研究者達は高性能ナトリウム・イオン電池用の
新しい電極バインダー材料を開発
Researchers Develop New Electrode Binder Material for High-Performance Sodium-Ion Batteries
By Japan Advanced Institute of Science and Technology
https://techxplore.com/ より 2024.05.28
リチウム・イオン電池は、エネルギー貯蔵技術の最前線に立っている。しかし、リチウムの供給量は限られている。その結果、エネルギー貯蔵システムの需要が高まり、充電式電池用の低コストで入手しやすい材料の探索が進められている。海水や塩の堆積物にはナトリウム資源がほぼ無限に存在するため、ナトリウム・イオン電池は有望な候補である。
ナトリウム・イオン電池の長期サイクル安定性を向上させ、薄い固体電解質界面を実現するために、正極(カソード)、負極(アノード)、電解質の材料を改良する研究が数多く行なわれてきた。固体電解質界面は、初期の充放電サイクル中にアノード表面に形成される不活性層で、電解質との反応によるアノードの劣化を防ぐ。
電池の性能には、適切に形成された固体電解質界面が不可欠である。この文脈で、硬質炭素が有望なアノード材料として浮上した。しかし、電解質の消費量が増えることで、不均一で厚く弱い固体電解質界面が形成され、充放電の安定性と反応速度が低下するため、その商業化は困難であった。
これらの問題に対処するために、カルボキシメチルセルローズ塩、ポリアクリル酸誘導体、ポリフッ化ビニリデンなどのバインダーが使用されてきた。しかし、これらのバインダーはアノード内でNaイオンの拡散を遅くし、硬質炭素ベースのナトリウム・イオン電池の速度能力を低下させる。
これらの欠点を克服するために、北陸先端科学技術大学大学院の松見紀佳教授と博士課程のAmarshi Patraは、ポリフマル酸バインダーを使用した硬質炭素アノードを開発した。彼等の研究結果は、2024年5月10日のJournal of Materials Chemistry Aに掲載された。
松見教授は、ポリフマル酸バインダーの利点について次のように述べている。「従来のポリアクリル酸バインダーとは異なり、ポリフマル酸バインダーは主鎖のすべての炭素原子にカルボン酸が存在する高機能密度ポリマーである。これにより、ポリフマル酸バインダーは高濃度のイオン・ホッピング・サイトの存在により、ナトリウム・イオンの拡散を改善し、電極にさらに強力に接着することができる。さらに、ポリフマル酸バインダーは水溶性で無毒性であり、その前駆体であるフマル酸はバイオベースのポリマーである。」
研究者達はポリフマル酸エステルの加水分解によりポリフマル酸バインダーを合成した。次に、硬質炭素、スーパーP炭素、ポリフマル酸バインダーを水中で混合して水性スラリーを形成し、これを銅箔に塗布して一晩乾燥させ、硬質炭素アノードを作成した。このアノードは対電極として金属ナトリウム・ディスク、電解質として1.0 M NaClO4とともに、アノード型ハーフセルの構築に使用された。
研究者達は、電極部品と銅製集電体との接着に対するバインダーの効果をテストするために剥離テストを実施した。特に、ナトリウム・イオン電池の長寿命化には強力な接着が必要である。ポリフマル酸バインダーを含む硬質炭素電極の剥離力は12.5 Nであることが分った。これは、剥離力11.5 Nのポリアクリル酸硬質炭素電極や9.8 Nのポリフッ化ビニリデン硬質炭素電極よりも大幅に高い値であった。
アノード型ハーフセルは、さまざまな電気化学および電池性能テストを受けた。充放電サイクル・テストでは、アノード型ハーフセルは、それぞれ30 mA/gおよび60 mA/gの電流密度で288 mAh/gおよび254 mAh/gの比容量を示し、ポリフッ化ビニリデンおよびポリアクリル酸タイプの電極よりも大幅に優れていた。また、優れた長期サイクル安定性を示し、250サイクル後も容量の85.4%を維持した。
アノードは薄い固体電解質界面を形成し、亀裂や剥離は見られず、ハーフセルの耐久性向上に貢献した。さらに、ポリフマル酸-硬質炭素電極のナトリウム・イオン拡散係数
は1.9×10-13cm2/sで、ポリアクリル酸-硬質炭素電極やポリフッ化ビニリデン-硬質炭素電極よりも高くなった。
これらの発見は、電気化学的性能が向上したナトリウム・イオン電池の開発につながる可能性がある。将来を見据えて、松見教授は次のように述べている。「このポリマー材料では、さまざまなポリマー反応を通じてさまざまな構造変更が可能であり、これにより性能をさらに向上させることができる。将来的には、企業との共同研究を行なって実用化を目指ざす。また、耐久性を向上させる水溶性で無毒のバインダー材料として、ナトリウム・イオン電池だけでなく、さまざまなエネルギー貯蔵デバイスにも適用できる。」
全体として、この新しい材料は、ナトリウム・イオン電池に基づく低コストのエネルギー・デバイスの使用をさらに拡大し、よりエネルギー効率が高く、カーボン・ニュートラルな社会を実現することにつながる。