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新たな燃料電池が電気航空を可能にする可能性

New Fuel Cell Could Enable Electric Aviation

By David L. Chandler

https://news.mit.edu/     2025.05.27

 

これらのデバイスは、現在の最高の電気自転車用電池と比較して、1 ポンド当たり3倍以エネルギーを蓄えることができ、トラック、飛行機、船舶への電力供給に軽量な選択肢を提供する。

 

 電池は、一定の重量でどれだけの電力を蓄えられるかと言う点で、限界に近づいている。これは、エネルギー革新や、航空機、列車、船舶への新たな動力源の探求にとって深刻な障害となっている。現在、MITを始めとする研究者達は、これらの輸送システムの電動化に役立つ解決策を考案した。

 この新しいコンセプトは、電池ではなく、一種の燃料電池である。電池に似ているが、充電ではなく燃料を素早く補給できる。この場合、燃料は安価で広く入手可能な液体金属ナトリウムである。セルの反対側は、酸素原子の供給源となる普通の空気である。その間には、固体セラミック材料の層が電解質として機能し、ナトリウム・イオンが自由に通過できるようにする。そして、空気に面した多孔質の電極が、ナトリウムと酸素の化学反応を助け、発電を促進する。

 研究者達はプロトタイプ装置を用いた一種の実験で、このセルが現在、ほぼすべての電気自動車に使用されているリチウム・イオン電池の重量当り3倍以上のエネルギーを蓄えられることを実証した。この研究成果は、MITの博士課程学生であるKaren SuganoSunil MairSaahir Ganti-Agrawal、材料科学工学教授のYet-Ming Chiang、その他5名による論文として、本日Joule誌に掲載された。

 「これは全く突飛なアイデアだと思われても仕方がない」と、京セラセラミックスの教授であるChiangは語る。「もしそう思われなかったら、少しがっかりするであろう。なぜなら、最初から全く突飛だと思われなければ、おそらくそれほど革命的なものではないからである。」

 そして、この技術は確かに非常に革新的な可能性を秘めているようであると彼は示唆する。特に、重量が極めて重要な航空分野においては、エネルギー密度のこのような向上は、電気駆動飛行を大規模に実用化する画期的な成果となる可能性がある。

 「現実的な電気航空に本当に必要な閾値は、1 kg当たり約1,000ワット時である。」とChangは言う。現在の電気自動車用リチウム・イオン電池の最高出力は1 kg当たり約300ワット時で、必要なエネルギーには程遠い。1 kg当たり1,000ワット時でも、大陸横断飛行や大西洋横断飛行を可能にするには不十分だとChiangは指摘する。

 これは既存の電気化学では未だ実現不可能であるが、1 kg当たり1,000ワット時に到達できれば、国内線の約80%、航空排出量の30%を占める地域電気航空にとって、実現可能な技術となるであろうとChiangは述べている。

 この技術は、海上輸送や鉄道輸送など、他の分野にも可能性をもたらす可能性がある。「これらの分野はどれも非常に高いエネルギー密度と低コストが求められる。」と彼は言う。「それが我々が金属ナトリウムに惹かれた理由である。」

 過去30年間、リチウム空気電池やナトリウム空気電池の開発に向けて多くの研究が行なわれてきたが、完全に充電可能な電池にするのは困難であった。「金属空気電池で得られるエネルギー密度の高さは、長年にわたり認識されており、非常に魅力的であったが、実際には実現されていなかった。」と、Chiangは言う。

 研究者達は、基本的な電気化学概念はそのままに、電池ではなく燃料電池にすることで、高エネルギー密度の利点を実用的な形で実現することに成功した。電池は材料を一度組み立てて容器に密封するが、燃料電池ではエネルギーを運ぶ材料が自由に出し入れできる。

 研究チームは、このシステムの実験室規模のプロトタイプを2種類製作した。1つはHセルと呼ばれるもので、2本の垂直ガラス管が中央を横切る管で接続されている。管には固体セラミック電解質と多孔質空気電極が入っている。管の片側には液体金属ナトリウムが満たされ、もう片側には空気が流れる。空気は中央で起こる電気化学反応に酸素を供給し、最終的にナトリウム燃料を徐々に消費する。もう1つのプロトタイプは水平設計で、電解質材料のトレイに液体ナトリウム燃料が保持されている。反応を促進する多孔質空気電極はトレイの底部に取り付けられている。

 湿度を厳密に制御した気流を用いたテストでは、個々の「スタック」レベルで1 kg当たり1,500ワット時を超える電力が得られた。これはシステム全体では1,000ワット時を超える電力に相当するとChiangは述べている。

 研究者達は、このシステムを航空機で使用するために、

カフェテリアの食品トレーのラックのように、セルを積み重ねた燃料パックを燃料電池に挿入することを想定している。パック内の金属ナトリウムは、電力を供給する際に化学変化を起こす。その化学副産物が放出され、航空機の場合はジェットエンジンの排気ガスのように後方から排出される。

 しかし、非常に大きな違いがある。二酸化炭素は排出されない。代わりに酸化ナトリウムからなる排出物が、大気中の二酸化炭素を吸収する。この化合物は空気中の水分とすぐに反応して水酸化ナトリウム(排水管洗浄剤としてよく使われる物質)を生成する。水酸化ナトリウムは二酸化炭素と容易に反応して固体の炭酸ナトリウムになり、さらに重曹として知られる炭酸水素ナトリウムになる。

 「金属ナトリウムから始めると、このような自然な連鎖反応が起こる。」と、Chiangは言う。「すべて自発的である。我々は何もする必要はなく、飛行機を飛ばすだけでよい。」

 さらなる利点として、最終生成物である炭酸水素ナトリウムが海に流れ込んだ場合、海の酸性度を下げ、温室効果ガスによるもう1つの有害な影響を打ち消す効果も期待できる。

 二酸化炭素の回収に水酸化ナトリウムを使用することは、炭素排出量の削減策として提案されているが、化合物自体が高価すぎるため、単独では経済的な解決策にはならない。「しかし、ここでは副産物なので、実質的に無料で、コストをかけずに環境へのメリットをもたらす。」と、Chiangは説明する。

 重要なのは、この新たな燃料電池が他の多くの電池よりも本質的に安全だということである、とChiangは言う。金属ナトリウムは非常に反応性が高いため、しっかりと保護する必要がある。リチウム電池と同様に、ナトリウムは湿気にさらされると自然発火する可能性がある。「エネルギー密度が非常に高い電池では、安全性が常に懸念される。2つの反応物質を隔てる膜が破裂すると、暴走反応を引き起こす可能性があるからである。」と、Chiangは言う。しかし、この燃料電池では、片側は空気だけで、「希薄で限られている。そのため、2つの濃縮された反応物が隣り合うことはない。本当に高いエネルギー密度を目指すのであれば、安全上の理由から、電池よりも燃料電池の方が望ましいであろう。」

 このデバイスはまだ小型の単一セルのプロトタイプに過ぎないが、Chiangによると、このシステムは商業化に向けて実用的なサイズにスケールアップするのは非常に簡単であるそうである。研究チームのメンバーは、この技術を開発するために、すでにPropel Aeroと言う会社を設立している。同社は現在、MITのスタートアップ・インキュベーター「The Engine」に所属している。

 この技術を世界規模で本格的に導入するために必要な量の金属ナトリウムを生産することは、実用的出あるはずである。なぜなら、この材料は過去に大規模生産された実績があるからである。有鉛ガソリンが主流であった時代、段階的に廃止される前は、添加剤として使用される四エチル鉛の製造に金属ナトリウムが使用されており、アメリカでは年間20万トンの生産能力があった。「金属ナトリウムがかつて大規模に生産され、安全に取り扱われ、アメリカ本土に流通していたことを思い出させてくれる。」と、Chiangは言う。

 さらに、ナトリウムは主に塩化ナトリウム、つまり塩から生成されるため、豊富に存在し、世界中に広く分布しており、今日の電気自転車用電池に使用されているリチウムなどの他の材料とは異なり、容易に抽出できる。

 彼等が構想するシステムは、液体金属ナトリウムを充填して密封した詰め替え可能なカートリッジを使用する。使い切ったら、ステーションに返却し、新しいナトリウムを充填する。ナトリウムは98℃で融点が異なり、これは水の沸点よりわずかに低いため、融点まで加熱してカートリッジに燃料を補給するのは容易である。

 当初の計画では、大型ドローンを動かすのに十分な約1,000ワット時のエネルギーを供給できるレンガサイズの燃料電池を製造し、農業などで利用可能な実用的な形でこのコンセプトを実証する予定である。チームは、この実証を来年中に完了させたいと考えている。

 博士論文の一環として実験の大部分を担当し、現在はスタートアップ企業で働くSuganoは、プロセスにおける水分の重要性が重要な知見であったと述べている。純酸素、そして空気を用いてデバイスをテストしたところ、空気中の湿度が電気化学反応の効率に大きく影響することを発見した。湿った空気は、ナトリウムの放電生成物を固体ではなく液体にするため、システム内の空気の流れによって容易に除去できるという利点がある。「重要なのは、乾燥した条件下では固体の放電生成物が形成されるのに対し、この液体の放電生成物を生成し、容易に除去できることである。」と彼女は述べている。

 Ganti-Agrawalは、チームが様々な工学分野から知見を活用したことを指摘している。例えば、高温ナトリウムに関する研究は数多く行なわれてきたが、湿度を制御したシステムに関する研究はこれまで行なわれてこなかった。「電極の設計に関しては燃料電池の研究、そして既存の高温電池の研究、そして初期のナトリウム空気電池の研究も参考にし、それらを癒合させている。」と彼は語る。これが、チームが達成した「性能の大幅な向上」につながったという。

 以下省略。