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ナトリウム・イオン電池は競争に勝つために画期的な進歩が必要

Sodium -Ion Batteries Need Breakthroughs to Compete

https://www.power-and-beyond.com/       2025.01.16

 

 スタンフォード大学とSLAC(サウスカロライナ大学アーバイン校)が共同で設立したエネルギー技術分析プログラムは、ナトリウム・イオン電池とその競合製品の市場とサプライチェーンへの影響を初めて徹底的に分析した。

 

 多くの電池技術者とその支持者たちは、長年にわたり主流のリチウム・イオン電池よりも安価な電池の開発を目指してきた。年間500億ドル規模で成長を続けるリチウム・イオン電池市場の一部を獲得したいと願っているからである。研究者、スタートアップ企業、ベンチャー・キャピタリストの間で注目を集める最新の有力候補であるナトリウム・イオン電池は、COVID-19の影響による鉱物サプライチェーンの課題でリチウム価格が乱高下したことで、大きな注目を集めている。しかし、Nature Energy誌に掲載された新たな研究によると、ナトリウム・イオン電池が低コストの電池を実現するには数年かかる可能性があり、技術の進歩と好ましい市場環境が必要になるということである。

 ナトリウム・イオン電池は、リチウム・イオン電池に比べてコストが低く、サプライチェーンの回復力が高いと良く考えられている。しかし、大きな可能性を秘めているにもかかわらず、ナトリウム・イオン電池は依然として厳しい状況に直面している。1ポンド当りのエネルギー貯蔵量は、リチウム・イオン電池よりも低い傾向にある。そのため、材料価格の低下はさておき、エネルギー貯蔵単位当りのコストはナトリウム・イオン電池の方が依然として高いままである。このことは、研究における画期的な進歩が先行しない限り、広範な商業的普及を阻む可能性が高いことであろう。

 この研究では、最も発展の可能性が高い分野が強調されている。これはスタンフォード大学ドーア・サステイナビリティ・スクールのプレコート・エネルギー研究所とSLAC-スタンフォード・バッテリーセンターの新たなパートナーシップによる初の研究である。この新プログラム「STEER」は、新興エネルギー技術の技術的および経済的ポテンシャルを評価し、エネルギー転換に向けて「何を構築し、どこで革新を起こし、どのように投資すべきか」を助言する。この新たな研究では、ナトリウム・イオン電池の競争ポテンシャルに関するロードマップの堅牢性を検証するため、6,000以上のシナリオを評価した。

 「2022年にリチウム・イオン電池の価格が初めて上昇し、代替電池の必要性が懸念された。ナトリウム・イオン電池は、リチウム・イオン電池の短期的な競合相手として最も有力視されており、多くの電池メーカーがナトリウム・イオン電池の大規模生産計画を発表し、既存電池によりも低価格化への道筋を示唆している。」と、本研究の筆頭著者であり、アメリカエネルギー省内の3つの部局の支援を受けて202310月に開始されたSTEERの創設者兼チームリーダーであるAdrian Yaoは述べている。

 「ナトリウム・イオン電池がリチウム・イオン電池の価格を下回るかどうか、何時、どのように下回るかは、特にリチウム・イオン電池の価格が下落し続けている現状を考えると、ほとんどの推測の域を出ないことを認識していた。」と、博士課程の学生であるYaoは述べた。Yaoは、リチウム・イオン電池のスタートアップ企業の創業者兼最高技術責任者を8年間務めた後、現在では大規模な商業生産を行なっている。

 Yao博士の共同指導教員は、本研究の主任著者であり、STEERの共同ディレクターでもあるドーア・スクール・サステイナビリティ・エネルギー科学工学科のプレコート家教授であるSally Bensonと、工学部材料科学工学准教授、SLAC光学科学准教授、

ドーア・スクール・エネルギー科学工学准教授のWilliam Chuehである。「このナトリウム・イオン研究は、研究と投資を最も追求する価値のある技術ロードマップへと導き、そしておそらくより重要なのは、成功の可能性が低いロードマップを避けるための新たな方法として、STEERを立ち上げるのに最適な取り組みであった。」とBensonは述べている。

 

ナトリウム・イオン電池の「すべきこと」と「すべきでないこと」

 本研究では、特に低コストのリチウム・イオン電池であるリン酸鉄リチウム電池と価格競争を繰り広げるためにナトリウム・イオン電池開発者にとって重要ないくつかの方向性も明らかにしている。最も重要なのは、不可欠な鉱物を使用せずにエネルギー密度を高めることである。具体的には、開発者はニッケル使用を減らしつつ、リン酸鉄リチウム電池のエネルギー密度を目標とすべきである。現在、主要なナトリウム・イオン電池の設計のほとんどは、比較的高価な金属に依存している。

 「しかし、我々の主な目的は、価格が均衡化すると予想される具体的な年を予測することではなく、様々な市場シナリオが競合技術の実現可能性に与える影響を明らかにすることであった。」とChuehは述べている。

 「技術者であり投資家でもある我々は、デバイスが商業生産段階に達した途端、規模の経済によって必ず価格が急落するとは考えられないか。確かに学習曲線は存在するが、ここではその曲線を定量化し、それだけでは十分ではないことを示している。」とプレコート・エネルギー研究所の所長でもあるChuehは述べた。「エンジニアリングの進歩は、単に生産規模を拡大するよりも、ナトリウム・イオン電池のコスト削減に大きく貢献するであろう。」

 研究者達は、こうした進歩や新しい電池化学は概して追求する価値があると述べた。エネルギー省の2022年エネルギー貯蔵サプライチェーン分析では、送電網エネルギー貯蔵システムの技術を多様化することで、サプライチェーン全体の回復力を高めることができると指摘している。持続可能なエネルギーへの世界的な移行のためにより多くのエネルギー貯蔵が必要となる中で、リチウム・イオン電池に過度に依存し続けることは、安全保障、経済、地政学的リスクをもたらす。例えば、この研究では、中国が世界の供給量の90%以上を占めるリチウム・イオン電池に使用される重要な材料であるグラファイトを供給ショックが発生した場合、ナトリウム・イオンの競争力がどのように加速するかをシミュレーションしている。実際、中国は2024123日、アメリカへのグラファイトの輸出を大幅に制限し、他の3つの重要な鉱物の輸出も禁止し始めた。

 この調査では、ナトリウム・イオンとリチウム・イオンの競争に悪影響を与える可能性のある市場要因とサプライチェーンの状況も特定している。例えば、リチウム価格が現在の歴史的な低水準で推移した場合、ナトリウム・イオンが今後10年間で価格優位性を獲得できる技術ルートは限られる。

 「業界関係者から学んだ重要な点の1つは、電池セルの価格は重要であるが、技術はシステム・レベルでのみ成功する。例えば、電気自動車や系統規模の蓄電システムなどである。だからこそ我々は現在、安全性のコストやその他のシステム上の考慮事項を理解するなど、より包括的な視点を提供するために研究範囲を拡大する。」とYaoは述べている。

 

次に

 STEERは、そのアプローチを他のテクノロジー分野に滴用し始めた。その研究者達は前述の、しばしば見落されがちな重要な鉱物であるグラファイトのサプライチェーンを調べている。業界幹部とエネルギー省のリーダー達は、9月にワシントンDCの円卓会議で尋ねて答えるように適切な質問について助言した。このワークショップには、40を超える業界組織が含まれ、鉱業会社から自動車メーカーまでのバリューチェーンと、超党派のインフラストラクチャー法に基づいて資金を提供するすべてのグラファイト・メーカーを縫い合わせた。

 「STEERは、エネルギー移行に貢献する可能性が最も高いパスを特定することができ、業界、政府、その他の研究機関の協力者のおかげで同様の効果があるかどうかにもつながる可能性がある。」とBensonは述べている。「我々のチームは、商業展開の経験、技術ロードマップ、そしてシステム思考を融合させている。」

 STEERチームはまた、長期エネルギー貯蔵や、水素、産業の脱炭素化などのその他のエネルギー移行分野における技術ロードマップの分析も計画している。