオン交換膜を通って陰極室に移動します。水はわずかしか通りませんので、陰極室には製品のカ性ソーダ溶液にするための水を入れます。水の一部は+の水素イオン(H+)と−の水酸化物イオン(OH-)に分かれています。水酸化物イオンはイオン交換膜を通れませんので、ナトリウム・イオンと結合してカ性ソーダとなります。イオン交換膜法電気分解の原理
       図−2 イオン交換膜法の原理 (日本ソーダ工業会資料より)

したがって、図−1下部のイオン交換膜法のフローシートに示しますように、後工程で塩とカ性ソーダを分離する必要はなく、必要によってカ性ソーダを濃縮することがあるだけです(30-35%の濃度ですが、最近では50%の製品が出来るようになりました)
 陽極室では塩水のナトリウム・イオンは陰極室に移り、塩素イオンは塩素ガスとなって揮発しますので、塩水はうすくなり戻り塩水として溶解槽に戻され、新たな塩を溶かすために使われます。つまり、イオン交換膜法による食塩電解では、電解槽に送られた塩水はうすくなって還ってきますので、それに固体の塩を溶かして飽和塩水にし、再び電解槽に送らなければなりません。
  したがって海水を18-20%の塩水にする製塩用のイオン交換膜濃縮かん水は飽和塩水(26%)になりませんので、イオン交換膜電解法では使えません。これを水バランスがとれないと言っています。水が余ってくるからです。これが「日本は世界一の“塩輸入大国”」でふれました食塩のイオン交換膜法電解では固形塩でなければ使えない理由です。
 イオン交換膜法により安全で品質の良い製品を安く作れるようになりましたが、さらにコストを低減するための技術開発が行われています。例えばガス拡散電極法の開発です。陰極では水が電気分解されて水素ガスが発生します。つまり水を電気分解するエネルギーが必要です。ところが陰極室に酸素ガスを流しますと水素ガスになるべき水素はカ性ソーダの水素となって水素ガスを発生することなくカ性ソーダを作ることができ、エネルギーの節約となります。これがガス拡散電極法の原理ですが、実用化に向けて試験が進められています。

製塩とソーダ工業に使われるイオン交換膜法の違い

 製塩でもソーダ工業でもイオン交換膜法が使われますが、いろいろと違いがあります。参考までに主な違いのいくつかを述べます。
@電槽構造:製塩では陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を交互に何百枚も重ねるようにして並べ両端に電極を配置しますが、ソーダ工業では、陽極室と陰極室を交互に重ねるように並べて室と室との間を陽イオン交換膜で仕切るように数拾室を配置します。
A使用膜:製塩では陽イオン交換膜と陰イオン交換膜の両方を使いますが、ソーダ工業では陽イオン交換膜だけしか使いません。
B膜素材:製塩ではスチレン・ジビニルベンゼンの重合膜を用いますが、ソーダ工業ではフッ素系の重合膜を使います。
C電流密度:単位面積当たりに流す電流の量を表す言葉ですが、ソーダ工業では製塩の10倍多い電流を流します。
D原料前処理:製塩では海水中の濁質物質を除くために砂ろ過装置などによりろ過します。ソーダ工業では原料塩中にあるマグネシウム、カルシウム、硫酸根などの溶存している化学成分を除くために化学処理やイオン交換樹脂処理を行います。
E原料濃度:製塩では約3.5%の海水を使いますが、ソーダ工業では26%の飽和塩水を使います。これと次の高温操業が電流密度の大きな違いとなって表れる理由です。
F操業温度:製塩では海水を常温で使いますが、ソーダ工業では約90℃の高温で操業します。