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たばこ塩産業 塩事業版  2000.02.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

渇きに苦しむときなぜ海水を飲んではいけないのか

 

 先日、ヨット航海中の遭難事件のノンフィクションを読みました。救出された方は遭難中、水分を確保するために雨水のほか、どうしようもない時は自分の尿まで飲んだとのこと。また、戦時中の話でも南洋の島で渇水に苦しんだ兵隊さんたちは、自分の尿は飲んでも海水だけは絶対に飲むな、と上官に戒められていたとか。海水とは塩水に当たるわけですが、なぜ渇きに苦しむ時、海水は飲めないのでしょうか?                                                     (佐賀県・塩販売店)

 海の水には約3%の塩分が含まれています。その中には塩化ナトリウム(食塩)をはじめ塩化マグネシウム、硫酸カルシウム、塩化カリウムなどいろいろな塩類が入っており、中でも塩化ナトリウムが約4/5(空気中の窒素の含有比率と似ています)を占めています。
 一方、血液中には1%弱の塩分が含まれており、腎臓の働きにより(余分な塩分を排泄して)絶えずこの濃度に維持され、それによって浸透圧も一定に維持されています。腎臓が塩分を排泄するには排泄する力が必要です。その力は血圧で、血圧が高くないと排泄されません。
 ところで海水を飲むと、海水中の塩分が体内に吸収されて血液中の塩分濃度が上昇します。すると浸透圧が高くなり、浸透圧を下げて血液中の塩分濃度を1%弱に薄めるためには水分が必要となります。私たちの体はそのことを脳で察知し、口や喉の渇きが刺激され、水を飲みたくなるのです。
  水分が補給されますと浸透圧は下がり、喉の渇きは癒され、血液量は増えて血圧が上がり、水分とともに塩分が排泄されやすくなります。しかし、大部分の水分と塩分は再吸収されて、余分な水分と塩分だけが尿となって排泄されますので塩分濃度も血圧も一定に保たれるわけです。
 ところが、真水でなくて海水を飲みますと、血液中の塩分濃度は薄まるどころか高くなる一方で、ますます喉が渇いていくという悪循環に陥ります。腎臓で一度は排泄された水分と塩分は、血液中の塩分濃度を薄めるだけの水分が口から補給されませんのでほとんど吸収されてしまい尿が次第に出なくなってしまします。尿が出てそれを飲める間はまだましと言えます。尿が出なくなれば塩分や尿素、尿酸をはじめ老廃物も排泄できなくなり、血液の恒常性は崩れてきます。
 血液は通常、微アルカリ性に維持されていますが、腎臓の排泄不全が続けば、血液の恒常性は乱れ、老廃物、有毒物質が溜まり、尿毒症に陥り生命が危険になります。
  また、血液中の塩分濃度が高くなりますと、浸透圧が高くなり赤血球や白血球の細胞が脱水され、細胞機能が阻害され酸素輸送なども果たせなくなります。
 このようなことから、真水がない時に海水を飲みながら生き続けることはできないのです。
 海水を飲んではいけないのは以上の筋書きからですが、それぞれのことについて他のこととも関連させながらもう少し詳しく述べます。

腎臓の塩分排泄機能

 腎臓における血圧と塩分排泄の関係をモデルで示すと図-1のようになります。人々の腎臓はこのような線のいずれかで示されますが、いずれも血圧が高くなると塩分排泄量が多くなることを示しています。
腎臓における血圧と食塩排泄量応答の関係

         図-1 腎臓における血圧と食塩排泄量応答の関係

  正常血圧の人は全体的に低い血圧で塩分を十分に排泄できますが、高血圧の人は高い血圧でないと塩分を排泄できません。塩分排泄量は塩分摂取量に等しいと考えられますので、塩分摂取量が多いと血圧を高くして排泄することになります。
  正常血圧者も高血圧者も塩分摂取量による血圧の変化はさほど大きくはありませんが、食塩感受性者では塩分摂取量の増加に伴って血圧が急速に高くならないと塩分を排泄できないことを示しています。したがって、このような体質の人は塩分摂取量をひかえる必要があります。
 要するに、この図から塩分を排泄させる力は血圧であることが解ります。
 ところで腎臓には200万個以上ものネフロンという器官があり塩分や老廃物を排泄しています。ネフロンは腎小体と尿細管からできていますが、腎小体で排泄された塩分や老廃物は尿細管を通って集合尿細管に至るまでに体に必要なものは再吸収されます。その様子をナトリウムでモデル的に示したのが図-2です。腎小体のボーマン嚢で排泄されたナトリウム(塩分として1日当たりにすると約1.5 kgにもなります)A, B, C, Dの器官を通る間にほとんど再吸収され、摂取したナトリウム量だけ排泄されるようになっております。したがって、海水を飲めば、海水中に入っていたナトリウムは尿の中に排泄されることになります。
各ネフロン部位のナトリウム再吸収量

 図-2 各ネフロン部位のナトリウム再吸収量

一方、水分も同様に一度はボーマン嚢に排泄されて(1日当たりにすると約200 ℓになります)尿細管で再吸収され、生体の水分バランスで不必要な分だけ尿となって排泄されます。ところが真水ではなく海水だけを飲む状態では、血液中の浸透圧を下げるために水分が必要ですので、ほとんど100%再吸収されるように働き、尿となって排泄される水分がほとんどなくなることになります。つまり腎臓の排泄機能がなくなります。

一日の水の最低必要量

 それでは健康な人が1日当たりに必要とする水の量はどのくらいでしょうか。これは大体1日に尿として出る量に等しい1.3 ℓと言われています。その根拠は、呼吸で肺から蒸発したり皮膚から蒸発する水分量が0.9 ℓ、最小限必要な尿量が0.5ℓ、大便中に排泄される水分が0.1 ℓの合わせて1.5 ℓですが、そのうち食べた物が消化代謝されますと炭酸ガスと水になりますので、その分の水が0.2 ℓ補給され、結局、差引1.3 の水分が必要と言うことになります。
 海上で遭難し食べる物もないとなれば、1.5 ℓの水が必要となりますのでますます厳しい状態に追い込まれます。
 喉が渇いたといって海水を飲んでも喉の渇きは癒されず、渇きはますます助長され状態は急速に悪化していきます。それでは水を飲まないで我慢するとどうなるか。体内の脂肪が分解されて不十分ながらも水分が補給されますので、徐々に状態が悪くなっていきます。
  砂漠に強いラクダは水分保持力が強く、発汗による水分蒸発もほとんどないとのことですが、背中のこぶに蓄えている脂肪を徐々に分解しながら水分を補給しているのではないでしょうか。

血液中の酸塩基バランス

 通常、血液はpH 7.35-7.45の微アルカリ性で維持されています。
  食物は分解すると水、炭酸ガス、有機酸、無機酸、アミノ酸、尿素、アンモニアなどになり、酸性やアルカリ性を示しますが全体的には微アルカリ性で、血液中にある重炭酸ナトリウムや第二リン酸ナトリウムの働きで酸やアルカリが少々多く入っても緩衝作用でpHはあまり変化しないようになっております。
  しかし、それは腎臓の排泄機能が正常に働いているときの話で、腎臓の排泄機能がなくなりますと、酸塩基バランスは崩れアルカローシスとかアシドーシスという状態になり、老廃物が溜まり尿毒症に陥ることになります。
  昭和天皇が出血で危篤となったとき、血圧が下がり尿がでなくなって尿毒症を起こすことを防ぐために懸命に輸血が行われたことを記憶している方もあると思います。

浸透圧と細胞の関係

 血液中の塩分濃度が1%弱で一定に維持されていることは、細胞が正常に働く上で重要なことですし、細胞の中と外は同じ浸透圧でなければなりません。
  細胞の外にある液(血漿や細胞間質液)の浸透圧が高くなると細胞の中から水分が引き出され、細胞内の液が少なくなり、原形質分離を起こして細胞は死んでしまいます。ちょうどナメクジに塩をかけますとナメクジは脱水され小さく縮こまって死んでしまうのと同じです。キュウリの塩もみやキャベツの塩漬けでも野菜は脱水されてシワシワになってしまいます。
 人間の体内でも同じようになります。海水を飲んで、血液中の塩分濃度が高くなり浸透圧が高くなりますと、赤血球や白血球の細胞は脱水され機能を果たさなくなり、死に至るというわけです。