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ナトリウムと健康:現在の定説に対する別の挑戦

Sodium and Health: Another Challenge to the Current Dogma

By Andrew Mente, Martin O’Donnell, Salim Yusuf

European Heart Journal 2021;42:2116-2118  2021.06.01

 

この論評は2103ページのメッセルリーらによる「ナトリウム摂取量、寿命、および全死因」に関連している。

 

 

ナトリウム低減について明らかな証拠がないことを要約した概略図

 

 非常に低いナトリウム摂取量(<2.3 g/d)が幾つかのガイドラインによって全人口に勧められてきた。しかし、この勧告はどれ程確かであるか?この勧告は現在の摂取量に関係なくナトリウム摂取量の低下は血圧を下げると言う前提に基づいている。さらに、極端にナトリウム摂取量を下げることは有益であり、悪い影響はないと仮定している。血圧低下は次に心血管疾患と死亡を下げるとしている。残念ながら、自由に生活している個人で継続的に低ナトリウム摂取量を達成しているランダム化比較試験からのデータを含む決定的な証拠はないだけでなく、ナトリウム摂取量低下による臨床結果で明らかな低下を示す研究もない。一方、別のナトリウム測定法を使って異なった集団で多くの別の研究者達によって行われた多くの最近の疫学研究は、中(平均)ナトリウム摂取量低下と比較して低ナトリウム摂取量(現在勧められている範囲内)は心血管疾患発症と死亡のより低い危険率と関係しておらず、危険率増加とさえ関係しているかもしれないことを示した。これらの研究の中で、最大で最も多様な研究はPURE研究で、これは5大陸と21ヶ国の70センターにまたがり、平均して9年間追跡された102,000人の個人が含まれた。中程度のナトリウム摂取量(3 – 5 g/d)が最適で、低い摂取量と高い摂取量はより高い死亡率と心血管疾患に関係していた。PURE研究は解析に2つのアプローチを採用するユニークな機会を提供した。1つは個人のナトリウム摂取量が血圧と相関し、追跡中の発症とも相関する従来のアプローチである。第二のアプローチは共同社会レベルの平均ナトリウム摂取量と667共同社会の平均死亡率および心血管疾患との関連を決定することであった。この研究では様々な国の共同社会の大規模試料から一般集団の個人を登録し、標準化された記録を作成した。暴露、混乱因子、結果に関する詳細なデータにより個人レベルとグループ・レベルの両方の解析が可能になる。この第二のアプローチはナトリウム摂取量の平均値または共同社会での発症の危険率が個人の値よりも安定しているため、個人のナトリウム測定の精度の欠如に関する懸念を克服する。両アプローチとも同様の結論に達したため、ナトリウム摂取量またはバイアスの測定誤差が誤った結論につながる可能性を排除した。

 European Heart Journal誌のこの号で、メッセルリーらは第三のアプローチ(181ヶ国の平均ナトリウム摂取量と平均寿命の生態学的研究)を使ってナトリウム摂取量と寿命との関係を調べている。著者らは国別の平均ナトリウム摂取量の年齢標準化された推定値を1人当たりのGDPや体格指数などの潜在的な混乱要因を調整した後、出生時と60歳時の健康寿命および2010年のすべての原因による死亡率と相関させた。ナトリウム摂取量と出生時の平均余命(すなわち、1日当たりtナトリウム摂取量の1 g増分当たり2.6年高い平均余命;P<0.001)と、より控えめで60歳の平均余命(ナトリウム1 g当たり0.3年;P=0.048)との間に正相関があることを著者らは明らかにした。並行してナトリウム摂取量が多い国では、全ての原因による死亡率が低くなった。高収入の46ヶ国に限定された感度分析は同様の結果を示した。

 この研究からのメッセージは単純明快である-比較的高いナトリウム消費量の諸国では死亡率は比較的低い。これは、高ナトリウム摂取量が世界的な早死の重要な決定要因であるという従来の考え方を主張に反する。しかし、その結果は様々に設計された別々の研究で支持されている。個々の参加者の観察研究では、ナトリウムと死亡率との間にU字型または逆相関が見られ、心血管疾患の有無、糖尿病の有無、高血圧の有無、およびナトリウム推定値の様々な方法(例えば、反復24時間尿収集、1回の24時間尿収集、一晩の尿収集および食事調査)を使った研究で観察された結果に一貫性が見られた。前向きコホート研究のメタアナリシスは、最低の心血管疾患発症率と関係したナトリウム消費量の範囲は3 – 5 g/dであることを報告した。生態学的研究には固有の制限があるが、多の疫学的方法(PURE研究で使用される方法など)を使用して得られた結果と一致する結果が得られた場合、一般的な結論は現実のものとなる可能性がある。

 PURE研究で、10年間追跡した複数の世界地域の21ヶ国から102,000人の成人による共同社会レベルの解析で、既知の混乱要因を調整した個人レベルのデータを使用してナトリウムと脳卒中との間にポジティブな関係が明らかにされたが、ナトリウム摂取量の上位1/3の共同社会(すなわち、>5 g/d)だけで、平均ナトリウム摂取量が5.6 g/dの中国で主として確認された。対照的に、共同社会間(ナトリウム1 g当たり+2.5 mmHg)で収縮期血圧と強いポジティブな関係があるにもかかわらず、心筋梗塞と死亡率との逆相関が明らかにされた。PURE研究は国レベルでのナトリウム摂取量が多く、死亡率が低いことを示した現在の研究を補完するものである。まとめると、高い平均ナトリウム摂取量(例えば、中国の>5 g/d)と比較的低いから中程度のナトリウム摂取量(3 – 5 g/d)の共同社会と国は、全ての共同社会で極端なナトリウム低減の世界的な戦略に対して好ましいかもしれないことを結果は示している。

 現在の研究には幾つかの重要な長所がある。ナトリウム摂取量は、ナトリウム摂取量を推定する参考法の24時間尿収集試料から推定された。生態学的な設計の使用で、研究は、個人レベルで起こりやすいナトリウム摂取量の調査でランダム測定誤差の影響を受けにくい。

 しかし、メッセルリーらによる研究は生態学的で、制御されていない混乱要因や生態学的誤謬の可能性など固有の制限がある。例えば、一部の「低ナトリウム国」は「平均余命の低い」国(すなわち、サハラ以南のアフリカ)としても認識され、そこでは低い平均余命の多の潜在的な原因(すなわち、栄養失調)がある。さらに、ナトリウム摂取量の推定は一次データのない国(すなわち、一部の低中所得国)では信頼性が低くなる。しかし、解析を高所得46ヶ国に限定すると、同様の結果が得られた。食事からのナトリウム摂取量は1回の時点で推定されたが、ナトリウム摂取量は時間経過と共に(個人ではなく)人々のグループで著しく一貫していることが知られており、したがって、ナトリウム消費量の変化は結果を実質的に歪める可能性は低い。

 これらの潜在的な制限にもかかわらず、この解析はナトリウム摂取量と健康との関係に関して新しい展望を提供し、全人口の低ナトリウム摂取量に関する現在の公衆衛生アドバイスに異議を唱える証拠が増える。

 ナトリウムは必須栄養素で、ホメオスタシスや数多くの生理学的経路に不可欠に関連している。したがって、非常に低いナトリウム摂取量は死亡の危険率増加と関連していることは驚くべきことではない。高ナトリウム摂取量が脳卒中に関連している中国の89共同社会を含むPURE研究で示されているように、過剰に高い摂取量も有害である可能性がある。したがって、ナトリウム摂取量については、ほとんどの生理学的変数とビタミンまたは鉄摂取量などの必須栄養素で観察されている最適範囲または「スイート・スポット」があるかもしれない。

 これらは介入研究ではないことを正しく強調しているため、著者らはこの研究からの推論を注意して扱う必要がある。全てのコホート研究からの証拠の全体性と共に考えると、集合的な情報はナトリウム摂取量に関する現在の勧告値が有効であるかどうか疑問である。事実、ナトリウムを非常に低い量に減らす現在の勧告値を支持する証拠はこれまで強力ではなかった。したがって、著者らによって引用された他の幾つかの研究からのデータと共にこれらのデータは従来の勧告値に異議を唱え、ガイドライン作成者の側に沈黙をもたらすはずである。利用可能なデータが個人による極端なナトリウム低減を支持するのに十分ではないことを認めることによって、我々はナトリウム摂取量の最適値を明らかにできる研究を研究者達に行えるように奨励できる。

 その様なデータがないので、大量の資源浪費を回避したり、世界中の何百万人もの人々の命を危険にさらしたりする場合は、ナトリウムを低レベルに減らすことを推奨するのは時期尚早である。これは専門家グループによる最近の2つのレビューに反映されている(様々な見解と背景を持つ)2021年にナトリウム制限の幾つかのランダム化試験の結果が期待されていることは注目に値する。ナトリウム低減が推奨されるべきかどうか、もしそうなら人間の健康に適合するナトリウム摂取量の最適範囲を明らかにすることをこれらの試験は明らかにしてもらいたい。

 食事は複雑で、特別な栄養素の効果を分離することは非常に困難である(例えば、ナトリウムの効果はカリウム摂取量によって調節される可能性がある。)。我々は特定のナトリウム摂取量目標値g/dを推奨することは避けることを示唆しているが、代わりに超加工食品の低減を含む全体的な健康的な食事パターンに焦点を当てている。このアドバイスは果物や野菜を十分に摂取し、ナッツ、乳製品、未加工の肉、魚を適度に摂取し、精製穀物や超加工食品の摂取量を最小限に抑えることで、総合的な食事の質を向上させるための勧告値に組み込む必要がある。