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血液、汗、そして涙-医学史における塩

Blood, Sweat, and Tears – Salt in Medical History

By Eberhard J Wormer

https://www.researchgate.net/publication/288511713/downloadより

2015.12.28

 

 塩のない人の生活が想像できるか?多分、出来ない。塩は生活そのものを象徴している。基本的な生理機能は塩と体内の水分との間のバランスに依存している。バランスが崩れた時には疾患が生ずるかもしれない。塩は必須な物で、実質的にどこにでもあり、数千年間も医薬品であった。塩は治療薬、予備治療薬、予防策として使われてきた。塩は本質的にまたは局所的に使われてきた。非常に幅広い多様な形態で投与されてきた。医療における塩の使用歴を通して振り返って見て、塩の利益-としばしば不利益-の経験的な知識は多くの文明の基礎であった。

 ロトの妻がソドムの焼けている町を振り返って一目見た時、彼女は塩の柱に変わった。ローマの司祭は生命の復活を阻止するために立ち止まってカルタゴの町に塩を撒いた。これらの寓話は我々が塩について知っていることを否定している。溶けた塩(塩化ナトリウム)は人体の全ての所に存在しており、生命維持工程で幾つかの基本的な生理的役割を果たしている。生命は塩なくして存在できない。しかし、塩が何時ヒーリング・パワーと関係するようになったか?そして塩のヒーリング・パワーとは何か?医療史を通して簡単に振り返ることは、この歴史的な過程で塩の性質がどのように考察されてきたかを示す。

エジプト医学における塩

 塩は我々の最も古い医学書の幾つかで医学科学の重要な要素として述べられている。有名な棟梁と紀元前3千年の医者イムホテップを引き合いに出して考えられている古代エジプトの古文書スミスは感染した胸の傷の治療に塩を勧めている。塩は傷を乾かし消毒すると信じられており、近代科学研究はそれを証明した。局部的に用いれば、塩には事実、弱い消毒作用がある。古文書エバーズ(紀元前1600)は多くの塩の処方、特に緩下剤や抗感染剤になることを述べている。それらは液体、座薬、または軟膏の形で処置された。例えば、蜂蜜、野菜の種、海塩を含む座薬があった。海塩は緩下剤として使われ、香料、野菜の種、油脂、油と一緒にする物としても使われ、肛門の感染症に対して海塩を使った。塩をベースにした治療薬は硬く肥厚した皮膚、流行性疾患、止血用にも述べられており、目の軟膏として、そして出産を促進させる(膣座薬)とも述べられている。

ギリシア医学における塩

 海塩と岩塩は両方とも古代ギリシアでも良く知られていた。塩辛い食べ物を食べることは便や尿に影響を及ぼす、と彼等は信じた。人体機能、特に消化と尿のような液体の排泄に及ぼす注目すべき塩の効果は明らかに塩の医療応用に用いられた。主としてヒポクラテス(紀元前460)の治療法であるギリシア医学は塩を普通に使うことであった。塩をベースにした治療薬は痰を出す力を持っていると考えられた。水、塩、酢の混合物は催吐剤として使われた。牛乳2/3と塩水1/3の混合物を朝空腹時に飲むことは鬱病の治療としても勧められた。塩と蜂蜜の混合物の局部使用は悪性潰瘍をきれいにするために使われ、塩水は皮膚疾患やそばかすに対して極端に使われた。ヒポクラテスは塩水からの蒸気の吸入を述べている。

 急性と慢性呼吸器系疾患の治療として塩水蒸気吸入は温泉治療、鉱泉療法(浴用治療)、タラソテラピー(海岸の塩水流を使う)で確立された治療原理となった。今日、呼吸器症状の軽減は吸入によって肺の中に入った塩の抗炎症効果に基づくことが科学的に知られている。早くも2千年近くも前に、ギリシア医学は皮膚疾患や皮膚傷害を治すための局所治療として、消化トラブルを治すための経口摂取剤(塩水または鉱水を飲む)として、呼吸器系疾患を治すための吸入剤としての3つの主要な塩処置を提案した。

ローマの塩に関連した処方

 ローマの軍医ディオスコライデス(紀元100)は古代の最も重要な医学著者の一人として考えられている。彼の著作Materia Medicaは当時の植物学的、薬理学的ノウハウを要約している。ディオスコライデス時代に“蜂蜜‐雨‐海水”は優れた催吐剤であった。塩辛い酢は“皮膚肥厚を和らげる”ことに対して効果的で、咬み傷(犬や毒性のある動物)、手術後の止血、ヒルを殺し“かさぶた”を取り除くうがい薬として有効であった。ワインや水に加えられる塩は緩下剤であった。

 海塩と岩塩は両方とも治療薬に使われるが、岩塩は一番良く効くと考えられた。塩は他の成分(例えば、酢、蜂蜜、油脂、小麦粉、松やに、樹脂)と通常混合され、幾つかの形態(飲料、座薬、浣腸、軟膏、油)で調剤された。主要な推奨されている適応症は皮膚疾患、浮腫、感染症、皮膚肥厚、耳痛、真菌症、消化不良、坐骨神経痛であった。

古典的な古代の遺産

 ペルガモンからローマ皇帝マルカス・アウレリウスの侍医であるギリシアの医者ガレン(129 - 200)は古代の医学概念を要約し、千年間にわたる西欧医学に関して彼の足跡を残した。彼の医学体系も多くの疾患、例えば、感染した傷、皮膚疾患、皮膚肥厚、消化不良に対する処方で塩(海塩、岩塩、塩の泡)を使用している 。塩を含む治療薬の彼のリストは催吐剤と緩下剤も含んでいた。

ペルシャの医学

 800年後、よく知られているペルシャの医者で科学者のAvicenna(紀元980 – 1037)は近代の科学的医学の基礎を打ち建てた。彼の処方で、彼も塩を使った。彼は海岸の海塩中のヨードと鉄の存在を強調した。ペルシャでカリフの侍医であるユダヤ人医師Maimonides (紀元1135 – 1204)は彼の著作“Dianetic for soul and body”で、十分な塩が入っているパンだけが健康に良い食品である、と書いた。

中世

 いわゆる“School of Salerno(10 – 13世紀)は中世ヨーロッパ医学に大きな影響を及ぼした。この“School of Salerno”は中世の西ヨーロッパの大学医学の基礎として、あるいはラテン語でギリシアとペルシャの医学の医学知識と一緒に持ってきた最初のヨーロッパの大学としても考えられている。催吐剤として塩、油、酢の混合物、塩の座薬、便秘に対する効果的な治療薬として蜂蜜の使用を知っていたことを彼等の著作は明らかにしている。粉にされた焼かれた塩は鎮痛効果を持っていると言われ、岩塩は熱病に対する良い治療薬であると考えられた。Salerno学校は“The Art of Staying Healthy”と題する書籍を出版し、そこでは塩の入ったパンと塩の入った食品を明快に勧めていた。塩は食べ物を美味しくし、毒性を除く。しかし、多くの塩を使用することに対して警告している:“過剰な塩が入った食品は精液と視力を減らし-塩は興奮させ、人をいらいらさせ、さもしくさせ、皮膚をあらし、しわを多くする。”この本は分かりやすい生活摂生を十字軍に知らしめる詩として出版された。この忠告集は後に、人々がラテン語を読めるようにし、医者を学究的に訓練できるようにした最初の有名な医学手順書の1つとなった。

ルネサンスの医学

 医者で錬金術師のパラセルサス(1493 – 1541)は全く新しい医学概念を導入した。外部要因が疾患を発症させると信じ、それで有力な本草医薬と対比した化学的に優先された医療システムを彼は考えた。彼は塩の入った食品だけが適当に消化されると信じた:“人間は塩を摂取しなければならず、塩なしでは彼は生存できない。塩がない所には何も残らないが、あらゆる物が腐るだろう。”彼は傷の治療に塩水を勧め、腸内寄生虫に対しても使用を勧めた。濃い塩水で座浴することは皮膚病と痒み用の素晴らしい治療法であった:“このかん水は自然に湧き出す全ての健康温泉よりも良い。”彼は塩摂取の利尿効果を述べ、様々な濃度の塩処方と内部疾患(例えば、便秘)の調合剤を与えた。

16 - 19世紀の薬学

 16世紀の薬学は塩の外観(岩塩、海塩、精製塩、焼き塩)で様々な塩の用途に関連して続いた。塩の重要性は価格が高くなるほど大きくなった。18世紀まで、選ばれて最も一般的な薬用塩は岩塩で、それはカルパチア山脈、トランスヴァニア、チロル、ポーランドから主として来た。岩塩と海塩は1833年の化学品-薬物名ハンドブックでまだ別々に記載されていたが、1850年から、塩の起源はもはや特定されなかった。

 19世紀の薬剤師は、消化不良、甲状腺腫、腺疾患、腸内寄生虫、下痢、浮腫、癲癇、梅毒に対して内服使用で塩を勧めた。外部で使われる塩は局部的刺激(例えば、冷たいまたは暖かい座浴)であるが、高投与で皮膚や粘膜を刺激するためと言われた。外部用法は発疹や腫物に対して勧められ、眼科学で角膜の汚れや汚れによるぼやけを取り除いた。塩の浣腸は“死と脳卒中を起こしたように見える”患者でも効くと思われた。

18/19世紀の信じがたい応用

 18世紀の百科事典は塩、特に岩塩や海塩に関する幅広い論文を発表し、塩のヒーリング・パワーの現在の知識に言及した。特に悪名高い書籍はポーリニ(1696)による“Dirty Pharmacy”であり、これには全種類の疾患について一番ひどく想像できる限りの混合物の寄せ集めを含んでいた。塩はしばしば要因であった。例えば、クリスチャン・フランツ・ポーリニは、黒い牛、麦芽酢、ナイフ先端半分の塩で作った新しい堆肥の液で赤目を覆うことにより赤目を洗う治療を勧めた。

 19世紀の医療従事者達は自然塩の効果に特別な注意を払った。1860年に、東ババリアで、塩化ナトリウム溶液は炎症に対する湿布として使われた。さらに西では、子供のへその炎症は塩水で洗われた。塩を振りかけられたカタツムリの液でイボを湿らせることによりイボは取り除かれた。塩と灰を含んだ熱い足湯は頭痛を緩和するために使われた。火傷はブランディ、酢、または塩水で処理された。

20世紀医学における塩

 塩の医療使用の歴史を振り返ると、少なくともヨーロッパでは古代から中世末まで、塩は他の自然産物(例えば、ハーブ)に次ぐ治療薬の主成分として知られていた。中世から19世紀末まで、塩は学術的な医学よりも有名な医学の宝箱の医療手段にむしろ変わった。医療的な使用効果とヒーリングの塩効果の研究は19世紀に科学的根拠に基づく温泉治療でゆっくりと始まった。他の科学的な塩問題が詳細に研究されたのはわずかに古く1950年代であった。

今日、塩は吸入、塩水浴、飲料治療の形で自然のヒーリング原理として確立されている。20世紀の医学で新しく非常に重要な発明は血管内に塩水を注入する治療法で、-等張の塩化ナトリウム溶液が血漿として同じ液体の性質を持っていることを発見したことです。今日、塩水は静脈内注入に主として使われるが、浣腸または外部使用として皮下に、筋肉内にも適用される。

注入塩水

 1832年に、イギリスの医者R.レウィンとT.ラッタは初めてコレラに対して塩化ナトリウムを注入することに成功した。今日、等張塩化ナトリウム溶液が多く使われている。緊急時には塩水は“補充液”となる:塩水は失われた大量の血液を一時的に置き換えられ、したがって、しばしば事故の犠牲者の生命を救い、または長期間の胃液損失を緩和する。塩水は“方便で洗浄液”である:冷却した塩水は輸血用の赤血球細胞を洗浄するために、医学的強制的に排液する1分間当たりの心臓拍出量を測定するために使われ、体温の塩水は器官 (例えば、胃腸管、膀胱) を洗浄する。薬剤用の“担体”液でもある。

塩水浴

 我々の歴史旅行は、皮膚や粘膜に及ぼす塩の殺菌効果は非常に長い間知られてきたことを明らかにした。科学的研究は幾つかの適応症で塩治療法の効果を今まで確認してきた。歯科用塩(海塩)の消毒殺菌作用は歯肉炎やカリエスの原因となる歯垢を取り除くのに役立つ。塩は皮膚病の支援治療として次第に使われてきている。慢性的に炎症を起こしている皮膚は死海の塩または普通の食卓塩による医療塩浴で治療される。

 死海の塩は一般的な海塩と比較して幾分変わったミネラル組成であり、乾癬のような慢性皮膚病に対して特に有効であることが分かった。塩はフケを落とし、炎症、かゆみ、痛みを軽減させ、皮膚の再生に役立つ。塩浴は乾癬、アトピー性皮膚炎、関節炎と同様に慢性湿疹を治療するためにしばしば使われる。時々、この治療法は乾癬については紫外線放射線療法に続いて行われる。

 古代ギリシアは皮膚病を治療するために海岸の保健リゾートを既に勧めており、パラケルルスは“塩かん水”の有効性を述べた。海水風呂は後に塩の採掘と密接に関連した地域(塩鉱山、塩泉、製塩所)で塩水風呂となったが、ドイツの町バッド・ナウハイムからの医者達が塩浴治療法を導入した1800年まではそうではなかった。塩水のヒーリング効果に関する主張について科学的エビデンスを得ようと彼等は試みた。塩風呂治療法についての現在の医療適応症は塩の坑炎症効果によって皮膚病の有効な治療のような何世紀もの経験的な伝統に原理的に基づいている。リューマチ患者は塩風呂に入った時、痛みが和らぐことを知っている。最後に、普通の塩または死海の塩は医療用ボディーケアー製品(軟膏、シャンプー、ゲル、ボディーローション)の添加物としても使われる。

塩辛い蒸気の吸入

 塩水からの蒸気は体の呼吸器官(咽頭、副鼻腔、気管支樹)の慢性疾患を緩和させるために、あるいは風邪の不快を緩和させるために吸入される。ヒポクラテスがこの治療法を既に勧めていたことを忘れてはいけない!長年の方法は蒸気を発生させるために塩溶液を加熱するが、今や近代の超音波霧化法は微粒の塩粒子を細い気管支まで直接送り込める。気管支系に及ぼす塩の主要効果は分泌を刺激し、粘着性の分泌物を柔らかくし除去するのに役立て、炎症を抑え、咳による炎症を軽減し、粘膜を清浄にし、呼吸器官を収縮(気管支収縮)または広げ(拡張)させることであり。

塩水の飲用

 飲用した塩水は胃に痰を出す効果を持っており、胃液の分泌を増加させる。それは胃酸濃度を上昇させ、その産生を促進させ、胃の蠕動運動と空腹を妨げまたは刺激し(塩濃度に依存する)、膵液の分泌を増加させ、高塩濃度では胆汁酸の生成を刺激する。

媒介物としての塩

 岩塩は多くのミネラルと他の物質で豊富な海塩よりも高い純度である。ヨードのようなこれらの汚染物のある物は健康に良い。ヨード欠乏症は主要な健康リスクである。それはクレチン病を引き起こすホルモン障害によって、そして著しく大きくなったゴイターによって特徴付けられる甲状腺疾患であり、治療しない甲状腺腫は喉を通る気流に影響を及ぼし、あるいは外見的に下の方の鎖骨にまで達するほど成長するゴイターになるかもしれない。アルプスのような海から遠く離れた地域でゴイターは風土病となるが、地中海に接する南部ヨーロッパ諸国では希にしか見られなかった。ヨードそして/またはフッ化物で食卓塩を強化することは多くの国々で一般的な習慣である。甲状腺腫またはカリエスに対する予防効果が提案されている。しかし、この問題は最近、議論のある論争主題となった。

ホメオパシック・ソルト

 ドイツの医者N.H.シュッシュラー(1821 - 1898)は、細胞機能に非常に重要と彼が考えている12種のミネラル塩に基づいて特別な“生化学的”治療法を開発した。この治療法は今日でもまだ使われている。彼の観点から、健康はこれらの塩類の間のバランスによる結果で、不均衡で疾患になる。一般的な塩(塩化ナトリウム)はこれらの12種の“必須”塩類の1つであった。彼は非常に幅広く多くの適応症(貧血、食欲不振、体重減少、風邪、胃腸不振、水のような下痢、便秘、痔、発疹、リューマチ性トラブル、頭痛、疲労)に、そして局部的に唇水泡、ざ瘡、ニキビ、皮膚真菌症、赤い皮膚に対してもホメオパシー用量で塩類を投与した。

メダルの逆?

 中世に、サレルノの学校は塩の使い過ぎに対して警告した。同じ警告がここ30年間にわたって議論されてきた。食事からの高い塩摂取量は、特に生まれつきの塩感受性の人々に対しては、心血管疾患(CVD)の危険率を増加させるかもしれないことを科学的に医学は明らかにした。食事中の多過ぎる塩は動脈性高血圧を発症させるかもしれないことを多くの研究が示した。食品に完全に塩を加えることを否定する人々がおり、塩摂取量は約5または6 g/dに制限すべきことを示唆する人々がいる。大量の塩を摂取する日本人のような集団は高いCVD発症率を示す疫学研究はあるが、塩摂取量と高血圧との間には直接的な因果関係は明確にまだ確立されていない。

 ごく最近の科学的エビデンスは、十分な塩摂取量の有益で生命維持に必要な効果は起こりうる健康リスクをはるかに超えているという確信を支持している。したがって、今日と過去の人類の祖先の経験に関して、塩は主要な生命維持物質で効果的なヒーリング要素として認識されなければならない。