ケーキ作りから記録破りまで:スポーツ界における重曹の台頭
From Baking Cakes to Breaking Records: The Rise of Sodium Bicarbonate in Sport
By Julia Robinson
https://www.chemistryworld.com/ 2024.08.08
重曹として知られる重炭酸ナトリウムは、ほとんどの人がベーキングや掃除に使うある化合物ある。しかし、一流アスリート、特にランナーがパフォーマンス向上のために合法的なサプリメントとして使うことが増えている。
この化合物は今年のパリ・オリンピックで800 mで金メダルを獲得したイギリスのKeely Hodgkinson選手など、使用者からゲームチェンジャーと評されている。しかし、それは本当に効果があるのであろうか。効果があるとすれば、どのように効果があるのであろうか。そして、重要なのは、副作用はあるのであろうか。
重炭酸ナトリウムは、パフォーマンス向上剤としてどのくらい前から研究されてきたか?
重炭酸ナトリウムの運動パフォーマンスの影響は、1930年代から研究されてきた。しかし、この化合物の運動パフォーマンスへの影響が国際的に注目されるようになったのは1980年代になってからであった。
それ以来、格闘技から高強度のランニングや水泳まで、さまざまなスポーツ競技のパフォーマンスに対する重炭酸ナトリウムの効果について多くの研究が行なわれ、スポーツで使用されるサプリメントの中で最もよく研究されているものの1つとなっている。
どのように作用するのか?
重炭酸ナトリウムがパフォーマンスを向上させる仕組みについてはまだ合意が得られていないが、そのメカニズムは細胞外緩衝能力をサポートする役割にあると考えられる。
血液中の重炭酸塩(HCO3-)は、血液のpH濃度を調節し、代謝機能をサポートする酸塩基緩衝システムの一部である。血液のpHがアルカリ性すぎると、炭酸(H2CO3)からプロトンが溶解してHCO3-が形成される。
血液のpHが酸性すぎると、HCO3-はプロトンと結合してH2CO3を形成し、その後水と二酸化炭素(CO2)に解離する。これにより呼吸速度が上昇し、より多くのCO2が放出されて酸塩基バランスが回復する。
重炭酸塩サプリメントによってもたらされる追加の緩衝能力により、運動後の血中乳酸が増加するとこが判明しており、これは筋肉組織からの水素イオンの流出量の増加によるものと考えられている。これにより、筋肉内の乳酸の蓄積と全体的な疲労が軽減される。
誰が使用しているか?
重曹はトラック競技の選手、つまり高強度で1~15分で完了する競技の選手が
摂取する傾向がある。これは、この時間帯にパフォーマンス向上の証拠が最も多く見られるためである。例えば、2024年のオリンピックに出場する選手、800 mオリンピック・チャンピオンのKeely Hodgkinson選手などが重曹を使用したと報告されている。
しかし、重曹は長距離競技に出場するサイクリストの多くにも使用されているが、彼等のパワー出力はコース中に変化するため、重曹が効果を発揮する期間と一致する高強度の期間がある可能性がある。また、プロの長距離走でも使用されていると報告されており、例えば、世界で最も権威のあるウルトラマラソンのいくつかで優勝したKilian Jonet Burgadaも重曹を使用している。
アスリートはどのように摂取するか?
最も簡単な摂取方法は、粉末状でどの食料品店でも入手可能である。しかし、味や胃腸の問題に関する問題が生じる。
数年前、研究者は胃で分解されずに腸で分解される腸溶性カプセルで重曹を摂取することで、胃腸の問題を最小限に抑えることができることを突止めたが、これはあまり普及しなかった。
スエーデンの大手スポーツ栄養会社Maurtenが「Bicab Systm」を発売して以来、使用が増えている。このシステムは、胃腸障害を起こさずに重曹のメリットをすべて得られると約束している。このシステムでは、小さな重曹タブレットが放出を遅らせるハイドロゲルに包まれている。同社は、このシステムは噛まずに飲み込む必要があると述べている。
投与量は?
研究によると、体重1 kg当たり0.2~0.5 gの重炭酸ナトリウムを摂取すると、ボクシングやレスリングなどの格闘技を含む持久力を要する運動や、高強度のサイクリング、ランニング、水泳、ボート漕ぎのパフォーマンスが向上することが示唆されている。
血液中の重炭酸ナトリウム濃度がピークに達するまでの時間は個人によって異なるが、通常は摂取後1~3時間である。一流アスリートはトレーニング中にこれを測定してレースに適用するとこがよくあるが、一般的にはイベントの60~90分前に摂取する。
アスリートの中には、運動の3~7日前に複数日プロトコルを服用する人もいる。これにより、競技当日に重炭酸塩による副作用のリスクを軽減できると考えている。しかし、重炭酸塩を複数日追加してもパフォーマンスにさらなるメリットがあると言う証拠はない。サイクリングでは、アスリートは長距離レースで1~2時間ごとに5 gの追加容量を服用することがよくある。
例えば、すべての運動トレーニング・セッションの前に重炭酸ナトリウムを長期にわたって使用すると、疲労までの時間や出力の向上など、トレーニング適応が強化される可能性があることが示唆されているが、これもまた、これを裏付ける証拠はほとんどない。
パフォーマンスはどの程度向上するか?
研究では、重炭酸ナトリウムの補給により運動能力が1~3%向上することが示されている。ただし、平均的なアスリートの場合、このサプリメントが実際に効果を発揮する可能性は低いであろう。一流アスリートの場合、重炭酸ナトリウムはパフォーマンスを向上させる可能性があるが、研究で示されたほどの効果はおそらくないであろう。専門家はChemistry Worldに対し、試験設定の結果を実際のイベントに当てはめると、サプリメントを使用する人としない人の間に大きな違いが見られると予想されるが、これを示す証拠はまだほとんどない。
副作用はあるか?
副作用の発生率と重症度は個人によって異なる。重炭酸ナトリウムのサプリメントの最も一般的な副作用は、膨満感、吐き気、嘔吐、腹痛である。これは、体内の重炭酸緩衝システムが血液のpHのみに関与しているのではなく、胃や十二指腸の胃酸を中和するなどの他の役割も果たしているためと考えられる。
より大きな問題は、ナトリウムを大量に摂取すると、翌日の水分貯留や高血圧の可能性が高まることである。多くのアスリートが、ナトリウムを摂取した後に頭痛を訴え、翌日には一時的に体重が最大1 kg増加することがある。栄養学の専門家は通常、アスリートに対し、ナトリウムを週に2回または3回以上使用しないようアドバイスしている。
重曹を少量ずつ、高炭水化物の食事と一緒に摂取するか、腸溶性カプセルで摂取すると、副作用の可能性を減らすことができる。