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社会政策によって塩摂取量が変えられるか?

Can Dietary Sodium Intake Be Modified by Public Policy?

By David A. McCarron, Joel C. Geerling, Alexandra G. Kazaks, and Judith S. Stern

Clinical Journal of the American Society of Nephrology 2009;4:1878 – 1882

 

(訳者注:原報はナトリウムとして書かれているが、分かり易いように塩と意訳し、数値も換算した。マッカロンはカリフォルニア大学デイビス校の栄養学科客員教授でオレゴン保健科学大学の前腎臓学部長。減塩反対論者)

 

  塩は人類と科学の年代史で独特の位置を占めている。何千年もの間、塩の高い価値は社会の基礎、交易の通貨、戦争の原因となってきた。前世紀に、塩はヒトの生理における役割と健康に及ぼす塩の影響を理解するための強い科学的研究の対象であった。後者は、10年前に記録され、科学的文献でまだ明らかなように論争されている問題である血圧調整における塩の役割に主として焦点を置いてきた。

 1979年に発表された最初の外科医報告Healthy PeoplePromotion and Disease Prevention以来、公衆保健ガイドラインは成人に減塩を勧めてきた。これは食事で安全な塩摂取量上限値として5.8 g/dを目標とするよう医学研究所(IOM)の電解質参考摂取量委員会で2003年に決められた。2005年の食事ガイドラインは健康な成人に同量を、高血圧の危険にある人々には3.8 g/dを勧めた。

 過去30年間でますますもっと厳しいガイドラインが導入されてきたので、科学的研究は減塩の有効性や安全性に関する新しい情報を提供し続けてきた。新しいデータの確かに全てではないがいくつかは塩ガイドラインを支持してきたが、それらの解釈の実行性は疑問のままである。成人が食事で減塩の仕方をより良く理解し、さらなる減塩食品が入手できれば、より多くの人々がこれらの摂取量に到達できるだろうと仮定されてきた。世界中の公衆保健専門家達はより低い減塩勧告をもっと守らせることを目標とした戦略を工夫してきた。

 アメリカ合衆国では特別なIOM委員会が最近、そのような戦略を公式に取り上げることとなってきた。イギリスは食品中の塩含有量を大きく減らすことをイギリスの食品業界に要請する強力な社会教育運動を2004年に始めた。アメリカ合衆国内では、大都市はトランス脂肪酸の摂取量を減らす方法と同様に、塩含有量が高いと思われる食品を排除するための根拠を作り始めた。再び、これらの主導は、勧められている減塩目標を達成することが生理的に可能であると仮定している。

 エビデンスのいくつかの系統は、2010年の食事ガイドライン設定工程やIOMのプロジェクトである“減塩戦略”に携わる専門委員会は、生理学的な根拠に基づいてヒトの減塩努力の可能性を調査するために公衆保健上の利益に携わっていることを示している。特に、これらの専門委員は、塩欲求が社会政策によって変えられるかどうか、または無数の生理系の最適機能を調査することを意図して比較的狭い範囲で生理学的にパラメーターを設定できるかどうかと言う疑問と取り組むべきである。これらの疑問は、過去の塩ガイドラインを正当化してきた減塩で受けられる利益とは無関係である。塩摂取量の正常な範囲があるとすれば、それは既定の末梢神経と中枢神経系機構の最適機能と一致しており、事実は塩摂取量について国民栄養ガイドラインの唯一の根拠となるべきである。ヒトの生理に合わない社会政策を採用する試みは無駄で、ヒトの健康に多分有害であろう。

 この提案を支持するエビデンスの1系列は脊椎動物の塩欲求を調整する中枢神経系と末梢神経機構に関する数十年間の研究に由来している。その研究体制はリッチャーの優れた研究で始まった。彼は、動物が塩欠乏で脅された時、動物は生き残るように設計された摂食行動を表す最初の直接的なエビデンスを提供した。その後、世界中で何十年も研究され、過去20年間以内に発表されたその多くは本報著者の一人によって要約されてきた。この研究は脳内の多くのセンターに分布している複雑な神経ネットワークを明らかにした。脳は神経信号やホルモン信号を通して多くの器官からの調和された末梢入力を統合している。進歩した分子プローブを使うと、これらの中枢神経系回路内の神経の特別なサブグループの活性化または抑制化を記録できる。選ばれた数の細胞タイプの中で、細胞外液のナトリウム濃度の変化に応じた多くの細胞タイプの一般的な特性に対立するとき、その回路は塩摂取量の変化に応じた独特なものとなる。実験動物の塩摂取量の変化による重大な神経回路の活性化や脱活性化の事例は図1に描かれている。多くの他の実験室から報告された結果は塩欲求の中枢神経系調整に主要な役割を果たす広範囲でもっともらしいエビデンスを提供している。

図1 核孤独のアルドステロン感受性11-β-ヒドロオキシステロイド・デヒドロゲナーゼ・タイプ2(HSD2)神経は塩欠乏で活性化され、塩摂取で不活性化される。2,3の選択された細胞タイプに特有な塩摂取に対するこれらの細胞の感受性はほとんどの細胞系に一般的な細胞外液区画のナトリウム濃度変化に対する感受性と対照されるべきである。(A) 塩のない餌を与えられたラットで、HSD2神経は神経活性指標のc-Fos()の発現を劇的に増加させる。(B) 塩欠乏ラットが1日高塩餌に切り替えられると、c-Fos免疫反応はHSD2神経で実質的になくなる。(C) c-Fos活性を示すHDS2神経のパーセントは8日間の塩欠乏餌で次第に増加する。対照的に、ラットが塩を含む水(3%塩化ナトリウム溶液)を自発的に飲めば、HSD2神経の活性化(c-Fos発現のパーセント)は急速に消える。

  中枢神経系で塩欲求を調整する複雑さと繊細さで各種の問題に対応している。すなわち、塩摂取量が限られた時、あるいは出血、発汗、下痢のようなストレス条件下で大量の塩が失われた時、脊椎動物は塩に対する生理学的必要性を確実に満たす機構を進化させた。アンジオテンシンⅡ、アルドステロン、塩欲求を活性化させるこれらの中枢神経系回路に対する他の末梢神経信号の重要性は最適な細胞外液量状態を維持する目的で首尾一貫している。

 エビデンスの第二系統は過去20年から30年にわたって蓄積されてきたより正確なヒトの塩摂取測定量に基づいている。塩摂取量はホメオスタシスにより比較的狭い範囲の変動で調整されることを示唆している神経科学研究と一致して、ヒトで塩摂取量の“正常範囲”が定義されるかどうかを決める好機をそれらのデータが提供している。過去20年間に、イギリス食品標準局(FSA)内の人口統計学的に定義された集団で注意深く実行された6件の調査を行った。それらの調査は24時間尿中塩排泄量と言う最先端技術による尿収集と測定法を使った。24時間尿中塩排泄量のFSA調査はイギリスの各地域から長期間の塩摂取量調査を提供している。さらに、FSA調査の時間枠内で、イギリスまたは密接に関係した人口統計学グループのいくつか他の政府スポンサー研究が24時間尿中塩排泄量測定を導入してきた。

 図2は1984年から1985年にインターソルトの調査場所であるベルファースト、バーミンガム、サウスウェールスで始めた13調査の平均24時間尿中塩排泄量(平均値±2SD)を示している。各調査は実質的に男女参加者の同一表示とした。いくつかの点が明らかである。第一に、24時間尿中塩排泄量としたがって、イギリスの塩摂取量はこれらの調査を行った25年間で極わずかしか変わらなかった。1984年から1985年の期間で平均(±SD)塩摂取量は8.8±0.4 g/dであった。第二に、多数の試料を提供した6300人以上がイギリスやアイルランドの各地から24時間尿中塩排泄量の測定値を提供しており、それらは比較的狭い範囲内にある。

図2 1984年から2008年の間に基本的に男女同数(n=6343)で表したイギリスで公表されている13件の調査からの24時間ナトリウム排泄量の平均値±SD。傾向線の式はy=-0.097x+150.4; R2=0.0026; UK,イギリス;NDS,国民食事調査;NDNS,国民食事栄養調査。

(訳者注:この図では原報通りナトリウムで表した。塩に換算するには58.4 mgを掛ければよい。)

 

 示されてはいないが我々が調査したことは、調査から得られる男女別についての24時間尿中塩排泄量の平均値と範囲を個別に決定することであった。女性についての塩摂取量は7.5±0.4(平均値±SD)であった。同様にロンドンに住む男性だけの1982年の調査を含めて男性の塩摂取量は同期間を通して一定であったが、カロリー・ベースで予想されるように、女性の値よりも高く9.9±0.6(平均値±SD)であった。公表されたデータは男女コホ-トについての平均値だけしかなかったので、男女の解析は3ヶ所のインターソルト調査を除外した。イギリスからの利用できる全ての24時間尿中塩排泄量のこの統計解析は、減塩に向けての国民運動が集団で有意な低下を達成したと言う最近のFSA発表を支持しなかった。

 この解析でイギリス調査のいくつかは有名なインターソルト研究に含まれた。その結果、調査は32ヶ国の52ヶ所で10,079人の成人で行われた。インターソルトの著者らは飛び地として4ヶ所の収集場所からのデータを確認し、残りの48ヶ所の解析は、2ヶ所の追加場所が収集平均値よりも2SD大きい24時間尿中塩排泄量を示すことを明らかにした。最近のレビューは、FSAとインターソルトの方法に類似した方法で収集した24時間尿中塩排泄量の6件の追加データセットを確認した。図3はインターソルトからの残りの46ヶ所のそれぞれについての平均24時間尿中塩排泄量を示しており、それにはイギリスの3ヶ所、前述した追加の6データセット、図2に示した主としてFSAに由来するイギリスの調査の平均値を含んでいる。24時間尿中塩排泄量の地域的に異なった62試料(n=19,151)の混合調査は最低値6.8 g/dと最高値12.3 g/d、平均値9.4 g/dと言う成人の塩摂取量範囲を」述べている。

図3 世界中の平均24時間ナトリウム排泄量(±2SD)33ヶ国の62調査場所からのデータ;n=19,151被験者。平均尿中ナトリウム排泄量=162.4±22.4 mmol/人・日。青い点はイギリスからの3ヶ所のインターソルト場所を含む13ヶ所のイギリスの場所;赤い点はイギリス以外のインターソルトの残りの43ヶ所を表す;緑色は文献21からの6ヶ所の調査場所を表す。

(訳者注:この図では原報通りナトリウムで表した。塩に換算するには58.4 mgを掛ければよい。)

  イギリスで集められた長期間の24時間尿中塩排泄量調査データに似て、この解析結果は限定された範囲内に塩摂取量は調整されている概念と一致している。19,000人以上がこれらの試料を提供している事実によってこの解釈は強化されている。試料は多数の文化を反映した非常に多様な食事環境を表している。

 成人はこの塩摂取量範囲を自然に要求していると言う支えとなるエビデンスをアメリカからのいくつかの研究は提供している。高血圧予防試験Ⅱ(TOHP)594人の被験者を多くの選択肢研究の中で減塩グループにランダム化した。実験前のコホ-トの平均24時間尿中塩排泄量は10.8 g/dであった。これはイギリスの解析、インターソルト、前述した追加研究によって定義された十分に範囲内であった。TOHPⅡプロトコールは減塩目標として4.6 g/dを設定した。しかし、3年間の介入の中で最初の6ヶ月後に著者らは、参加者達が塩摂取量を7.0 g/d以下に下げられないと述べた。その値は、我々の解析で自由に生きている成人が達成できることを示した最低値に著しく近い。次の30ヵ月の間に、TOHPⅡの参加者の24時間尿中塩排泄量は次第に平均値に向けて下がっていき、減塩目標を達成できるように設計されたプロトコールに参加し続けたにもかかわらず、最終的に8.0 g/dとなった。

 6ヶ所のアメリカ・メディカルセンターの臨床研究センターを含む第二の研究は、図2と3に要約されている24時間尿中塩排泄量が成人の1日当たり塩摂取量の範囲を決めていると言う追加的なエビデンスを提供している。軽症高血圧におけるこの減塩研究はランダム化された二重盲検の交絡試験であった。コホ-トの基準24時間尿中塩排泄量は8.1 g/dであり、再びイギリスのインターソルト・データによって定義された範囲内であった。4週間の試験期間中に、参加者達は膨大なマニュアルを渡され、毎週、減塩目標の3.5 – 4.6 g/dに到達するための食事指導を受けた。この強力で体系的な介入で、99人の参加者がプロトコールで設定した減塩目標を成功裏に達成した。導入期間後のコホ-トの平均24時間尿中塩排泄量は4.5 g/dであった。その後、参加者達は8週間の治療に入り、低塩食に慣れるように指導を受け続けた。彼等は塩補給、錠剤で5.8 g/d、プラセボのいずれかを摂取するようにランダム化された。4週間後、彼等は残りの4週間を別の治療を受けるように交差された。

 4週間のプラセボ投与中に24時間塩排泄量は平均値に向けて下がり続け、7.0 g/dで安定した。5.8 g/dの積極的な減塩の4週間中に、24時間塩排泄量は10.3 g/dに増加し、処理がもたらす5.8 g/dの増加にしっかりと近づいた。この結果は、参加者が処理に対してめくらにされると、塩摂取量は自然に大体2.6 g/dだけ増加することを示している。5.8 g/dの積極的な減塩に交差された時、プラセボで7.0 g/dであった被験者は12.8 g/dに増加しなかったが、約10.3 g/dで安定し、食事からの減塩によって塩摂取量を制限する先天的な傾向を示している。この試験で定義された7.0 g/dと言う下限と10.3 g/dと言う観察された上限はTOHPⅡで観察された摂取量境界と同様に、62ヶ所の利用できる24時間塩排泄量データセットの解析によって明らかになったそれらの値と一致している。

 これらのデータが定義する塩摂取量の下限が生理的な設定点を示しているさらなるエビデンスはレニン、アンジオテンシンⅡ、アルドステロンの循環濃度と24時間塩排泄量との関係に反映されている。過去30年間にわたる臨床研究は、これらの体液要因のそれぞれについて、約7.0 g/d以下の塩摂取量に限定することは血漿量に急速で指数関数的な増加を引き起こす。特に一般的に使われる薬剤は心臓血管疾患や全ての死因による死亡を減らす目的のためにこれらのホルモン量を下げることを目標にしている。

 塩摂取量、ホルモン、治療薬、健康結果の間で確立されたこれらの関係は、ヒトの生理が上述した明らかにされた濃度に近づける最低限の塩摂取量を設定する原理と全て一致している。その結論は実質的に低い24時間塩排泄量と関係しているユニークな集団または臨床環境の存在を否定しないが、我々が引用したエビデンスが示すように、これらのシナリオが標準ではない。また、他の栄養素も塩摂取量の設定点と結果的にいくつかの生理的関係に影響を及ぼすかもしれない。結局、不完全な尿収集そして/または発汗のような腎臓によらない塩損失量は実際の塩摂取量を過少評価するかもしれないので、24時間塩排泄量は塩摂取量の完全な測定法ではない。それにもかかわらず、それは研究標準と考えられており、一点以上の大きな試料数に適用する時、そのような限界の影響を大きく減少させることを我々は明らかにした。

 30ヶ所以上の異なった文化設定からの多数の集団調査をする時、二重盲検交絡試験と同様にランダム化されたこれらの多様なデータ源が純粋に偶然に成人で同じ塩摂取量範囲を明らかにすると言う見込みは極端に小さい。その代わり、それらのデータは説得性のあるエビデンスで提供する、特に、末梢神経の入力に応答し、塩欲求を調整する中枢神経系回路を明らかにした神経科学における最近の進歩との関連で見ると、ヒトの塩摂取量は生理的範囲内に設定されている。したがって、どのように上手く計画されても、社会政策に従うことはない。

 減塩戦略を考えるために招集された現在の医学研究所委員会は、そのような戦略がかつて変えたかどうか、または変えようと試みるべきかどうか、成人で生理学的に設定された正常範囲になるために何が現れるかを最初に考察すべきである。現在の食事ガイドライン委員会も同じ疑問を思慮深く考察すべきである。2005年に設定された5.8 g/dと言う現在の食事ガイドラインは、実質的に大量のデータが示すこの値は正常であると言う6.8 g/dの下限値以下であるので、その疑問は特に適切である。この疑問に取り組む重要性は国民の栄養勧告の可能性を確実にするための基本である。塩摂取量または他の栄養素摂取量が生理的に決定されれば、我々の国民栄養政策はガイドラインにその代わり実態を反映させなければならない。そうしないと達成できない目標に対して貴重な国家や国民の資源を費やすことになる。