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ナトリウムが電池の世界にやってくる

ナトリウム・イオン技術は準備が整っており、安価で安全であるが、リチウム・イオンを追い出せるか?

Sodium Comes to the Battery World

By Alex Scott

C&EN 2022;100        2022.05.24

 

 「電池の化学者になるのは、何という時代であろう。論文上では何人かは億万長者ですらある。」と電池会社ファラディオン社の主任科学者兼創設者であり、何十年にもわたって電池材料を発見してきた化学者であるジェリー・バーカーは言う。

 リチウム・イオン電池技術のブレークスルーは、ほぼ毎日登録されている。「全てについていくことは出来ない。」とバーカーは言う。リチウム・イオン電池を製造するギガファクトリーがますます頻繁に出現している。リチウム・イオン電池技術をその地位から転落させるには、何か特別なことが必要になるだろう。

 しかし、リチウムには根本的な問題がある。この元素の重要は電気自動車、携帯用電子器機、定置型エネルギー装置などの用途で非常に大きく、リチウム採掘会社は追いつくのに苦労している。コンサルティング会社Avicenne Energyの上級顧問マイケル・サンダースは3月の開催された国際電池セミナーの展示会で「リチウムの価格は高止まりするだろう。」と語った。さらに、世界のリチウム供給量の約90%は中国企業によって管理されている。

 その結果、特に電池材料の安全な供給網を求める欧米企業から、ナトリウム・ベースの電池が注目されている。ナトリウム・イオン電池のアキレス腱は、同じサイズのリチウム・イオン電池のエネルギーの約3分の2しか蓄えられないことである。ナトリウム・イオン電池の開発者は試作品のエネルギー密度を着実に高めていると述べている。いずれもまだ商業化されていないが、リチウムの深刻な競争が間もなく始まる可能性がある。

 「リチウムの価格は非常識なレベルに達している!」テスラのCEOであるイーロン・マスクは48日にツイートした。リチウムは地球上のほぼ何所にでもあるため、元素自体に不足はないが、抽出/精製のペースは遅い。」マスクは精製サービスWorld of Statistacsのデータを指摘し、水酸化リチウムの価格が2019年の6,800ドルから1トン当たり78,032ドルに上昇したことを示している。

 一方、一般的なナトリウム・イオン電池の前駆体である水酸化ナトリウムの価格は1トン当たり800ドルを下回っている。リチウムは岩石や塩水から抽出する必要があるが、電池グレードの水酸化ナトリウムは塩を塩素に電解変換する際に容易に生成される。

 ナトリウム・イオン電池を開発しているファラディオン社のクリス・ライト会長によると、コストは確かにリチウム・イオンとナトリウム・イオンの重要な差別化要因である。

 

ナトリウムまたはリチウム?

 ナトリウム・イオン電池は多くの点でリチウム・イオン電池に優っているが、エネルギー密度の重要な特性についてはそうではない。

 

特性値

ナトリウム・イオン」

リチウム・イオン

エネルギー密度

70-160 kWh200 kWhまでの可能性あり

リチウム鉄リン酸塩陽極で約150 Wh/kgからニッケル・マンガン・コバルト陽極で275 Wh/kgまでの範囲

製造

商業規模での製造はまだない

大規模で高性能な自動車で実証済み

原料費

水酸化ナトリウムはトン当たり300-800ドル

水酸化リチウムはトン当たり78,000ドル

安全性

熱暴走の危険性はない

過熱して発火する可能性あり

サイクル寿命

一部の開発者は性能低下を克服するのに苦労している

高サイクルにわたって安定した性能

低温性能

マニナス20℃で90%以上の性能を維持

低温でかなり低下する

リサイクル性

回収行程は簡単

金属の複雑な分離が要求される

出典:E&EN Research

 

 ナトリウム・イオン電池の部品表はリチウム・イオン電池で作られた同等の電池よりも約3分の1安い。」とライトは言う。ナトリウム・イオン電池は-20℃という低温でも良好に機能し、「発火することが知られている一部のリチウム・イオン電池とは異なり、熱暴走の危険性はない。」と開発レベルは付け加える。

 充電式ナトリウム・イオン電池は、ナトリウム・イオン電池と構造が似ている。充電中、ナトリウム・イオンはナトリウムと鉄を含む陽極から液体電解質を通り、ポリマーバリアを通過して硬質炭素陰極に移動する。放電すると、ナトリウム・イオンは陰極から陽極に戻る。

 ファラディオン社の電池のエネルギー密度は約160 kWhで、リン酸鉄リチウム電池陽極を備えた古いリチウム・イオン電池と同様である。少なくとも今のところ、ナトリウム・イオンはエネルギー密度が比較的低いため、高速電気自動車での使用が妨げられており、その用途は主に定置型エネルギー市場に限定されている。それでも、コンサルティング会社のWood Mackenzie2021年の報告書で、ナトリウム・イオン電池はリン酸鉄リチウムおよびニッケル・マンガン・コバルトを含む新しいリチウム・イオン電池に対する給水網の圧力の一部を緩和する可能性があると予測している。同社は、ナトリウム・イオン電池の生産量が2030年までに20 GWhに達し、現在のパイロット規模の生産量から増加すると予測している。Avicenneのサンダースによると、2030年の電池の総生産能力は約2,800 GWhになるとのことである。

 以前は電池での使用を妨げていたナトリウム・イオンのエネルギー密度の低さは、結局のところ、そのような問題ではないかもしれない、とライトは言う。「人々は多くの用途において、エネルギー密度がわずかに低いことは、かつて考えられていたほど商業的に重要ではないことに気付いた。」と彼は言う。

 ライトによると、89年前にほぼ償却されたリチウム鉄リン酸塩ベースの電池が市場でますます大きなシェアを占めている。その理由の1つは、より新しく、よりエネルギー密度の高いリチウム・イオン電池は熱出力が高く、冷却のためにより多くのスペースが必要なことである、と彼は言う。

 ファラディオン社を始めとするナトリウム・イオン電池の開発者は、電池技術と構成要素技術の改善を通じて、今後数年間での電池のエネルギー密度が向上することを期待している。ファラディオン社は190 kWhを目標としている。「我々の最新の理解は、電池内のナトリウム・イオンの性能が、我々が考えていたよりも良くなる可能性があることを示している。」とバーカーは言う。

 インドのReliance Industriesの幹部は、ナトリウム・イオン技術が電池市場でニッチ市場を切り開くのに適した位置にあると考えている。産業の巨人は1月にファラディオン社を13,500万ドルで買収し、このイギリス企業に3,500万ドルを投資して、その技術を商業化することを約束した。Relianceは、インドのJamnagarにナトリウム・イオン電池工場を建設する予定で、人力車などの低速の電気自動車や定置型電力貯蔵装置などの用途に使用される。

 ファラディオン社は、商用生産の短期的な計画を持っている唯一のナトリウム・イオン企業ではない。カリフォルニアに拠点を置く新興企業のNatron Energyは今月初め、2023年に年間0.6 GWhのナトリウム・イオン電池を生産する施設を開設する計画を発表した。ゼロからプラントを建設するのではなく、NatronClariosと提携して、ミシガン州にあるClariosのリチウム・イオン電池工場の一部をナトリウム・イオン技術に変換した。

 Natronは陽極と陰極の両方にプルシアン・ブルーという顔料をベースにしたナトリウム材料を使用している。陰極は鉄が豊富で、陽極はマンガンが豊富である。「素材と化学はNatronが革新するところである。製造技術は全て標準である。」とNatronの最高業務責任者であるRob Roganは言う。

 同社はLonzaの元特殊化学事業であるArxadaにプルシアン・ブルー化合物の製造を委託している。ArxadaはスイスのVispでシアン化水素前駆体を含む材料を製造している。Natron電池のエネルギー密度は約70 Wh/kgである。個人レベルは鉛蓄電池と同様であり、ほとんどの電気自動車には低すぎる。「エネルギー密度は比較的低いが、電力密度は非常に高い。」とRoganは言う。「我々が見つけたのは、世界のエネルギーが移行するにつれて、特定の用途に適した様々な電池技術があると言うことである。当社の電池は、短時間で大量の電力を供給できる用に設計されている。」

 その結果、Roganによると、この電池は2027年までに年間300億ドルの市場規模になる可能性があるデータ・センターなどの産業用途の補助電源として適している。研究室から大量生産へのNatronの移行には長い時間がかかった。同社はスタンフォード大学で博士号を取得した際に、CEO兼共同設立者であるColin Wessellsによって開発された技術に基づいて2012年に設立された。同社は約12,000万ドルの資金を調達し、2,500万ドルの助成金と、アメリカ政府機関であるAdvanced Research Projects Agency-Energyからの支援を受けた。

 Altris Energyは最近、同社初の商用ナトリウム・イオン電池工場を建設する計画も発表した。スエーデンの新興企業は2月に1,050万ドルを確保し、総資金は約1,200万ドルになった。

 ウプサラ大学のポスドクであるRonnie Mogensenと准教授であるWilliam BrantReza Younesiは、2017年にAltrisを設立した。彼等のナトリウム・イオン技術への関心はノーベル賞受賞者のJohn B. Goodenoughと同僚によるナトリウム・イオン電池の陽極材料としてのプルシアン・ホワイトの可能性に関する研究よって引き起こされた。

 同社がFennacと名付けたプルシアン・ブルーの類似体であるAltrisのプルシアン・ホワイト化合物は、主に鉄とナトリウムで構成されている。同社の陰極はバイオマス由来の硬質炭素でできており、電解質はフッ素を含まず、セパレーターはセルロース繊維から作られている。「Fennacベースの陽極を超えて使用される材料の持続可能性に関して、競合するリチウム・イオン電池と比較して、電池の構成要素の全てが大幅に改善されている。」とAltrisは言う。

 会社を設立する前に、MorgensenYounesiは、彼等が開発していたポリマー電解質に適合するように、陽極材料としてプルシアン・ホワイトを選択していた。当時、プロイセンの白を作る唯一の方法は、シアン化物の形成を伴うプロセスを介して加圧ボイラーで行うことであった。Altrisの最高技術責任者であるTim Nordhは「それは潜在的なシアン化物爆弾だったので、大学は彼等がそれを大量に作ることを許可しなかった。2人は最終的に会社の基礎となったより安全なプロセスを開発した、と彼は言う。

 Altrisの電池のエネルギー密度は約150 kWhである。「これで我々は既にリチウム鉄リン酸塩スペースにいる。」電解質の量を減らすなどの微調整により、速度能力エネルギー密度を200 Wh/kgに増やすことは「不合理でなない」とNordhは言う。AltrisFennacが電気自動車に電力を供給するには、まだ何年もかかる可能性があるとNordhは述べている。したがって、同社は当初、定置用電池で使用するためにFennacを販売しようとしている。

 安価な出発物質を使用することに加えて、Altrisは溶媒コストを節約できると期待している。リチウム・イオン陽極の製造では、通常、溶媒N-メチル-ピロリドンを使用する必要がある。これは、欧州化学物質庁が非常に懸念される物質として分類している。その結果、リチウム・イオン陽極プラントには、溶媒を回収するための洗練された高価な乾燥室が必要である。Altrisは水ベースの溶媒を使用してナトリウム・イオン陽極を製造しているとNordhは述べている。Nordhはまた、世界最大のリチウム・イオン電池製造者である中国のContemporary Amperex Technologyによって開発されたナトリウム・イオン電池のエネルギー密度が「ほぼ同じ」であることを嬉しく思う。

 CALTは、ナトリウム・イオン電池技術に関する情報をC&ENに提供することを拒否したが、同社は昨年、2023年に商業生産を開始する予定であることを明らかにした以前に、多孔質の硬質炭素陰極を備えたプルシアン・ホワイト陽極を開発したと報告した。

 化学者がナトリウム金属陰極を特徴とする電池を作成できれば、ナトリウムの主張はさらに強くなる。そのエネルギー密度は230 kWhを超え、今日のより高性能なリチウム・イオン電池と競合するのに十分である。

 このような電池を作る上での課題の1つは、短絡の原因となる樹枝状構造の形成を防ぐことである。QuantumScaoeFactorial Energyなどのリチウム金属電池の開発者は、樹枝状突起は制御下にあると述べているが、Nordhはナトリウム金属電池で形成できる構造はもっと大きいと述べている。

 ナトリウム金属電池の研究開発は一般的にリチウム金属電池よりもはるかに遅れているが、CATLが生産に近づいていると言う憶測がある。この成功は電池技術の大きな前進となるだろう。

 一方、ナトリウム・イオン電池の開発者はパイロット生産から商用生産への移行を開始する態勢を整えている。リチウムの供給網の問題は、彼等が待ち望んでいた開始である。ナトリウム・イオンがリチウム・イオンから市場シェアを奪うなら、今がその時である。