戻る

減塩食は摂り過ぎと同じくらい不健康か?

Is a Low-Salt Diet as Unhealthy as Having Too Much?

By Jessica Brown

https://www.bbc.com/より   2025.09.01

 

一部の科学者達は、減塩食は過食と同じくらい危険であると主張している。実際はどうなのか?

 

 2017年、トルコ人シェフのNusret Gökçeが、巨大なステーキにひとつまみの塩で愛情を込めて味付けする動画を公開し、ネット上で数百万回再生され「塩好き」というニックネームを獲得したことで、一躍有名になった。しかし、注目を集めたのは彼の細部へのこだわりだけではない。

 我々は塩に夢中である。傾向にもかかわらず、世界中のほぼすべての人々が、本来摂取すべき量のほぼ2倍を消費し、その過程で健康を害している。しかし、ある反論が広がりつつあり、数十年にわたる研究に疑問を投げかけ、我々のお気に入りの調味料について未だ解明されていない疑問に光を当てている。

 塩に含まれる主要元素であるナトリウムは、体液バランスの維持、酸素や栄養素の運搬に不可欠である。ナトリウムは神経の電気的な脈動を超える塩分を摂取しており、世界中の保健当局は人々に塩摂取量を減らすよう説得するのに苦労してきた。

 イギリスのNHS(国民保健サービス)のガイドラインでは、成人は1日当たり6 gを超える塩分を摂取しないことが推奨されている。これには、購入した食品に既に含まれている塩と、調理中または調理後に自分で加える塩が含まれる。イギリスの平均塩摂取量は1日当たり約8.4 gで、アメリカでは8.5 gである。一方、WHO(世界保健機関)は、世界全体の平均的な塩摂取量が1日当たり約10.8 gに増加していると推定している。

 しかし、我々が1日に摂取する塩のうち、自分で食品に加える塩はわずか4分の1に過ぎない。残りは、パン、ソース、スープ、一部のシリアルなど、我々が購入する食品に隠れて含まれている。さらに混乱を招くのは、食品ラベルにメーカーが塩分ではなくナトリウム含有量を記載していることが多いことである。そのため、我々は実際よりも少ない量の塩を摂取していると思い込んでしまうことがある。塩はナトリウム・イオンと塩化物イオンの両方から構成されている。「一般の人々はこれを知らず、ナトリウムと塩分は同じものだと考えている。誰もこのことを教えてくらない。」と栄養素のMay Simpkinは言う。

 アメリカ疾病予防管理センター(CDC)によると、アメリカ人が摂取するナトリウムの40%は、ピザ、デリミート、ブリトー、タコス、スナック菓子、鶏肉、ハンバーガーなどの食品から摂取されている。

 あるメタアナリシスによると、1日に塩分を5 g多く摂取すると、心血管疾患のリスクが17%高まることが明らかになった。

 

塩分の過剰摂取による健康リスク

 研究により、塩分の摂り過ぎは高血圧を引き起こし、脳卒中や心臓病につながる可能性があることが分っている。専門家の間でも、塩摂取に反対する根拠は説得力があると言う点で概ね一致している。我々の体は塩分を摂取すると水分を保持し、腎臓がそれを排出するまで血圧を上昇させる。長期間にわたって塩分を過剰に摂取すると、動脈に負担がかかり、高血圧と呼ばれる長期的な高血圧状態につながる可能性がある。WHOによると、高血圧は脳卒中の62%、冠動脈性心疾患の49%の原因となっている。WHOは、過剰なナトリウム摂取量が原因で、毎年世界中で189万人が死亡していると推定している。

 35年間にわたって発表された13件の研究を対象としたメタアナリシスでは、1日に5 gの塩分を多く摂取すると、心血管疾患全体のリスクが17%、脳卒中のリスクが23%高まることが明らかになった。

 

減塩による健康効果

 ご想像の通り、減塩は逆効果をもたらす可能性がある。イングランド健康調査の8年間のデータ分析によると、1日当たり1.4 gの塩摂取量の減少は血圧低下に寄与する可能性が高いことが示唆されている。これは、致死性脳卒中乃42%減少と心臓病関連死亡の40%減少に寄与した。

 2023年に発表された最近の臨床試験では、1週間の減塩食を続けることで、高血圧患者に一般的に処方される薬剤に匹敵する血圧低下効果が得られたことが分った。

 しかし、観察研究を行なった研究者は、塩摂取量を減らすことの影響を他の食生活や生活習慣から完全に切り離すことは難しいという結論に至った場合が多い。塩摂取量を意識している人は、全体的に健康的な食生活を送り、運動量が多く、喫煙や飲酒量が少ない傾向があるからである。

 塩分が身体に与える影響を示すランダム化試験を実施することはほぼ不可能である。しかし、肥満や喫煙(喫煙は死に至ることが分っている)に関するランダム化試験も存在しない。

 塩を多く摂取する人と少量しか摂取しない人を比較する長期ランダム化比較試験は、因果関係を証明できる可能性がある。しかし、資金要件と倫理的な問題から、そのような研究は極わずかである。「塩が体に与える影響を示すランダム化試験を実施するのはほぼ不可能である。」と、ウォーリック大学医学部の心臓血管医学・疫学教授で、8年間にわたるレビューの著者であるFrancesco Cappuccioは述べている。

 「しかし、肥満や、死因となることが分っている喫煙に関するランダム化試験もない。」

 一方、観察証拠は豊富にある。1960年代後半、日本政府が国民の減塩を促すキャンペーンを開始した後、1日の塩摂取量は13.5 gから12 gに減少した。同時期に血圧が低下し、脳卒中による死亡率は80%減少した。フィンランドでは、1日の塩摂取量は1970年代後半の12 gから2002年にはわずか9 gにまで減少し、同時期に脳卒中と心臓病による死亡率は7580%に減少した。

 

塩摂取量が人それぞれに与える影響

 しかし、さらに複雑な要因として、塩摂取量が血圧と心臓の健康に与える影響は個人差がある。

 研究によると、塩分に対する感受性は人によって異なり、民族、年齢、体格指数、健康状態、高血圧の家族歴など、さまざまな要因によって左右される。また、塩感受性が高い人は、塩関連高血圧のリスクが高いことが、いくつかの研究で示されている。

 実際、一部の科学者達は、減塩食は高塩摂取量と同様に高血圧発症の危険因子であると主張している。言い換えれば、J字型またはU字型の曲線があり、その下端に閾値があり、そこからリスクが再び上昇し始めるということである。

 例えば、あるメタアナリシスでは、低塩摂取量と心血管関連イベントおよび死亡率との関連が示された。研究者達は、1日当たり5.6 g未満または12.5gを超える塩摂取量は、健康状態の悪化と関連していると主張した。

 2020年に発表された別の研究では、厳格な塩摂取量制限は心不全患者の健康状態の悪化と関連しており、特に若年層と非白人層で顕著であった。

 17万人以上を対象とした別の研究でも同様の結果が得られた。7.5 g未満と定義される「低」塩摂取量と、高血圧に有無に関わらず、1日最大12.5 gの「中」塩摂取量との間に関連が見られた。この中程度の摂取量は、イギリスの推奨1日摂取量の最大2倍に相当する。

 この研究の筆頭著者であるオンタリオ州マックマスタ―大学の栄養疫学者Andrew Menteは、塩摂取量を高から中程度に減らすことで高血圧のリスクは低下するものの、それ以上の健康効果はないと結論付けた。また、低から中程度に増やすことも効果があるかもしれない。

 「中間のスイート・スポットを発見したことは、あらゆる必須栄養素に期待される結果と一致している。つまり、高濃度では毒素が、低濃度では欠乏症が現われるということである。」と彼は言う。「最適なレベルは常に中間のどこかにある。」しかし、誰もが同意するわけではない。

 Cappuccioは、塩摂取量を減らすことで、過食する人だけでなく、すべての人の血圧が下がると断言している。近年、反対の結論に至る研究が相次いでいるが、それらは機微が小さく、既に体調の悪い被験者も含まれており、データに欠陥があるとCappuccioは指摘している。Menteの研究では、24時間かけて複数回の検査を行うという「ゴールドスタンダード」ではなく、被験者に空腹時のスポット尿検査を実施した。

 慈善団体であるイギリス栄養財団の科学ディレクターSara Stannerも、高血圧患者の塩摂取量を減らすことで血圧と心臓病のリスクが低下するという確固たる証拠に同意している。そして、一部の研究で危険なほど低いとされている3 gという低塩摂取量を達成している人は多くはない。

 Stannerによると、我々が購入する食品に含まれる塩濃度を考えると、これを達成するのは難しいとのことである。

 「我々が摂取する塩の多くは、日常の食品に含まれている。」と彼女は言う。「だからこそ、イギリスで実際に行なわれているように、食品サプライチェーン全体にわたる配合変更こそが、国民の塩摂取量を削減するための最も効果的なアプローチである。」

 専門家の間でも、塩の過剰摂取が健康的な食事と運動で相殺できるかどうかについて意見が分かれている。Stannerを始めとする専門家の中には、果物、野菜、ナッツ、乳製品に含まれるカリウムを豊富に含む食事が、塩が血圧に及ぼす悪影響を相殺するのに役立つと主張する人もいる。

 ランカスター大学の健康経済学上級講師であるCeu Mateusは、塩分を完全に避けようとするのではなく、食事に隠れた塩分に気付くことを優先すべきであるとアドバイスしている。

 「塩分の摂り過ぎで起こる問題は、塩分の摂り過ぎで起こる問題と似ている可能性があるが、ここで何が起きているのかを理解するには、さらなる研究が必要である。その間、健康な人は少量の塩分をうまく調整できるようになるでしょう。」とMateusは言う。

 「塩分の摂り過ぎは本当に悪いことであると認識すべきであるが、食事から完全に排除すべきではない。」

 2022年の論文で、研究者達は低塩食と高塩食と比較して、1日36 g乃適度な塩摂取量が心臓病のリスクを軽減するのに細胞的であると結論付けた。

 最近の研究では、低塩食の潜在的な危険性や塩分に対する個人差が指摘されているが、既存の研究から得られる最も確固たる結論は、塩分の摂り過ぎは間違いなく血圧を上昇させると言うことである。