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全人口に非常に低い塩摂取量を勧めることについての

エビデンスは何と雑な事か?

How Robust Is Evidence for Recommending Very Low Salt Intake

 in Entire Populations?

By Andrew Mente, Martin J. OD’onnell, Salim Yusuf

Journal of the American College of Cardiology  2016.10.15  2016;68:Issure 15

 

 塩は有史前時代から生命にとって貴重で必須な物として考えられてきた。農場では家畜の飼育に必要で、早い時期から食品を貯蔵するために使われてきた。塩は古代中国、ローマ、ヨーロッパの他の所でも非常に高く評価されており、早くから貿易の日常品や税の歳入源となっていた。塩税に対する抗議はインドで独立運動に必要であったし、マハトマ・ガンジーによる独立運動の象徴的な重要性のために塩が選ばれた。彼は“空気や水の次に塩は多分、生命に一番必要な物である”と言った。イギリスの統治下では塩欠乏は夏にインドで多くの人々が亡くなる原因であると考えられた。

 塩(塩化ナトリウム)はナトリウム摂取量の95%を占める。ナトリウムは必須栄養素で、細胞の活動能力に非常に重要で、感染を防ぐための皮膚障害で最初に対応する。ナトリウムは血管内血液量を維持するために必要で、血圧の重要な決定因子である。過剰なナトリウム摂取量は高血圧の危険因子であるが、極端な塩欠乏は低血圧や無気力の原因となり、起立性の低血圧徴候を示す患者にはナトリウム摂取量の増加が勧められる。

 末梢ホルモン信号(主にアンジオテンシンⅡとアルドステロン)に応答する神経機構によって制御されている我々のナトリウム欲求は、公衆衛生でナトリウム摂取量を2.3 g/d(塩では5.8 g/dに当たる)以下に下げようと努力しているにもかかわらず、1960年代(3.5 g/d)以来変わらなかった。ナトリウム摂取量を低いレベル(3 g/d以下)に下げることはナトリウムを維持するためのレニンーアンジオテンシンーアルドステロン系を著しく活性化する。ナトリウム摂取量を極端に減らすことは短期間維持する設定は可能であるが、美食家では長期間維持することはできない。自由の効かない塩給源からの摂取量増加に伴って持続性の欠如は、アメリカ合衆国のナトリウム摂取量が今日まで一定して続いてきた理由を説明しているかもしれない。

 塩摂取量は全集団に脅威を与えると言う考えはわずか1980年代に持ち上がった。しかし、減塩で重症の高血圧を管理するという最初の事例報告は1948年に発表された。最も影響を及ぼした研究の一つはインターソルト(ナトリウム、カリウム、血圧についての国際研究)で、52センター全域の生態学的解析ではナトリウム排泄量と血圧との間に弱い関係(ナトリウム1 g当たり0.94/0.03 mmHg)を報告した。この関係は別の大規模できちんと行われた研究であるスコットランド心臓研究(n=7,345)の個人レベル解析では報告されなかった。その研究はBMJの同じ号で報告されたが、その解析はほとんど影響を及ぼさなかった(201681日にアクセスしたWeb of Scienceでは引用件数638101)。さらに、原始社会(ヤノマモ・インディアンとアフリカの部族)からの大きく離れた4センターを解析から除くと、インターソルトの塩摂取量と血圧との間に関係はなくなった。これらの原始社会のいくつかで報告されている非常に低い平均ナトリウム摂取量(1 g/d以下)は非常に低いナトリウム摂取量の安全性を支持するエビデンスとしてしばしば引用されるが、これらの原始社会に住んでいる人々の予測寿命は比較的短く(例えば、ヤノマモ・インディアンで40)、追加研究はこれらの集団でレニンーアンジオテンシンーアルドステロン系の極端な活性を示した。さらに、研究の付表で提供されたデータは24時間尿の不完全な収集を示唆しており、ありそうもないほど低い尿クレアチニン量を示した。それにもかかわらず、もっと最近のPURE(前向き都市農村疫学的)研究(n=102,216)を含めて観察研究の全体性は増加したナトリウム摂取量と血圧との間に非線形の関係を確認し、その関係の度合いは、高いナトリウムと低いカリウムの食事を食べている人々または高血圧者で最大であった。

 1990年代終わりに、2件の臨床試験(TONE[老人の非薬物介入試験]TOHP-[高血圧予防試験Ⅱ]試験)からの結果は、強制的な行動食事介入はナトリウム摂取量を減らし(平均低下~1 g/d)わずかな血圧低下(TOHP-Ⅱの36ヵ月で-1.2/0.7 mmHg)があったことを示した。両臨床試験とも1.8 g/d以下のナトリウム摂取量を目標としたが、どの介入グループもこの目標(最終追跡時のTONEで平均摂取量は~2.4 g/dTOHP-Ⅱで3.1 g/dであった。)を達成できなかった。果物摂取量を増やし加工食品消費量を減らすといった他の食事変化の結果を期待した食事パターンを変えることによってナトリウム摂取量を減らす食事指導介入を両臨床試験とも行った。どちらの試験ともコントロール食事介入を行わなかった。今日まで、これらの臨床試験は血圧に及ぼす減塩を(食事パターンの変化内で)評価する最大の試験である。

 2001年に、臨床試験(n=412)DASH(高血圧予防食事法)-ナトリウム試験は予め用意した食事を30日間食べさせて非常に低いナトリウム摂取量(1.5 g/d以下)の血圧低下効果を示した。調査試料が少なく、その結果、概念実証設計にもかかわらず、DASH-ナトリウム試験の結果は他のどの試験(TONETOHP-Ⅱなど)よりもガイドライン勧告により大きく影響を与えた。現在の多くのガイドラインは非常に低いナトリウム量(例えば、1.5 g/d以下)を勧めているからである。しかし、この目標はTONE試験でもTOHP試験でも達成されなかった。心血管疾患に及ぼす減塩の効果を示す臨床試験あるいは全人口に継続的な減塩の可能性を示す研究がないにもかかわらず、血圧に及ぼす減塩の効果は全人口に減塩を支持するほとんどのガイドラインに十分に確かであると考えられた。減塩は全人口の血圧を下げ、ひいては心血管疾患の発症低下を予言できると直接的に置き換えられることが期待されると仮定された。

 心血管疾患に及ぼす減塩の仮定された利益への大きな挑戦は(中程度の摂取量に比較して)減塩による心血管疾患発症や死亡の危険率増加を2011年と2014年に報告した前向きコホート研究から始まった。2014年に研究のメタアナリシス(n=274,683)2.7 g/dよりも低く、5.0 g/dよりも高いナトリウム摂取量と関係した心血管疾患危険率の増加を明らかにした。明らかにこれらの研究からの結果は2.3 g/d以下にナトリウム摂取量を下げる勧告を直接的に否定した。そして中程度の減塩は最低の心血管疾患危険率と関係し、したがって、ナトリウムの生理学について知られていることを反映していることを結果は示唆している。前向きコホート研究は全人口に中程度の減塩と比較してさらなる減塩で心血管疾患危険率を大きく下げるとは報告していない。これらの矛盾した前向きコホート研究で用いられた方法論、特にナトリウム摂取量測定法に厳しい焦点が当てられた。しかし、減塩と関係した心血管疾患または死亡危険率の増加はナトリウム摂取量を推定した別の方法(例えば、一回または多数の24時間尿収集、早朝の空腹時尿、または食事アンケート)を使った研究で報告された。

 この背景に対してジャーナルの本論文では、クックらは死亡率に及ぼす減塩の効果を明らかにするためにTOHP-ITOHP-Ⅱ臨床試験の25年間観察追跡について報告し、ナトリウム摂取量の保健効果は血圧に及ぼす明らかな効果にもかかわらず矛盾していることを認識した。ランダム化して比較したクックらの解析は最も適切である。TOHP-Ⅱは減塩介入を評価する最大の臨床試験であるからである。それはナトリウム摂取量を測定するために参考標準(反復24時間尿収集)を使っており、データ結合を通して死亡結果について長期間追跡した。ランダム化された比較で、クックらはグループ間に死亡率の有意な差を見出せなかった。この結果はTOHP試験で使われた食事行動介入と言う強力な性質、モデル研究でシュミレーションして報告された減塩の期待効果、ガイドラインで減塩を強調したことを考えると残念である。無意味であることは死亡率で15%危険率低下を認められないほど十分な力がないことに関係しているかもしれない。15%危険率低下はより健康的な食事パターンによる減塩を目標とする食事介入のもっともらしい処理効果である。事実、TOHPは管理された介入(例えば、健康的な食事に関するアドバイス)ではなかったので、死亡危険率の潜在的な低下のほとんどは塩摂取量だけと言うよりもむしろ総合的な食事変化からの結果によるものかもしれない。死亡率低下の恩恵がない他の寄与因子は強力な介入期間を超えて食事勧告に固執してないことであるかもしれない。しかし、これは本当の生活を反映している。さらに、全ての死因による死亡は食事の修正を通しても修正できないかもしれない状態を含んでおり、報告されていないが心血管疾患に関して効果はもっと明らかであるかもしれない。特に、減塩が介入グループで達成されなかったので、これらの結果は減塩(5.8 g/d以下の塩)の安全性または効力というエビデンスを提示できなかった。

 コントロール・グループ(n=2,974, 272人死亡)の二次観察的解析で、クックらはJ字型関係のエビデンスがあるかどうかを調べるために、塩摂取量(Na/K)と死亡率都市との関係を評価した。残念ながら、少ない試料数と少ないイベント数(特に低塩摂取量グループで)は塩摂取量の測定法に関係なく、塩摂取量と死亡率との関係パターンの信頼できる解析を妨げた。J字型関係を明らかにするこの解析の失敗は驚くことではない。塩摂取量と健康結果との非線形関係を検出することはクックらの研究におけるよりもずっと多くの試料数やイベント数を必要とするからである。彼等の解析は減塩を支持する強力なエビデンスを提供していない。特に、死亡率は低い塩摂取量(5.8 g/d以下)と中程度の塩摂取量範疇との間で意味があるほどには低くなかった。研究者達は塩摂取量の測定に反復24時間尿収集の重要性を著しく強調し、塩摂取量測定の代替法の使用は他の数多くの研究で報告された偽のJ字型関係をもたらす結果となるかもしれない。死亡率との関係で基準となる24時間尿対多数の尿収集試料によって測定された塩摂取量を使った結果を提供することは役立ってきたであろう。3,757人の慢性腎臓疾患患者を含む最近のCRIC(慢性腎不全コホ-ト)コホート研究も多数の24時間尿収集を行った。研究者達は5.8 g/d以下の塩摂取量で心筋梗塞と鬱血性心不全の危険率増加のエビデンスとともに11.4 g/d以上(他の前向きコホート研究の摂取量と同じ閾値)の塩摂取量で心血管疾患の危険率増加を述べた。J字型関係と一致する

 TOHP試験の最近の解析と前向きコホート研究の解析は健康的な食事パターンの関係内に留めると、高塩摂取量の人々で中程度の減塩を支持している。しかし、死亡率に及ぼす減塩効果がないことは減塩の健康効果について不確定を増してきており、低塩摂取量対中程度の摂取量について大規模で決定的なランダム化比較試験の必要性を強調している。