スポーツ・ドリンクの塩分はあなたが思っているほど
重要ではないかもしれない
The Salt Sports Drinks May Not Be as Crucial as You Think
By Alex Hutchinson
https://www.outsideonline.com/ 2022. 11.07
失われた塩分を補給することはスポーツ栄養の柱であるが、新しい研究によると、多ければ多いほど良いとは限らないことが示唆されている。
1960年代半ば、フロリダ大学の研究者Robert Cadeが銀行に行き、砂糖と塩を買うために500ドルを借りた。大学のフットボール・チームのために考案した自家製ドリンク、ケイドコーラ(またはゲータレード)は広く注目を集めており、彼はそれを大量に調合して売りたいと考えていた。砂糖は選手達に第4クオーターの重要なエネルギーを供給し、塩は科学者とアスリートの間では、スポーツ・ドリンクに含まれる塩が運動能力にどのような役割を果たすのか、いまだ議論が続いている。
この問題は、オーストラリアのモナッシュ大学のスポーツ栄養学研究者Alan McCubbinがEuropean Journal of Sport Scienceに発表した新しい研究の背景に潜んでいる。この研究では、汗の量、汗の塩分濃度、その他の要因に応じて、運動強度や持続時間が異なる場合に必要なナトリウム量を正確に決定する数学モデルを使用している。答は、アスリートが塩分を必要とする理由に関する我々の仮定によって異なる。しかし、現実世界のほとんどの状況では、心配する必要はないとMcCubbinは結論付けている。
塩に含まれる主要な電解質であるナトリウムが、体内で数多くの重要な役割を担っていることは間違いない。筋肉の収縮を助け、神経信号を伝達し、体内の水分バランスを保つ。
また、汗をかくとナトリウムが失しなわれるのも事実である。1930年代、ネバダ州フーバーダムの建設初年度に少なくとも13人の労働者が熱中症で亡くなった後、ハーバード大学の生理学者D. B. Dillが実施した検査で、労働者が大量のナトリウムを汗で排出していることが明らかになった。解決策は、食堂の横に「水をたっぷり飲んで下さい」と書かれた看板を揚げ、Dillのチームはさらに「食事には塩をたっぷりかけて下さい」と付け加えた。
しかし、運動中に塩分を摂取するのは別の問題である。運動中に塩分を摂取する主な理由は3つある。最もよく揚げられるのは筋肉痙攣を防ぐためであるが、科学的証拠はこの考えにほぼ反している。ランナーとトライアスロン選手を対象とした研究では、運動中に痙攣を経験する人と経験しない人の間でナトリウム濃度に大きな違いは見られず、意図的にナトリウム濃度を下げても何の効果もないようである。痙攣にはさまざまな理由があり、その一部にはナトリウムが関係している可能性がある。しかし、運動関連の痙攣に関しては、塩分摂取量を増やすことが解決策ではないようである。
運動中に塩分摂取量を増やす2つ目の理由は、低ナトリウム血症(文字通り、血中ナトリウム濃度が低い)を避けるためである。これは危険で、トレーニングや競技中の水分摂取量を管理するには命に関わる状態である。理論上は、塩分の多いものを飲むことは健康的なナトリウム濃度を確保する良い方法のように思える。しかし、スポーツ・ドリンクは血液よりも塩分が少ないため、一気に飲めば飲むほど血液は薄まる。結果として、低ナトリウム血症の主な危険因子は、実際には水分(水であれスポーツ・ドリンクであれ)の摂り過ぎであり、塩分が少なすぎるKOではない。そのため現在のガイドラインでは、積極的な水分補給プランに従うのではなく、喉が渇いたときに飲むことを推奨している。
3つ目の理由は、McCubbinが正当な理由とみなすもので、体液濃度の調整である。人体は血液、細胞、細胞間の空間など、体液で満たされている。体はナトリウム濃度を監視して、これら3つの領域に体液をどのように配分するかを決定する。つまり、運動を始めるときにバッファーが得られる。汗をかいても、他の場所から水が血漿に移行してナトリウム濃度を維持できる。しかし、長時間の発汗でナトリウム濃度が減りすぎて水だけを飲んでいると、逆のことが起こる。つまり、他の場所で濃度が下がらないように体液が血漿から移動し、筋肉に酸素を運び、熱を放散する血液量が減る。少なくとも理論上は、それが問題である。
では、重要なのは、汗で失われ水分を補うためにどれだけのナトリウムが必要かということではない。体内で水分が循環していることを考慮に入れ、血中濃度が下がらないようにするためにどれだけの量が必要かと言うことである。重要なのは、答は単に汗でどれだけのナトリウムを排出するかだけではなく、どれだけの水分を摂取するかによっても決まると言うことである。
「マラソンで4リットルの塩分を含んだ汗を流して、そのうち2リットルを普通の水で補うのと、100マイルで20リットルの汗を流して18リットルの普通の水で補うのとでは、大きな違いがある。」とMcCubbinは説明する。どちらの場合も、失った水分量は同じである。2リットル、つまり体重の4.4ポンドである。しかし、重要なのは代謝率である。後者の場合、汗で失ったナトリウム量ははるかに多いため、損失を補う体の能力を超える可能性が高くなる。
この研究のために、McCubbinは腎臓専門医が開発した血中ナトリウム濃度を計算する方程式を研究に使用した。サッカー選手やマラソン選手の場合、味覚の好みから来る範囲を超えて意図的にナトリウムを補給することは「現実的なシナリオでは不要」だと結論付けた。100マイルのウルトラマラソンでは、レース時間が長くなるほど塩分損失がはるかに大きくなるため、状況により微妙になる。汗の塩分濃度が平均より高く、水分損失をスタート時の体重の2%に抑えるために積極的に水分を取ろうとするランナーの場合、水を飲むだけではナトリウムが不足する。(これらのウルトラマラソンは過酷なため、ランナーは燃焼した炭水化物と脂肪の蓄えから体重も減り、水分損失が2%に達する頃には体重計の数字が3~5%軽くなっている可能性がある。これは、ウルトラマラソン選手に対する現在の水分補給アドバイスで推奨されている量である。)
汗に含まれるナトリウム含有量は、運動後に衣服や皮膚に残った乾燥した塩の量から大まかに推測できるが、Precision Hydrationなどの会社が提供するテストを通じてより正確に測定することもできる。しかし、たとえ汗をかきやすい人であっても、ナトリウム錠剤を大量に摂取するのはリスクがある。カリフォルニア大学デービス校の超持久力研究者Martin Hoffmanによると、塩分を摂り過ぎると喉の渇きが増し、飲み過ぎの可能性が高まり、逆説的に低ナトリウム血症のリスクさえも高める可能性があることである。代わりにHoffmanは、事前に決められた塩分摂取計画に従うのではなく、欲求に応じて食事で塩分を摂取することを推奨している。「自分の体に注意を払っている限り、それについて心配したり、製品を売るいわゆる専門家の言うことに耳を傾けたりしないというのは現実的である。」と彼は言う。
実際、Hoffumanによると、100マイル・レース中に必要なナトリウム量は、McCubbinの計算が示唆するよりもさらに少ない可能性がある。長時間の発汗で体内に余分なナトリウムが放出されるという証拠もあるが、科学者の間では議論の的となっている。
HoffmanとMcCubbinは、ごく少数の異常に塩分の多い汗をかく人が、ウルトラマラソンのような長時間のレースで問題に直面する可能性があることに同意している。そのような人にとっては、汗をかいて失った塩分量を正確に測定することは価値があるかもしれない。少なくとも食物、スポーツ・ドリンク、場合によっては塩錠剤で失われたナトリウムを補給する計画を練れば、恩恵を受けるであろう。残りの我々にとって、McCubbinのアドバイスは、過去数十年間の水分補給に関する考え方の変化を反映している。それは、厳格な「失った分を補うために飲む」から、より主観的な「喉が渇いたら飲む」への変化である。塩に関しては、McCubbinは「味見して調整する」が新しいルールだと言う。