有機カソードによりナトリウム・イオン電池は
リチウム・イオン電池と競合可能
Organic Cathode Makes Sodium-Ion Batteries Competitive with Lithium
By Kyle Proffitt
https://www.batterypoweronline.com/ 2025.04.02
2025年4月2日 - マサチューセッツ工科大学の研究者達は、ナトリウム・イオン電池に最適な酸化還元活性有機カソード材料を発見した。この材料は、リチウム・イオン技術に匹敵するエネルギー密度、高出力、そして13,000サイクル以上持続すると予測される安定した性能を実現する。筆頭著者のTianyang Chenは、「この材料は、最先端のリチウム・イオン技術、つまりナトリウム・イオンだけでなくリチウム・イオンにも匹敵する性能を備えており、非常に安定したサイクル性能とレート性能を備えている。…非常に高い出力も備えている。」と述べている。この研究は、2月にJournal of the American Chemical Societyに掲載された。
リチウム・イオン電池は、固体、シリコン負極、リチウム硫黄、そして様々な設計や改良によって限界に挑戦し続けているが、一般的には、コバルト、ニッケル、マンガンといった物議を醸す金属に依存しており、その下には限られた量のリチウムが存在する。ナトリウム・イオン電池は、電動化の進展に伴う需要を満たす有力な候補として注目を集めているが、まだ本格的な実用化には至っていない。リチウムに比べてナトリウムは豊富で安価であるが、十分なエネルギー密度、充放電速度、そして全体的な安定性を実現する材料の組み合わせは未だ実現されていない。Battery Power Onlineは、この状況を変える発見について、Chenに話を聞いた。
正極(カソード)としての有機分子
最初の根本的な発見は、これらの電池の正極として用いられる材料である。この材料はビステトラアミノベンゾキノン(TAQ)で、酸化還元活性カルボニル(C=O)基を含む平面上の3環芳香族分子である。現在、プリンストン大学に所属するナトリウム・イオン研究の主任研究者、Mircea Dincăのグループは、2023年のJoule誌で、この分子を疑似容量性エネルギー貯蔵に用いることを初めて報告した。彼等は、分子間の水素結合により、実質的に二次元のシート状の材料が形成され、まるで拡張ポリマーのように見えることを示した。これらの層はきれいに積み重なり、層間にイオン拡散の余地を残す。正確には3.14オングストロームの層間距離があり、Chenによると、これは層間距離が一般的な2.8~2.9オングストロームの層状酸化物材料よりも優れているとのことである。もちろん、正極に有機材料(炭素、水素、窒素、酸素)を使用することでコバルトなどの金属を避け、TAQの入手も容易になる。「TAQの原料は、染料業界で広く生産されている工業材料である。」とChenは述べた。
同じくChenが筆頭著者を務めるDincăのグループによる昨年の報告書では、TAQがリチウム・イオン電池に使用され、重量基準のエネルギー密度とレート特性において、リン酸鉄リチウム電池やほとんどのニッケル、マンガン、コバルト正極よりも優れた性能を示したことが報告されている。TAQをナトリウムと併用するには、わずかな調整を加えるだけで済んだ。
ナトリウム・イオン電池特有の問題
層間距離は、ナトリウムの場合に特に重要になる。なぜなら、ナトリウムは同じ化学族に属し、リチウムと同様の挙動を示すにもかかわらず、ナトリウム・イオンははるかに大きいため、「保管中に構造的な歪みや体積変化がはるかに大きくなる。」とChenは説明した。研究者達は、TAQ正極と金属ナトリウム負極、またはナトリウムを含め予め添加した硬質炭素を組み合わせ、電解液にはDME/ジグライム溶液中のNaPF6を採用した。
これらのTAQ電池におけるナトリウム・サイクルは、いくつかの独特な特性を示す。TAQ分子1つは、ナトリウム・イオン4個と電子4個を受け入れることができる。つまり、放電中に4つの還元反応が個別に発生し、電圧放電曲線では2つの主要な段階として現われ、それぞれに2つの小さなプラトーが存在する。このパターンは、ニッケル、マンガン、コバルト正極におけるリチウムの漸進的なインターカレーションとそれに伴う穏やかな放電曲線とは異なり、酸化還元反応が離散的に発生するためである。また、ナトリウムの場合、平均放電電圧は2 Vと低くなっている。Chenは、この独特な電圧曲線は実際には利点となる可能性があると述べている。「これは単に、放電中に非常に安定した中間体が存在することを意味する。つまり、その電圧を長時間維持できるということである。」
TAQの層は優れた電子伝導性を示す。「各層内では、電子輸送が非常に効果的である。これは、この材料が平坦でπ共役な分子構造と異なる分子間の水素結合によって促進される、非常に良好な拡張共役を有するためである。」とChenは述べた。最後に、分子間の水素結合と層間の相互作用は、他の多くの有機電極材料で問題となる電解質への溶解性を防ぐのに役立ち、電池寿命を制限する要因となる。
正味の効果は、印象的な統計値である。TAQの理論上の比容量は355 mAh/gであるが、研究者達は電極レベルで実験的に606 Wh/kgを達成することができた。この値は、一般的なNMC 811リチウム・イオンのエネルギー密度(最大750 Wh/kg)には及ばないが、リン酸鉄リチウム電池(約450 Wh/kg)を上回っている。エネルギー密度は、層状酸化物(最大約600 Wh/kg)やプルシアン・ブルー類似体(最大450 Wh/kg。これは、Natron Energyが電池で使用している疑似である)などの他のナトリウム・イオン正極よりも優れている。これは他のすべての有機正極を上回っている。その電子伝導性は有機電極材料の中で非常に高いため、研究者達は正極にこの活物質の90%を充填して、この高い重量エネルギー密度を達成することができた。研究者達は、ナトリウムを添加したTAQの電極における体積エネルギー密度が723 Wh/Lであるのに対し、リン酸鉄リチウム電池の値は約50%高いと報告しており、依然として障害となっている可能性がある。つまり、TAQナトリウム・イオン電池は、同等のリチウムを用いたリン酸鉄リチウム電池よりも軽量であるが、サイズは大きくなる。
研究者達は、硬質炭素正極セルを正極でのエネルギー密度336 Wh/kgで5,000回充放電サイクル試験を行った。この充放電サイクル速度では、ピーク容量のわずか7.4%しか低下せず、2 Cをわずかに上回る値であった。この測定値から推定すると、劣化率が一定であれば、13,500サイクル後もセルは80%の容量を維持すると示唆されている。
ナノチューブでより高速に
研究者達は、電子伝導性が依然として高速化のボトルネックとなっているという理解に基づき、これらの電池をさらに進化させることを決意した。この目的のために、彼等はin situ成長法を用いてTAQに「カーボン・ナノチューブを巻き付ける」という手法を用いた。カルボキシル基を有する単層カーボン・ナノチューブを使用し、わずか2%のcSWCNTを添加することで正極性能を向上させた。「各粒子はカーボン・ナノチューブで巻き付けられ、隣接する粒子とカーボン・ナノチューブを介して結合している。」とChenは述べている。「ごく少量のカーボン・ナノチューブを用いて、これらの粒子すべてを束ね」、電子輸送を促進する。」
この改良により、高速化性能は飛躍的に向上した。90秒の充放電サイクルで472 Wh/kgの容量を実証した。さらに高速化を進め、電流密度20 A/g(30秒未満の充放電)という高い電流密度でセルを充放電させ、電極レベルでの最高比出力31.6 kW/kgを達成した。cWSCNTを使用したTAQと他のナトリウム・イオン正極との差は、このような高エネルギー密度において顕著になる。10 A/gの条件下でも、TAQの電極レベルのエネルギー密度は472 Wh/kgであるが、次に近い正極材料は約200 Wh/kgである。
今後の展望
ナトリウム・イオン技術は、他の化学技術を補完するものとして位置付けられる可能性が高い。ここで概説したような開発を経ても、ナトリウム・イオンがニッケル、マンガン、コバルト・ベースのリチウム・イオン技術、特に体積エネルギー密度の点で競合できる可能性は低い。しかし、この指標においてもリン酸鉄リチウム電池を上回る性能を発揮する可能性はある。「この技術は将来、リン酸鉄リチウム電池技術に取って代わる可能性がある。」とChenは述べた。これは特に、重量やサイズが大きな問題とならない定置型エネルギー貯蔵、つまり個人住宅のバックアップ・システムから再生可能エネルギー送電網の展開、データ・センターなど、あらゆる定置型エネルギー貯蔵に当てはまる。安定性、信頼性の高い電力、そして低コストが、これらの用途における重要なパラメータとなる。さらに、自動車メーカーが中価格帯のグレードにリン酸鉄リチウム電池を採用するケースが増えているため、TAQベースのナトリウム・イオン電池と同じ用途に使用できる可能性がある。Chenは、TAQのコストはニッケル、マンガン、コバルトの半分から3分の1、リン酸鉄リチウム電池の半分であると見積っており、経済的なメリットをもたらすとしている。さらに、リン酸鉄リチウム電池の生産はほぼすべて中国を経由するが、TAQはどこでも生産可能である。
本研究はランボルギーニ社の支援を受けており、TAQナトリウム・イオン電池の優れた電力性能(急速加速を実現)から、同社がこれらの開発を高く評価するのは当然のことである。TAQは、共著者のHarish BandaとDincăによって設立されたスピンオフ企業、Daqus energyにも貢献した。Daqusは現在、リチウム系TAQ電池に注力しており、電気自動車に搭載可能なセルの製造に向けて生産規模を拡大している。繰り返しになるが、リチウム・イオンTAQは重量ベースのエネルギー密度においてNMC811を上回り、重量基準と体積基準の両方でリン酸鉄リチウム電池を上回り、最先端の電気自転車用電池と競合する機会を得ている。