塩が甘く感じられる理由:味覚知覚の多様なメカニズム
How Salt Can Taste Sweet: The Myriad Mechanisms of Taste Perception
By Atsuko Yamashita
https://www.pharm.okayama-u.ac.jp/ 2024.04.08
塩化物イオンは甘味受容体に結合し、味覚を刺激する。
人間は、甘味、うま味、苦味、塩味、酸味という5つの基本味な味覚を認識する。特定の食品は、味蕾にある異なる受容体を活性化することで、これらの味覚認識を引き起こす。食塩の場合、濃度も味を決定する重要な要素である。例えば、食塩の好ましい濃度は100 mMで、この濃度で人間は塩味を感じる。しかし、500 mMを超える高濃度の食塩は苦味や酸味として認識される可能性があり、10 mM未満の非常に低濃度では甘味として認識される。科学的研究では、味蕾には複数の塩分検知経路が存在すると示唆されているが、その正確なメカニズムは完全には解明されていない。
食塩(NaCl)の場合、塩味は主にナトリウム・イオン(Na+)によって生じる。しかし、陰イオン(塩化物イオン(Cl-))も独自の分子メカニズムによって検知され、味覚に関与していると考えられている。この塩化物イオン検知メカニズムを解明するため、岡山大学の研究者達は構造生物学的手法とマウス・モデルを用いた研究を行なった。この研究は、2023年2月28日にeLife[New window]に掲載された。
研究者達は以前、ヒトの甘味受容体に類似し、構造解析にも適合するメダカの味覚受容体の構造解析を行なっていた。この魚の味覚受容体の一部は塩化物イオンと結合することができた。山下淳子教授は、「我々は以前、メダカのTir2a/T1r3LBD受容体の構造解析を行なっており、その際にCl-の結合が受容体の構造変化を誘導するかどうかを調べ、Cl-によるこの変化の誘導を確認することができた。」と説明している。T1r受容体の構造変化(または構造変化)は、他の味覚物質によって誘導されるものと類似していることがわかり、Cl-がT1r2a/T1r3LBDの甘味受容体を活性化することを示唆している。形状変化は受容体の活性化を示唆することが多いため、研究者達は本研究において、糖に反応する甘味受容体における塩化物イオンによる活性化についてさらに詳しく調べた。山下教授は、「より確立された動物モデルを用いて、この現象をさらに詳しく調べたいと考えた。T1r3のCl-結合部位は様々な種で保存されているため、マウスの味覚神経記録を用いてCl-の生理学的意義を探ることにした。」と説明している。
この根拠を示すために、研究者達はマウスを用いた電気生理学的アッセイを実施し、少量の塩化物をマウスの舌に置いた際に、甘味信号伝達に関与するニューロンが活性化することを実証した。その結果、低濃度の塩化物イオンが味蕾のT1受容体を介して「軽い」甘味感覚を生み出す可能性があることが示された。「塩化物イオンによって誘発される味覚は、アミノ酸や糖といったT1受容体の標準的な味覚物質によって誘発される味覚に類似しているが、その効能はわずかに低い。」と山下教授は述べている。さらに、希薄塩化物溶液と水のいずれかを選択させたところ、マウスは塩化物溶液の味を認識し、好む傾向を示した。甘味反応を誘発する塩化ナトリウム濃度は10 mM未満と極めて低く、この甘味感覚はグルマリンを含む甘味抑制剤を外部から投与することで抑制できることが分かった。これらの知見は、マウスが特定の受容体とニューロンを介して塩化物を甘味として認識しているという仮説を裏付けている。また、希釈した食塩は、Clイオンの存在によって味覚刺激を与えることも示された。
食塩は、体内の恒常性、つまり平衡状態を維持する上で重要な役割を果たす。この平衡状態は、ナトリウムの最適な摂取量と排泄量によって調節される。本研究は、前者のプロセスにおいて、対イオンであるCIイオンが関与する受容体の分子機能を制御することを示している。本研究の結果は、生物における味覚知覚をより詳細に理解するための道を開くものとなるであろう。